ときめきメモリアル2
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『ときめきメモリアル2』(略称は「ときメモ2(ツー)」)は、1999年11月25日にコナミ(後のコナミデジタルエンタテインメント)からPlayStation向けに発売された恋愛シミュレーションゲーム。『ときめきメモリアル』シリーズの第2作。製作会社はコナミコンピュータエンタテインメント東京。
注釈
- ^ 当商品のラベルには、陽ノ下光・麻生華澄・八重花桜梨の3名のイラストが描かれていた。
- ^ 『ときめきメモリアル』および『2』の劇中設定年代は各ソフトの発売時期に合わせてあるため、作品間での整合性はない。
- ^ 一例として、その真帆が前作のヒロインの1人・朝日奈夕子と親友同士という点などがある。
- ^ なお、これは演奏中に紹介されるキャラクターが一人増える事情によるものである。
- ^ 但し、隠しキャラクターの1人である九段下のエンディングを迎えた場合は演出の関係上、両者に彼女が出来なかった場合でも途中までインストゥルメンタルとなる。
- ^ 但し、CPUの攻撃パターンはデフォルトで割り当てられている物で固定となっている。
- ^ Vol.9がScene1〜5、Vol.10がScene6〜10とひと続きのストーリーになっている
- ^ キャラクターソングもVol.5は本来赤井ほむらになっていたが、Vol.5のドラマのメインヒロインが赤井ほむらになったため、本来9番目に収録する予定だった水無月琴子のイメージソングをVol.5に挿入し、以下赤井ほむらから1つずつずれた形で収録した
出典
- ^ 『別冊HibikinoWatcher Vol.4 新世紀特別号』エンターブレイン、2001年4月、p.7。ISBN 4-7577-0433-X
- ^ 『ときめきメモリアル2 キャラクターズコレクション』NTT出版、1999年11月、p.67。ISBN 4-7571-8065-9
- ^ a b c 『電撃G'sマガジン』1999年10月号、メディアワークス、p.28
- ^ 『ときめきメモリアル2 キャラクターズコレクション』p.65
- ^ a b c 『ときめきメモリアル2 キャラクターズコレクション』p.66
- ^ 『ときめきメモリアル2 キャラクターズコレクション』p.68
- ^ 『別冊HibikinoWatcher Vol.3 Fresh term号』エンターブレイン、2000年5月、pp.16 - 17。ISBN 4-7577-0041-5
- ^ 『別冊HibikinoWatcher Vol.3 Fresh term号』p.101
- ^ 『ときめきメモリアル2 キャラクターズコレクション』p.70
- ^ a b 『別冊HibikinoWatcher Vol.3 Fresh term号』p.100
- ^ コナミプレスリリース・1999年11月17日 Archived 2005年10月31日, at the Wayback Machine.
- ^ 『別冊HibikinoWatcher Vol.4 新世紀特別号』p.9
- ^ 『別冊HibikinoWatcher Vol.1 ミレニアム特大号』エンターブレイン、2000年2月、p.5。ISBN 4-7572-0682-8
- ^ ケータイアプリ『ときめきメモリアル2』に新曲が追加される!【野田順子&メタルユーキインタビュー】 - ファミ通.com
- ^ KONAMIケータイ|ときめきメモリアル2【コナミネットDX】
ひびきのネット
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「ときめきメモリアル2」の記事における「ひびきのネット」の解説
コナミは、ゲームソフトとインターネットの融合の可能性を模索していた。そこで今作において、ひびきの市における架空のプロバイダーという位置付けで「hibikino.net」のドメイン名を取得。ときめきメモリアル2の発売と同時に専用ウェブサイト「ひびきのネット」を設立し、ゲーム画面内にURLやメールアドレスを表示するなどして連携を図った。 作品の舞台となったひびきの高校やデートスポットに使用された施設、また一部のキャラクター個人のウェブサイトがその傘下に構築されユーザーは自由にそれらを閲覧できたほか、『ときメモ2』の商品パッケージに同梱されたIDを使用しユーザー登録することで電子掲示板やチャットを利用し他のユーザーとコミュニケーションを取ることが出来た。そこでは時折コナミのスタッフが陽ノ下光らキャラクター(ここでは「著名生徒」と呼ばれた)本人を演じて投稿を行い、その場を盛り上げた。また趣旨に賛同したユーザーがひびきの高校生徒・ひびきの市民としての立場で制作した個人サイトやひびきの高校のクラブ・委員会・サークルの公認サイトも数多く存在し、ひびきのネット本体と連携しながらさまざまな活動を行った。 『2』の動作プラットフォームであるPlayStationにはインターネット接続機能が無い事情から、『2』のゲーム内からひびきのネットにシームレスにアクセスすることはできなかった。当時普及していたネットワーク機能を有するゲーム機といえばドリームキャスト (DC) であり、2000年5月の時点で約14000人いた参加者のうち7%程度にあたる約980人がDCからアクセスしていた。中には、ひびきのネットのためにDCを購入した人物までいたという。 ひびきのネットはあくまでもゲーム世界の延長のバーチャルワールドであるという位置付けからユーザーはひびきの高校の生徒として振舞わなくてはならず(生身のユーザー本人は「宿主」と呼ばれた)ゲームとしての『ときメモ2』の話題はタブーとされたのは勿論のこと仕事や家庭などの日常のリアルな話題なども敬遠された(ただし「非ひびきのモード」を宣言することで、ある程度これらの発言は容認された)。さらにその独特の趣旨から従来からときめきメモリアル関連のファンサイトを運営していた層との折り合いがうまくつかず、彼らと一体となってひびきのネットを盛り立てることが出来なかった。 それでも有志の活動によりさまざまなイベントや試みが展開され続けたが、紆余曲折を経て2001年3月31日をもってひびきのネットはその役目を終えた。KCE東京は閉鎖理由を「資金的・人員的な面で、これ以上ユーザーに安全かつ快適なサービスを提供することが困難になった」ためとしている。 なお、ドメイン名「hibikino.net」はひびきのネットサービス終了後もコナミデジタルエンタテインメントが保有し続けていたが、2011年6月26日に失効したのち、個人による「ときめきメモリアル」とは無関係のサイトで使用されている。
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