サケとマス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/07 07:38 UTC 版)
「サケ」および「マス」も参照 今日の日本では辞書などにおいて日本語のサケに英語の salmon、日本語のマスに英語の trout が対応するとされている。しかし、この両者の概念の関係は複雑に錯綜している。例えば日本語でマスの部類として扱われているカラフトマスやサクラマスは英語ではそれぞれ Pink salmon(または Humpback salmon)、Cherry salmon と呼ばれ、salmon として扱われている。 この問題を解きほぐすには、両言語における初期の用例に遡る必要がある。 まず、日本語で元来サケとはシロザケ Oncorhynchus keta のみを指す概念であった。また、マスとは元来の日本語の使用空間であった本州、四国、九州及びその周辺島嶼において一般的に見られたもう一つの大型サケ科魚類、サクラマス O. masou masou 及びその亜種の降海型、降湖型であるサツキマス O. masou ishikawae、ビワマス O. masou rhodurus を指す概念だったのである。 それに対して、英語の salmon とは元来ブリテン諸島に分布するタイセイヨウサケ Salmo salar 1種のみを指していたし、trout とは同様にブリテン諸島に分布するブラウントラウト S.trutta に他ならなかったのである。これらタイセイヨウサケ属の魚類のうち、タイセイヨウサケは大半が降海し、ブラウントラウトやその亜種群ではごく少数しか降海しない魚であった。 しかし、英語を母語とする人々の世界への拡散と植民地建設、明治以降の日本人の認識する世界の拡大によって、それまでイギリス人や日本人が知らなかったサケ科魚類に salmon、trout、サケ、マスといった語が割り振られていったのである。 まず、英語圏のアメリカ大陸への拡大によって英語話者とたくさんの種を擁するタイヘイヨウサケ属 Oncorhynchus やブリテン島には見られなかったブラウントラウト並みに大型のイワナ属 Salvelinus との接触が起きた。そして、タイセイヨウサケ同様に降海性のタイヘイヨウサケ属の魚には salmon、河川残留性のタイヘイヨウサケ属の魚や一部のイワナ属の魚には trout の呼称を当てていったのである。 一方、日本では幕末以降日本人の活動領域が北海道、樺太、千島列島と広がっていくにつれ、接触するタイヘイヨウサケ属の種も増加していった。それ以前から日本近海で漁獲されることもある O.tschawytscha がマスノスケと呼ばれていたように、日本人が新たに接触する大型サケ科魚類は「マス」扱いで名称がつけられるのが原則であった。 salmon と呼ばれるようになったアメリカ大陸のタイヘイヨウサケ属で和名がマス扱いのものO. gorbuscha → Pink salmon:カラフトマス O. tschawytscha → Chinook salmon:マスノスケ その一方で、英語の salmon がサケ、英語の trout がマスと翻訳されるようになると、狭義のサケであるシロザケに加えて、日本人の活動領域であまり見られないタイヘイヨウサケ属の降海型大型種に対して、salmon の訳語として「サケ」扱いの名称が与えられることになった。 salmon と呼ばれるようになったアメリカ大陸のタイヘイヨウサケ属で和名がサケ扱いのものO. keta → Chum salmon:シロザケ O. nerka → Sockeye salmon:ベニザケ O. kisutsh → Coho salmon:ギンザケ また、本来の英語の概念拡大の傾向からは salmon 扱いとなっておかしくないサクラマスを本義とする「マス」が trout の訳語とされると、英語の概念が日本語に逆流し、「マス」とは非降海性のサケ類の呼称であるとの概念が生じてしまった。 trout と呼ばれるようになった主なアメリカ大陸のタイヘイヨウサケ属とその和名O. mykiss → Rainbow trout:ニジマス trout と呼ばれるようになった主なアメリカ大陸のイワナ属とその和名S. fontinalis → Brook trout:カワマス 特に今日の都市部の日本人の多くには、漁獲が激減しているサクラマスは身近ではなくなり、マスと言えば観光地のニジマス釣りの方が想像しやすくなっていると言えよう。そのため「海から遡上してくる大きなサケ」に、「清流に住む小さなマス」という印象もまた、支配的になっている。 そのためであるのか、昔からマスノスケというれっきとした和名を持つ魚が、今日の日本の鮮魚市場ではキングサーモンの呼称で流通している。また、アメリカ大陸ではニジマスの降海型で大型化して遡上する個体を英語でSteelheadと呼び習わしてきたが、養殖ニジマスを海に降ろして降海型として育てたものがサーモントラウトの商品名で流通している。近年大衆的な寿司屋などで見かける「サーモン」というタネのほとんどはこれらのサーモン類であるため、「鮭の握り」というような呼び方はまずされることがない。 日本では、サーモンと総称されるサケ類の年間消費量は約10万トンに達している。「好きな回転寿司ネタ」で2017年まで6年連続で首位となるほどの人気(マルハニチロ調べ)で、東京にはサーモン丼専門店も開業している。こうした需要に対応するため、日本各地では内陸養殖されるニジマスやトラウトサーモンを含めて、100種類以上の「ご当地サーモン」(長野県の信州サーモンなど)が登場している。 なお肉の色に関して「サケは赤くて、マスは淡いピンクである」というのもよく言われる説である。上記のような商品としての名称の混乱は、見た目にわかりやすい肉の色を優先して名づけることが一因であろう。しかしこの特徴は後天的なもので、これはエビ・カニといった甲殻類が持つカロテノイド色素であるアスタキサンチンによるものである。ベニサケを白身の魚肉だけで育てた場合、ほとんど赤くない肉が得られる。ちなみにオームリやホワイトフィッシュ、シナノユキマスなどのコレゴヌス属は、ビワヒガイやワタカ等のコイ科に近い、サケ科とはかけ離れた外貌で、肉質もタラのように白い身である。
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