ルーヴル美術館 コレクション

ルーヴル美術館

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コレクション

Category:ルーヴル所蔵品も参照

ルーヴル美術館には38万点以上の美術品が収蔵されており、そのうち3万5,000点ほどが8部門(「古代エジプト美術部門」「古代オリエント美術部門」「古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術部門」「イスラム美術部門」「彫刻部門」「工芸品部門」「絵画部門」「素描・版画部門」)に分類されて展示されている[64][8]

古代エジプト美術部門

エジプトのサッカラから出土した『書記座像』。石灰岩と化粧漆喰による彫刻で、紀元前2600年から2350年ごろの作品と考えられている[65]

古代エジプト美術部門には、ナイル川流域に発展した文明の、紀元前4000年から4世紀にわたる[66]5万点以上の美術品が所蔵されている[67]。エジプト美術コレクションとしては世界最大規模であり、古代中王国時代新王国時代、初期キリスト教時代(コプト美術)、ローマ属州時代プトレマイオス王国時代ビザンティン帝国時代の美術品が網羅されている[66]。この部局の原点は王室コレクションまでさかのぼることができるが、ナポレオン1世の1798年のエジプト遠征でコレクションが大きく発展したものである。このときのエジプト遠征には、のちに初代ルーヴル美術館館長となるドミニク・ヴィヴァン (en:Dominique Vivant) も同行していた[67]。その後、ジャン=フランソワ・シャンポリオンが『ロゼッタ・ストーン』を解読すると、フランス王シャルル10世が古代エジプト専門部局の創設を命じた。シャンポリオンは、エドム・アントワーヌ・デュラン、ヘンリー・ソルト (en:Henry Salt (Egyptologist))、ベルナルディーノ・ドロヴェッティ (en:Bernardino Drovetti) が収集したコレクションの購入を進言し、これらのコレクションから7,000点あまりのエジプト美術品が所蔵品に加えられた。さらに、エジプト考古学博物館の基礎を作ることになるフランス人考古学者オギュスト・マリエットによって、エジプト美術品の所蔵数は増大していった。マリエットは、エジプトのメンフィスで発掘調査を行い、『書記座像 (en:The Seated Scribe)』などの出土品を、ルーヴル美術館へと送りだした[67][68]

エジプト美術品は20以上の展示室で公開されている。美術品のほかに、パピルス巻物ミイラ工具衣服宝石、遊戯盤、楽器武器なども展示されている[67][66]。古代エジプトの所蔵品では『ゲベル・エル・アラクの短刀 (en:Gebel el-Arak Knife)』『書記坐像』『ジェドエフラースフィンクスの頭部』などが有名である。中王国時代の美術品は「金細工と彫像」で知られ、それまでの写実的表現から理想化表現へと移行していった。この様式の好例として、片岩製の『アメンエムハトアンクの彫像』、木製の『供物を運ぶ女性』などがある。新王国時代、初期キリスト教時代では、女神ネフティスの彫像や、女神ハトホルの石灰岩彫刻などが、この時代の様式をよく表している[66][68]

古代オリエント美術部門

石灰岩レリーフ『有翼人面牡牛像』。アッシリア帝国、紀元前8世紀。

古代オリエント美術部門は、1881年に創設された二番目に新しい部局で、イスラム教普及前の古代オリエント文明の美術品が収蔵されている。古代オリエント美術部門は、ユーフラテス川西側地域(キプロスレヴァントアナトリア半島アラビア半島北アフリカ)、古代メソポタミアペルシアの三地域別に細分化されている[69]。古代オリエント美術のコレクションが充実したのは、フランス人学者ポール=エミール・ボッタによる、1843年のドゥル・シャルキン発掘調査、アッシリア王サルゴン2世の王宮発見とほぼ同時期に当たる[66][70]。この遺跡からの出土品が、古代オリエント美術部門の前身である「アッシリア美術館」の基礎となった[66]

