アヘン研究と罌粟栽培とは? わかりやすく解説

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アヘン研究と罌粟栽培

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/16 11:42 UTC 版)

吉薗周蔵」の記事における「アヘン研究と罌粟栽培」の解説

特務としての主な任務罌粟栽培アヘン(特にモルフィン純度の高い特殊アヘン製造である。 特務となった対す上原勇作からの最初指令は、諜報活動を行うにあたって海外視察名目パスポート取りやすい技師資格を得るために、東亜鉄道学院(現:開新高等学校)に入学して修了まで席を置くことであった上原はこの入学指令以外にもう1つ指令与えており、それがアヘン研究である。 大正元年1912年10月東亜鉄道学院の2学年編入した周は、教科内容レベル低さで月に1〜2度登校するだけになった為、寮を出て出水加藤邑邸に下宿しながら、もう1つ指令アヘン研究」に着手することとした。 大正2年1913年1月より熊本医学専門学校麻薬研究部無給助手として通い始め、アヘン研究と罌粟栽培の準備開始同年3月に種を蒔き同年5月に初収穫作付面積五反歩(約5000㎡)に対して僅か二十匁(70g)弱の収穫であったが、上原からは4月13日面会時に三百円(現在の価値200万円超)、初収穫アヘン届けた6月6日今後の活動費と合わせて千円現在の価値で約800万円)を渡されている。 兄事する加藤邑から薬用植物を受ける土地のものが良い聞いたは、罌粟栽培地東北北海道展開する決め4月13日の上原との面会時にこれを説明。翌14日上原から紹介され若松安太郎に会う。安太郎は上原から周立場聞いているとの事で、北海道開拓事業行なっている安太郎の父・若松忠次郎と相談の上後日熊本訪ねてくる事となった。安太郎は4月中に熊本訪れ、周6月北海道に行く事としたが、周函館若松家を訪れたのは7月となった北海道の調査ではたいした収穫得られなかったが、若松安太郎は偉人だと、周手記記している。 同じ頃、周鉄道学校修了試験1年繰り上げて受験し、1番で通過。5科目中4科目満点で、国語だけ6点落としたという。手記には更に「退学願出すも 修了免状与えらる」とある。 大正3年1914年2月2年目となる罌粟栽培開始。その春、周祖母ギンヅルから「一人前見て良いかの肝試し」と称して渡辺ウメノから罌粟関わる書物貰ってくるよう指示されるウメノ訪ねた辿り着いた先は京都綾部大本教教祖住まいであった。周がギンヅルの名前を出すと、ウメノは「哲長によう似ておる」と言って書物罌粟の種を渡した。周はこの罌粟の種を「津軽より小粒黒種もあったが この家の貴重品であったらしい。乗り移り行事にはかかせないとのこと」と記している。書物については「自白利用の手引書」とし「あの中から延命としてのケシ極意箇所だけは写し取った」としている。この時、周受け取った罌粟の種は、通常11%であるモルフィン(モルヒネ含有量90%もあり、寿命を延ばすことに有用なアヘンとなる特殊罌粟の種だった。この特殊罌粟は周自身と、北海道雨竜郡移り樺太宗谷帯広周辺栽培してくれる事になった熊本医専助手時代からの協力者阪井とで栽培する事となる。 同年5月1期目として作付面積四町歩(約4ヘクタール)から百匁(375g)のアヘン収穫同年6月兄事していた加藤邑が死去7月3日、周東京司令部にいる上原収穫したアヘン届け1年間活動猶予請う猶予理由問われた周は、3〜5年後に二貫目(7.5kg)のアヘン収穫したいため、これまでの協力者紹介訪ねて土地更なる協力者医者確保したい上申上原はこれを了承した。 周2期目収穫四町歩から六十二匁(約230g))を終えた後、10月から視察開始大正4年1915年)春まで北海道東北各地回り各地有力者から罌粟栽培協力取り付けたこの年アヘン収穫量四百匁(1.5kg)となった大正5年1916年6月から大正6年1917年6月まではABO式血液型分類法入手のため渡欧大正6年1917年9月アヘン研究を隠す表看板として癲狂院派出所精神カウンセラー)「救命院」を東京府豊多摩郡中野町小淀に開設し、まもなく野方村上高田にも分院開設したまた、若松安太郎の縁者藤根大庭から勧められ北沢煙草小売店三千円で購入10月にはアヘン代金ロンダリングとして、この煙草小売店から久原鉱業売店煙草卸す商談久原房之助行ない取引開始この年北海道阪井上京して届けた特殊アヘンは九貫目(33.75kg)であった大正7年1918年4月若松安太郎から紹介され薬学者阿久津卯吉と「阿久津製薬」を設立

※この「アヘン研究と罌粟栽培」の解説は、「吉薗周蔵」の解説の一部です。
「アヘン研究と罌粟栽培」を含む「吉薗周蔵」の記事については、「吉薗周蔵」の概要を参照ください。

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