放射能・毒性
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/24 22:32 UTC 版)
210Poは半減期が短いため、極めて強い放射能を持つ。1gの210Poは約166TBqの放射能を有し、これは同質量の天然ウランの約65億倍も強い。なお、天然ウランの330倍という数字は、キュリー夫妻が記録した、ポロニウムを含む生成物の放射活性の数字を誤解したものである。 210Poを1万Bqを吸引した際の実効線量は22mSv、経口摂取した場合は2.4mSvとなる。経口摂取の数値で比較すると、原子力事故の際問題となる核種である137Csの18倍、131Iの11倍も強い実効線量である。比放射能が強く、アルファ線という電離作用の強い放射線のため、その毒性は放射性物質の中でも極めて強い。体重70kgの成人男性の場合、111MBqで致命的であると推定されている。これは質量に換算してわずか670ngであり、塩粒より小さな程度でしかない。半数致死量の数値で比較すると、シアン化カリウムの37万倍、人工物で最も毒性の強いVXガスの240倍毒性が強く、知られている中で最も毒性の強い物質であるボツリヌストキシンは、210Poの約10倍毒性が強い程度である。なお、致死量を10ng、安全負荷量を7pgとする資料もある。酸化物、水酸化物、および硝酸塩の形態における210Poの濃度限度は、排気・空気中で80nBq/cm3、廃液・排水中で600μBq/cm3である。μSv/Bq換算での実効線量係数は、吸引摂取した場合は2.2、経口摂取した場合は0.24である。 一般人が210Poを体内に摂取する経路は、主に水中に含まれる酸化物、水酸化物、硝酸塩を経口摂取するものであるが、特に健康上の問題を考えるほど大量の場合を想定する場合には、主にタバコに由来する。ウラン濃度の高いリン鉱石から作られた肥料には226Raが含まれており、肥料を使用すると、226Raが崩壊して生成される222Rnが大気中から放出される。そして222Rnから崩壊した210Pbがタバコの葉の毛状突起に付着する。そして210Pbが210Biを経由して210Poへと変化する。210Poは煙と共に体内に吸引される。喫煙に起因する肺癌の少なくとも2%は210Poによるものとする推定もある。210Poのアルファ線は水中で0.04mmという極めてわずかな距離しか進まず、外部被曝は皮膚表面にとどまるため、健康上の問題があるのは内部被曝によるものである。UNSCEARの報告では、タバコに付着した210Poや210Pbによる放射線で10μSv/年の実効線量を推定している。しかし、別の推定は、これよりはるかに強く、例えばウルビーノ大学(英語版)は1日20本の喫煙で210Po由来の被曝が124.8μSv/年、放射線医学総合研究所は200μSv/年の被曝を推定している。 体内にある210Poの総量は約40Bq (240fg) で、1日あたり0.1Bqを摂取している。肝臓、腎臓、脾臓に多く蓄積し、およそ100日で体外へと排出される。ヒヒを用いたポロニウムのクエン酸塩の投与実験では、肝臓に29%、腎臓に7%、脾臓に0.6%が蓄積し、生物学的半減期は50日から150日と個体差が大きいという。試験は0.1mg以下のレベルで行われており、その化学的挙動は複雑で予測がしにくい。 210Poは自然放射性核種として魚介類に多く含まれるが、日本人は魚介類の消費量が多いこととその内臓を食する食習慣のため210Po の摂取量が220Bq/年と他国より多く、40Kよりも年間実効線量に対する寄与は大きい。UNSCEARの2000年報告書では食品摂取による210Poの預託実効線量の世界平均は年間摂取量30Bqについて0.021mSVと評価されているが、日本分析センターの2005年の評価では、日本人一人当たりの食品摂取による210Poの預託実効線量は年間摂取量85Bqについて0.058mSVである。 先述したとおり、210Poは崩壊時にほぼ純粋なアルファ線を放出し、ガンマ線はわずかしか伴わない。210Poの検出には210Poを純粋分離した試料からアルファ線を測定するのが普通であるが、床に付着したものは、アルファ線が空気中をほとんど進まないため、2cm以内に検出器を置かないと検出が出来ない。これらの性質は、暗殺目的に210Poを投与させるには極めて都合が良い。なぜなら、210Poを含ませた食品等を容器に入れると、アルファ線は紙1枚でも容易に遮断されるほど透過性が低いため外部に漏れず、透過性の強いガンマ線は微量過ぎてガンマ線測定器による検出は不可能であるため、検査を容易にすり抜ける事が可能であるためである。また、同様の理由で運搬者は被曝しないことも都合が良い。2004年に死亡したパレスチナ自治政府大統領のヤーセル・アラファート(ヤセル・アラファト)、2006年に死亡した元ロシア連邦保安庁職員のアレクサンドル・リトビネンコは、210Poが暗殺目的で使用されたものと疑われているケースである。両者はどちらも内臓系の障害が原因で死亡しており、体内や遺品から210Poが検出されている。なお、先述したとおり210Poは静電気除去装置に使われるが、これの分解によって210Poを取り出すのは、特殊な装置が必要なことと、量が微量すぎるので現実的ではないとされる。210Poの投与による急性中毒で死亡させるには一般人には入手不可能なほどの大量の210Poが必要であり、したがって暗殺目的で210Poを使用する人は、原子力発電所で生成した多量の210Poを入手できる環境に関われる、例えば国家機関に従事している人物に限られる事になる。なお、体内に摂取された210Poの推定には、排泄物からのバイオアッセイが唯一の方法である。また、わずかな量で致死量に達し、自己の熱で容易に揮発し、しかも検出が困難である性質は、テロリストが汚い爆弾として利用するには都合が良いため、セキュリティの強化が検討されている。
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