『青空』の広報活動とは? わかりやすく解説

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『青空』の広報活動

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/14 02:46 UTC 版)

梶井基次郎」の記事における「『青空』の広報活動」の解説

1925年大正14年6月淀野隆三意見聞き入れ著名作家に『青空第4号寄贈することになり、基次郎宛名書き喫茶店への広告ビラ書き手伝ったこの頃、淀野や外村と観にいった日仏展覧会アントワーヌ・ブールデル彫刻感心した7月、「泥濘」を掲載した青空第5号発行した実家小間物屋は店を半分分けエンジニアの兄・謙一の技術指導受けた弟・勇がラジオ店を開業したこの前年に大阪ラジオ放送局JOBK開局していた。 8月夏休みは、外村茂一緒に淀野の実家訪ね宇治川舟遊びをし、京都博物館行った同月には、神経痛の父を松山道後温泉送った後に船で大阪戻ったこの頃路上」に取りかかり、下旬宇賀康と一緒に和歌山近藤直人訪ねた9月中旬上京する途中に、近藤直人比叡山琵琶湖行き松尾芭蕉の『奥の細道』について語った10月、「路上」を掲載した青空第8号発行し、この号から部数300から500部にした。この月、基次郎なけなしの金をはたいて、帝国ホテル開かれたジル・マルシェックスのピアノ演奏会6日間通い瞑想的な気分浸り感動味わった(これがのち「器楽幻想」の題材となる)。同月下旬は、千葉県陸軍鉄道部入隊する中出丑三を、矢野繁と一緒に送っていった。 11月、「橡の花」を掲載した青空第9号発行した北神正(法学部筆名金子勝正)と清水芳夫画家清水作。淀野隆三友人)が同人参加するが、北神第10号だけで抜けた12月伏見公会堂大津公会堂で『青空文芸講演会開かれ、基次郎大津で「過古」を朗読し余興として歌も歌った聴衆は7名(内2人は『真昼同人)だった。 1926年大正15年1月、「過古」を掲載した青空第11号発行2月、「雑記講演会其他」を掲載した青空第12号発行した。この号から、基次郎誘った飯島正同人参加した3月中旬帝大仏文科入学決まった後輩武田麟太郎上京したため、三好達治と3人で銀座に行くが、飲み屋プランタン」で明治大学不良大喧嘩となり、武田築地警察署留置場入れられた。 4月中旬、基次郎外村茂と共に飯倉片町島崎藤村宅を訪問し5月発売同人誌青空第15号直接献呈した。「雪後」と「青空同人印象記」を掲載した6月の『青空第16号から同人三好達治参加した。「雪後」は友人矢野繁をモデルにした小説である。 7月、「川端康成第四短篇集心中』を主題とせるヴァリエイシヨン」を掲載した青空第17号発行北神正が同人復帰した。この号を購入した東京商科大学予科生田中西二郎(のち中央公論社入社)は基次郎川端論を読んで感心していた。『青空』は経営難のため、三高劇研究会の同人誌真昼』との合同模索されたが、この計画実現しなかった。 8月、「ある心の風景」を掲載した青空第18号発行した炎天下、基次郎微熱が続く中、配本神楽坂四谷歩き回ったり、銀座松屋広告取ったりした。中旬、基次郎激し疲労病状進み血痰見た麻布医者から「右肺尖に水泡音、左右肺尖病竈あり」と診断された。そして大手出版社雑誌新潮』の編集者楢崎勤から10月新人特集号への執筆依頼を受け、この猛暑の夏、大阪執筆取り組むが、書けずに終り9月新潮社詫び行った(この時に未完の作品が、のち「ある崖上の感情」となる)。 しかしその3日後に、書簡体小説Kの昇天」を書き上げ10月、「Kの昇天――或はKの溺死」を『青空第20号発表したこの頃結核進行あせっていた基次郎は、毎晩寝床で「お前は天才だぞ」と3度繰り返し自分暗示をかけていた。月末三好達治が基次郎からの強い誘いで、飯倉片町下宿隣室入った心境小説こそが小説の進むべき方向考えていた基次郎は、三好志賀直哉の『雨蛙』を勧め三好から萩朔太郎の詩を教えられた。2人松尾芭蕉七部集注釈書勉強した

※この「『青空』の広報活動」の解説は、「梶井基次郎」の解説の一部です。
「『青空』の広報活動」を含む「梶井基次郎」の記事については、「梶井基次郎」の概要を参照ください。

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