オーロラの音
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/19 09:15 UTC 版)
磁気嵐のときに現れるような強いオーロラが、まれに音を発したという話が古くから数多く存在しており、その実在をめぐって議論が行われている。 このオーロラの音 (auroral sound) は聞こえるとしても非常にまれであり、強いオーロラが出ても何も聞こえないことも多い。同時に多くの人が聞いた例もあれば、隣同士にいて一方にしか聞こえなかった例もある。 多くの体験者はこの音がその眼に見えるオーロラの動きと同調して変化すると主張しており、音波の伝播による時間的遅れはほとんどみられない。 音は「バチッバチッ」や、葉音・衣ずれにしばしば喩えられる「シュー」「ヒューッ」といったノイズ音が代表的である。 ノルウェーの天文学者イェルストループ (Hans S. Jelstrup) は、1926年に体験したオーロラの音を『ネイチャー』誌で次のように表現している。 黄緑で扇形のそれ〔=オーロラ〕が上空で天頂から下向きに波打ち、それと同時に我々2人ともが非常に興味深いかすかなヒューという音に気づいた。はっきりと波打つそれは、そのオーロラの振動を正確に追っているように思えた。 一方で、日本の南極観測隊・第一次越冬隊の隊長である西堀栄三郎は自身の私記の中で以下のように記している。 三月二日。(中略)夜はすばらしいオーロラを見た。東北の空から西南にかけて、ほとんど全天に乱舞している。木星とともに、実に美しい。頭上をうねりたくるドンチョウが風でゆれるがごとく。気味がわるくなる。恐ろしいようだ。何の音もしない静かな夜だが、ものすごい音を立てて動いているような錯覚におちいる。 オーロラの音に関して既に古代ローマ時代のタキトゥスが著した『ゲルマニア』にも、それを表しているともされる記述があるが、科学的な議論は19世紀末から活発になった。この音の原因に関しては、主観的現象であるとするものや外界の物理的実在であるとするもの、またオーロラが何らかの関わりをもつとするものや関係のない音とするものなど、様々な説が提出されてきた。 しかし現在でも原因ははっきりしておらず、装置で記録された明確な証拠も得られていない。 例えば、ヒトの耳ではいつでも小さな耳鳴りがしているが、静寂の中でこうした音に気づくだけだとする説が古くからある。また、外界の物理的な音ではあるがオーロラとは関係なく、−40℃ のような低温で呼気中の水分が凍って、氷の粒子が衝突することによる音であるとする主張もある。逆に、音はオーロラに関係するものの主観的なもので、オーロラが網膜の広い範囲を同期して刺激することで視覚情報が聴覚へと漏れだす一種の共感覚的現象ではないかともされる。ただし例えば、19世紀の探検家オギルヴィー(William Ogilvie)はオーロラの音が聞こえていた探検隊のメンバーを目隠ししても、オーロラが活発になったほぼ全ての瞬間に対応して反応したとしており、これらの説は必ずしも証言をうまく説明するものとはなっていない。 オーロラが、ヒトの耳に聞こえないような20 Hz 以下の可聴下音を伝えていることは1960年代から知られており、これはオーロラから直接伝わってくる音波である。耳に聞こえる音もこうしたオーロラからの直接の音波ではないかともされる。しかし、こうした音はオーロラから届くまでに数分の時間がかかり同調して変化するという証言に合わない上、1 Hz かそれ以下で顕著なものであり、いくらか高い周波数、例えば 40 Hz では地上に届くまでにエネルギーが 1/1000 にまで減衰してしまう。 カナダの天文学者クラレンス・チャントは、20世紀の初めより学術雑誌上でオーロラの音に関する多くの情報を集め、1923年には音がブラシ放電によるコロナ音の可能性が最も高いと結論した。この考えは1970年代にこのオーロラの音を最も精力的に調査したシルヴァーマン (S. M. Silverman) らによっても支持されている。晴れた日の開けた地面には 1 m あたり 100 V の静電場があるが、オーロラがあるとこれはときに 10 000 V/m にまで上昇する。この説ではこのとき観察者のそばの木の梢など、とがって電場が強くなるところからの放電が音を発生させているとする。こうしたブラシ放電の音は雷雲が接近した山中や、湿気が多い日の高圧送電線でも聞かれることがあるものである。ただし、オーロラの音においてはセントエルモの火のような放電に伴う光は観察されておらず、またこの説は同じ場所にいた一部の人にだけ聞こえたという事例を説明できないという問題点が指摘されている。 対して、オーストラリアの天文学者コリン・ケイ (Colin Keay) は、オーロラの音は電磁波音ではないかとしている。ケイは、巨大な流星が流れるのと同時にまれに音を立てるといわれる現象に対し、1980年に可聴域周波数 (20 Hz – 20 kHz) の電波が何らかのトランスデューサーとなるものを介して音波になるのではないかとの説を唱えていた。こうした電磁波から音波への変換による音が電磁波音と呼ばれる。ケイの実験ではピーク間 160 V/m の 4 kHz の電場の振動があれば、髪の毛やメガネなどを介して一部の人はこうした音を聞くことができるとする。こうした極超長波・超長波の電波は実際に人工衛星や地上の測定で確認され、録音されている。一方でシルヴァーマンらはケイの議論で必要とされる電波は大き過ぎ、不合理であるとしている。「ドーンコーラス」も参照。 一方、オーロラの音波を直接録音しようとした試みははっきりとした成果をあげていない。アラスカでは1960年代に録音が試みられたが、太陽の活動が不活発な時期に当たっていたこともあり成功していない。2000年からはフィンランドのライネ(Unto K. Laine)らが、音声記録と低周波の電波の測定実験を行った。最初の録音は2000年に行われたが、不完全なものだった。2001年の1晩のデータだけからの解析では、オーロラの活動が活発なときに音波の変動が大きくなることが示され、また音響記録と地磁気の変動との間で時間遅れのない相関が見出されたとしている。しかし、電場との相関はなく、記録された音がオーロラの音と同じものなら、局所的な電場あるいはその変動がオーロラの音の原因とは考えにくく、これはブラシ放電や電磁波音という説明が成立しないことを示唆している。 2011年、ライネらはオーロラに伴う複数の音を3つのマイクで同時観測し、2012年、音源は約70メートル上空だとする分析を発表した。それによると、これらの微小な可聴音はオーロラと連動しており、恐らくオーロラを生じさせているのと同じ粒子の流れ(いわば目に見えないオーロラの「裾」)によるものだという。音が鳴る仕組みは依然解明されていない。「オーロラの音」とされるものの中には、実際には複数種類の別の現象が含まれていると予想される。ライネは、録音例について「幻聴・錯覚・ノイズなどではない」と強調している。
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