古代オリエント美術部門では、初期メソポタミア文明ともいわれるシュメール文明の美術品と、アッカド帝国の出土品であるラガシュ王国王子の碑文『禿げ鷹の碑 (en:Stele of the Vultures)』(紀元前2,450年頃)、アッカド王ナラム・シンの戦勝記念碑などが展示されている。1901年に発見された、高さ2.25メートルの閃緑岩に古代バビロニアの「ハンムラビ法典」が楔形文字で刻まれた石碑も有名である。紀元前18世紀のマリ王国王宮壁画 (en:Investiture of Zimri-Lim) や、紀元前25世紀の『エビフ・イルの像』も、この古代オリエント美術部門の展示室で公開されている。

古代ペルシアの所蔵品では、『射手のフリーズ』などが有名である[66][71]ペルセポリスからの貴重な出土品も所蔵されており、2005年にイギリスで開かれた古代ペルシア展で公開するために、大英博物館に貸し出されたこともある[72]

古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術部門

大理石彫刻『サモトラケのニケ』(紀元前190年ごろ)

古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術部門は、新石器時代から6世紀までの、地中海沿岸地方の美術品を収蔵している[73]。時代区分としてはキクラデス文明からローマ帝国衰退までとなる。古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術部門は、ルーヴル美術館でも最古の部局のひとつで、所蔵品が王室コレクションだった時代までさかのぼることができ、フランス王フランソワ1世が購入した美術品も含まれている[66][74]。コレクション初期には『ミロのヴィーナス』や『ベルヴェデーレのアポロン (en:Apollo Belvedere)』のような、大理石彫刻の収集に重点が置かれていた。『ベルヴェデーレのアポロン』は、ナポレオン1世がヴァチカンから押収したものだったが、ナポレオンが失脚した1815年にヴァチカンへと返還されている。19世紀になってから、デュラン・コレクションやフランス国立図書館から、『ボルゲーゼの壺 (en:Borghese Vase)』のような大理石彫刻や銅像などを購入している[65][73]。古代ギリシア・アルカイック期の収蔵品には、宝飾品、『オーセールの婦人 (en:Lady of Auxerre)』(紀元前640年ごろ)や『サモスのヘラ』(紀元前570年 - 560年ごろ)のような石灰岩彫刻がある[66][75]。紀元前4世紀以降の収蔵品は、『ボルゲーゼの剣闘士 (en:Borghese Gladiator)』に代表されるような、人体を写実的に再現した彫刻が多くなっている。また、ルーヴル美術館には『サモトラケのニケ』(紀元前190年ごろ)や『ミロのヴィーナス』のような、古代美術の象徴ともいえるヘレニズム期の名作が所蔵されている[74]

長大なカンパーナ・ギャラリーには、1,000点を超えるギリシア陶器の一大コレクションが展示されている。セーヌ川沿いのドゥノン翼の各展示室には数多くの古代ローマ彫刻が展示されている[73]。肖像彫刻のコレクションも有名で、アグリッパやマルクス・アンニウス・ウェルスらの大理石彫刻、『ピオンビーノのアポロン (en:Apollo of Piombino)』などのブロンズ像が知られている。

イスラム美術部門

象牙と銀の宝石箱、966年。

2003年に創設されたイスラム美術部門は、ルーヴル美術館ではもっとも新しい部門で「13世紀にわたる三つの大陸」の美術品が収蔵されている[76]。コレクションには、陶磁器、ガラス工芸品、金属工芸品、木製品、象牙工芸品、絨毯織物ミニアチュールなど、5,000点以上の美術品が含まれている[77]。イスラム美術部門はもともと工芸部門の一部だったが、2003年に独立した部局として新設された。アンダルシア由来の『アル=ムギラの銘のある小箱』(968年)と呼ばれる象牙の筒状の箱や、『サン・ルイの洗礼盤』(13世紀から14世紀ごろ、マムルーク朝)と呼ばれる金属製のボウル、イラン由来の『サン=ジョスの屍衣』などが有名な収蔵品となっている[70][76]。ほかに、ペルシア語で書かれたフェルドウスィーの『シャー・ナーメ』3ページ分なども有名である[77]

