国体の語義とは? わかりやすく解説

国体の語義

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/13 14:34 UTC 版)

国体」の記事における「国体の語義」の解説

国体」は旧字体で「國體と書き、「國」という字は一政体の下に属す土地人民などの意、「體」という字は、からだ、てあし、もちまえ、すがた、かたち、かた、きまり、などの意である。 国体という語は、古くから漢籍見え、『管子君子篇において国家組織する骨子という意味で用いられ、『春秋穀梁伝』において国を支える器という意味で用いられたが、これらは本項でいう国体とは関係がない。その後漢書国体の語が見え、これは国の性情、または国の体面という意味であり、本項でいう国体にやや近いといえる。このほか後漢書晋書旧唐書宋史続資治通鑑綱目などに表れる用例似たような意味である。 日本において国体という語が多用されるのは近世になってからであるが、古典籍においてもその語は散見される。ただしその用例と意味は近代のものと異なる。国体の語が日本の古典現れるのは、延喜式所載出雲国造神賀詞に「出雲臣等が遠祖天穂比命を国体見に遣時に」とあるのが初見であるといわれる国体古訓でこれをクニカタと訓じた。また日本書紀斉明天皇紀に「国体勢」という語句見え、これをクニノアリカタと訓じた。諸書対照すると、国体国体勢も元は地形の意味であったのが転じて国状の意味用いられたようである。次いで大鏡異本陰書』や『古事談』に国体の語が見える。これは万葉集にある国柄の語と同義であって、ともにクニガラと訓じ、国風や国姿などの意味通じる。 日本近世には国体の語がしばしば文書表れるそのうち世に知られたもので最古の例は、元禄2年(1689)序、正徳6年(1717)刊の栗山潜鋒保建大記』である。この間元禄11年(1698)の森尚謙儼塾集』に邦体という語が見える。その後国体意義論じたものに、谷秦山新井白石荻生徂徠松宮観山高山健貞、賀茂真淵山岡浚明林子平中井竹山村田春海平山行蔵本居宣長平田篤胤会沢正志斎青山延于佐藤信淵鶴峯戊申江川英龍大槻磐渓安積艮斎藤田東湖などがいる。 1853年嘉永6年黒船来航以降国体という語は内治外交上重要なものとして用いられ詔勅宣命・その他公文書にも多く見られるうになる。たとえば黒船来航の年の7月前水藩主徳川斉昭幕府建言した意見十箇条には、夷賊を退治しないばかりか万が一にもその要求聞き入れるようでは「御国体に相済み申しまじく」(国体あいすみません)と記し同月伊達慶邦幕府提出した書に「本朝万国卓絶神代の昔より皇統連綿」、「和漢古今稀なる御治盛の御国体に御座候」とある。同年8月孝明天皇石清水放生会攘夷を祈る宣命に「四海いよいよ静謐に国体いよいよ安穏に、護り幸い給えと恐み恐みも申し給わくと申す」と宣い、そのほか9月神宮例幣使安政元年(1854)11月賀茂臨時祭安政5年(1858)4月賀茂祭6月伊勢公卿勅使発遣、および石清水八幡宮賀茂社臨時奉幣などの宣命国体の語を用いた文久2年(1862)5月幕府下した勅で「国政は旧により大概関東幕府〕に委ねる外夷の事の如き至りて則ち我が国一大重事なり。その国体係るは、みな朕に問うて後に議を定めよ」と命じ元治元年(1864)、将軍徳川家茂下した宸翰には「嘉永六年癸丑、洋夷猖獗来港し、国体あやうきこと云うべからず」とある。以上、幕末公文書表れた国体の語の例である。 明治維新後、国体の語が公文書あらわることがますます多くなり、とくに詔勅国体の語をしばしば用いる。たとえば慶応4年18685月奥羽士民告諭するための詔に「政権一途人心一定するにあらざれば何を以て国体持し紀綱を振わんや」、「その間、かならず大義明らかに国体弁ずる者あらん」とある。この詔では国体文字の右にコクタイ、左にミクニブリという振り仮名付されている。次いで明治2年(1869)2月薩長藩主徴する勅に「およそ国体正し強暴備え公義立て、民安を慮り」とあり、同年9月刑律改撰の勅に「我が大八洲国体創立する邃古措いて論ぜず神武以降二千余年寛恕の政、もって下を率い、忠厚の俗、もって上を奉ず」とあり、同月服制更改勅諭に「風俗なるもの移換、もって時の宜しきに随い、国体なるもの不抜、その勢を制す」「朕、いま断然その服制を更め、その風俗一新し祖宗以来尚武国体立てんと欲す」とあり、明治15年1882年1月軍人勅諭に「かつは我が国体にもとり、かつは我が祖宗の御制にそむき奉り云々とある。 以上のように、国体のという語は近世以降頻繁に用いられたが、その意味は必ずしも一定したものではなく多く国風国情、国の体面、国の名分、国の基礎、国の特性などの意味用いられた。 帝国学士院帝室制度史第1巻国体総説によれば1938年当時用いられ国体という語の意義教育勅語基礎としなければならず、この意義における国体は、日本万世一系天皇君臨し皇統連綿天壌無窮君徳四海覆い臣民天皇事業協賛し、義は君臣であれども情は親子のごとく、忠孝一致によって国家進運扶持する、日本独自事実意味するという。

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