操縦性
操縦性
運転者が、ハンドル操作でクルマの進路を変更し修正するときの容易さをいう。運転者の意思どおりにクルマが動くことが基本だが、操作感のよさや操縦する楽しみを提供する機能も期待される。操縦性の評価は、強制的にハンドル入力を与えてレスポンスをみたり、ハンドリングコースなどを走行し、意思どおりにクルマが旋回したり、適切にフィードバックするかどうかをみる。操縦性は、対となる安定性と高度にバランスすることを求められるが、近年の4WS、サスペンションアクティブ制御、駆動力制御、制動力制御など、制御技術の向上はこの面での自由度を大きく広げている。
反対語 安定性参照 操縦安定性
操縦性 (1960 - 1963年モデル)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/04 09:32 UTC 版)
「シボレー・コルヴェア」の記事における「操縦性 (1960 - 1963年モデル)」の解説
工場から出てきた時点でコルヴェアは満足のいく操縦性を持った車であったが、「フロントエンジン車に慣れ親しんだ平均的な購入者は(リアエンジン車の)操縦性の特性の違いというものを考慮しなかった。」スイングアクスル式サスペンションにより高速旋回中に後輪のキャンバ角が大きく変化した。この操縦性は、メルセデス・ベンツやフォルクスワーゲンといった同様の後輪スイングアクスル式サスペンションを持つ当時の輸入車の多くと極めてよく似た特性であった。 初期のコルヴェアに適用されたある種のコスト削減、特にアンチロールバーが装着されていない1960 - '63年モデルのコルヴェアの操縦性に対する批判は、全く根拠の無いものでもなかった。シボレーは元々1960年モデルの前輪にアンチロールバーを追加することで、厳しい旋回での移動荷重(weight transfer)の大部分を前輪の外側のタイヤに負わせ、後輪のスリップ角の相当量を減らそうと考えていた。不幸なことにシボレーは、そのアンチロールバーの追加コスト(6米ドルと云われる)を払わずとも「タイヤ空気圧設定だけでオーバーステア傾向を十分補正できる」と確信し、量産車の前輪からアンチロールバーを外した。シボレーはオーバーステアに対処するために、前輪に低く、後輪に高くという異なるタイヤ空気圧を推奨した。 初期型コルヴェアは前輪のタイヤの空気圧を非常に低く(典型的には15 - 19 psi:100 - 130 kPa)することで、生来のオーバーステア傾向を回避するように設計され、これにより後輪のスイングアクスル式サスペンションがオーバーステア挙動を示す前に、前輪がアンダーステア(後輪よりも早くスリップ角が増加する)の状態に入るようになっていた。この前輪タイヤの空気圧は、比較的幅広のタイヤ(6.50-13)と、非常に軽いコルヴェアの前輪荷重に対しては十分過ぎる値であった。しかし現実には、購入者も整備士も共にこの前後輪でタイヤ空気圧を変える必要性を知らなかったか、(メーカーの示した値では)前輪タイヤの空気圧が低すぎると考えて当時の「平均」的な値まで空気を充填してしまうことがしばしばあった。タイヤ空気圧の前後輪間差異が保たれていない場合、非常にシビアな旋回状況では、後輪のスリップ角が前輪のスリップ角を越えて高速でのオーバーステア状態を引き起こした。 アンチロールバーは1962年モデルからオプションに設定され、ついには1964年モデルで標準装備となった。ジャッキング(jacking)に関しては多くが語られているが、当時一般に使用されていたバイアスタイヤは、キャンバ角の変化には鈍感で、(ラジアルタイヤとは違い)旋回中にグリップ力を著しく失うことは無かった。「ネーダーはこの操縦性の問題の厳密性を間違いなく誇張していた」と後に米国運輸省道路交通安全局(NHTSA)の調査官は述べた。コルヴェアに対するネーダーが挙げた証拠の一部にフォード社が制作したプローモーション映像があり、この中でフォード社のテストドライバーは、意図的に不安定に見えるようにコルヴェアを旋回させていた。 『カー・アンド・ドライバー』誌は、コルヴェアを運転するときにドライバーは走行性向の変化に対処する必要があること、特に後輪タイヤを適切な空気圧に保つ必要性があることを知らなかったことでネーダーを批判した。ネーダーが挙げた論点の中で同様の車両レイアウト(と同様のサスペンション形式)を持つポルシェ・911やフォルクスワーゲン・ビートル(こちらはコルヴェアやポルシェに比べればかなり低出力であったが)の所有者の間で問題とされるものは一つも無かった。 1964年モデルでは、後輪のキャンバ角の変化を制限するために横置きのリーフスプリングが左右輪の間に渡され、コイルスプリングを柔らかくすることと合わせてより大きな荷重を受け持てるようにリアサスペンションが大幅改良された。 フルモデルチェンジした1965年モデルのコルヴェアは、同時期のコルベットに極めてよく似た完全独立懸架後輪サスペンションを備えた。再設計されたサスペンションは、どのような運転状況下でも一定のキャンバ角を提供する完全関節式ハーフアクスルを採用し、ロールセンター(roll center)をそれまでのモデルの半分の高さにまで低めた。1965年モデルのコルヴェアは『モータートレンド』誌(Motor Trend)から「完全独立後輪サスペンションを持って路上を走る最初の米国製量産車」と言及された(コルベットは限定生産車と考えられていた)。しかし、この変更はシボレーが元の設計の問題点への指摘を受け入れた結果、と見る向きもあった。 自動車産業における最大の皮肉かもしれないが、ネーダーの消費者運動により生まれた連邦の官庁であるNHTSAは、1960 - 1963年モデルのコルヴェアの「名誉挽回」の報告書を出した。テキサスA&M大学により運営された1972年度の安全委員会報告書では、1960 - 1963年モデルのコルヴェアが過酷な状況下で同時期の他の車よりも制御を失う危険性が高いとは言えないと結論付けた。一方、元GMの重役であったジョン・デロリアンは著書『晴れた日にはGMが見える』(On a Clear Day You Can See General Motors、1979年)の中でネーダーの批判は根拠のあるものだと書いている。
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