彫刻部門

ヨンベ語族の彫刻(19世紀)

彫刻部門には、古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術部門に属さない、1850年以前の彫刻が収蔵されている[78]。ルーヴル美術館が、いまだルーヴル宮殿として使用されていた時代から彫刻の収集は開始されていたが、ミケランジェロの『瀕死の奴隷』と『抵抗する奴隷』を除いて、1824年までは古代彫刻しか公開されていなかった[79]。ルーヴル美術館開設当時には100点ほどの彫刻しかなく、ほかの王室コレクションの彫刻の多くはヴェルサイユ宮殿に移設されていた。その後も彫刻コレクションはほとんど増加することはなかったが、1847年にレオン・ラボルデが彫刻部門の責任者に任命されると、コレクションの数は徐々に増えていった。ラボルデは中世の彫刻を収集する部門を設置し、『キルデベルデ1世像』『スタンガの扉』などの彫像、彫刻を購入していった[79]。彫刻部門は、もともとは工芸部門の一部局だったが、フランス美術品のコレクションを推進していた館長ルイ・クラジョが、1871年に自治裁量権を与えている[78][79]。1986年に1850年以降の彫刻は、新設されたオルセー美術館へと移された。「大ルーヴル計画」によって、彫刻部門の収蔵品の展示場所が、フランス彫刻を展示するリシュリュー翼と、フランス以外の彫刻を展示するドゥノン翼に分けられた[78]

ロマネスク様式のフランス彫刻には『獅子の穴の中のダニエル』(11世紀)や『オーヴェルニュ聖母』(12世紀)などが所蔵されている。16世紀にはルネサンスの抑制表現の影響がフランス彫刻にも表れ始め、ジャン・グージョンの浮彫や、ジェルマン・ピロン (en:Germain Pilon) の『十字架降下』や『キリスト復活』などにその影響を見ることができる。17世紀から18世紀のフランス彫刻として、エティエンヌ=モーリス・ファルコネ (en:Étienne Maurice Falconet) の『水浴する女』や、フランソワ・アンギエ (en:François Anguier) の『オベリスク』などがある。新古典様式の彫刻には、アントニオ・カノーヴァの『キューピッドの口づけに目覚めたプシュケ』(1793年)がある[79]

工芸品部門

聖ブラシウスを描いた、13世紀フランスのステンドグラス

工芸品部門には、中世から19世紀半ばまでの美術工芸品が収蔵されている。もともとは彫刻部門の一部局で、フランス王室コレクションと、歴代フランス王家の墓所であるサン=ドニ大聖堂からフランス革命時に持ち出された作品が基礎となっている[80][81]。これらの収蔵品の中でもっとも重要なものに、ピエトラ・ドゥーラ(宝石や貴石を散りばめた絵画のような工芸品、(en:pietre dure))の青銅器が挙げられる。その後、1825年に購入したデュラン・コレクションから「陶磁器、エナメル細工、ステンドグラス」がもたらされ、さらに1828年に芸術家ピエール・レヴォワルからおよそ800点の作品が寄贈された。ロマン主義の潮流がルネサンスと中世の芸術に再び光を当て、ソヴァジョという人物が1,500点にのぼる中世工芸品と、ファイアンス陶磁器を遺贈した。1862年にはカンパーナ侯爵のコレクションから、15世紀から16世紀に制作されたものを中心として、金細工、マヨルカ陶磁器などが追加されている[81][82]

工芸品部門の収蔵品はリシュリュー翼2階とドゥノン翼のアポロン・ギャラリーに展示されている。アポロン・ギャラリーの名付け親は画家のシャルル・ル・ブランで、太陽王ルイ14世からこのギャラリーを太陽をテーマとした装飾を命じられた人物である。中世の工芸品コレクションには、ルイ14世が戴冠式に使用した王冠や、シャルル5世王笏、『斑岩の壺』などがある[83]。ルネサンス期の工芸品コレクションには、ジャンボローニャが制作したブロンズ像『ネッソスとデイアネイラ』、タペストリー『マクシミリアンの狩猟のタピスリー』などがある[80]。ルネサンス以降の時代のコレクションで有名なものとして、ポンパドゥール夫人が所有していたセーヴル磁器のコレクションや、ナポレオン3世のアパルトマンなどが挙げられる[80]


絵画部門

レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』。おそらくレオナルドがフランソワ1世の宮廷に滞在していたときに現在の形となった。

絵画部門には、7,500点を超える絵画作品が収蔵されている[84]。13世紀から1848年までの作品がコレクションされており、12名のキュレーターがその展示に責任を負っている。絵画作品のうち、およそ3分の2がフランス人画家の作品で、残りの絵画のうち1,200点以上が北方ヨーロッパ(アルプス以北のヨーロッパ)の作品となっている。イタリア絵画はフランソワ1世とルイ14世のコレクション由来の作品が大部分となっており、その他のイタリア絵画は未返還になっているナポレオン1世の収奪絵画が多く、少ないながら正式に購入した作品も存在する[85][86]。イタリア絵画のコレクションはフランソワ1世が始めたもので、ラファエロミケランジェロ[注釈 1]らルネサンス期の巨匠の作品を購入し、のちにレオナルド・ダ・ヴィンチを自身の宮廷に迎えた[20][87]。フランス革命で没収、国有財産化されたこれらの王室絵画コレクションが、ルーヴル美術館の中核となった。1986年に、それまで鉄道駅舎として使用されていたドルセー駅オルセー美術館(ミュゼ・ドルセー)として生まれ変わり、ルーヴル美術館の絵画コレクションのうち1848年以降に完成した絵画作品がオルセー美術館に移された(一部の印象派絵画など例外あり)。フランス絵画と北ヨーロッパ絵画はリシュリュー翼に、スペイン絵画とイタリア絵画はドゥノン翼2階に展示されている[86]

初期のフランス絵画に、アンゲラン・カルトン (en:Enguerrand Quarton) の『ヴィルヌーヴ=レザヴィニョンのピエタ』(1455年ごろ)がある。フランス王ジャン2世の肖像で、作者未詳の『善良王ジャン』(1360年ごろ)は、古代以降の作品としては、おそらく最古の個人肖像画といわれている[88]。17世紀のフランス絵画には、ラ・トゥールの『大工の聖ヨセフ』や『灯火の前のマグダラのマリア』、プッサンの『詩人の霊感』や『我アルカディアにもあり』、シャンパーニュの『1662年の奉納画』、プルビュスの『フランス王ヘンリー四世の後継者マリー・ド・メディシス』、リゴーの『ルイ14世』などがある。また、18世紀から19世紀にかけてのフランス絵画の重要な作品として、ヴァトーの『シテール島の巡礼』、シャルダンの『赤エイ』、ブーシェの『水浴のディアナ』、ダヴィドの『ナポレオン1世の戴冠』、アングルの『グランド・オダリスク』、ドラクロワの『民衆を導く自由の女神』などがある。

アルプス以北の北方絵画には、ヤン・ファン・エイクの『宰相ロランの聖母』、ロヒール・ファン・デル・ウェイデンの『ブラック家の祭壇画』、『受胎告知』、ヒエロニムス・ボスの『愚者の船』、クエンティン・マサイスの『両替商とその妻』、ピーテル・ブリューゲルの『足なえたち』、フェルメールの『レースを編む女』、『天文学者』、レンブラントの『エマオの晩餐』、『ダビデ王の手紙を手にしたバテシバの水浴』、『屠殺された牛』、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの『カラスのいる木 (en:The Tree of Crows)』などがある。

イタリア絵画では、特にルネサンス期のコレクションに重要な作品が多い。ルネサンス初期の画家マンテーニャベッリーニの『キリスト磔刑』には写実主義と詳細な表現の萌芽がみられ「精神世界を表現した重要な場面が描かれている」とされている[89]。そのほか、フラ・アンジェリコフィリッポ・リッピドメニコ・ギルランダイオサンドロ・ボッティチェッリピエトロ・ペルジーノらの名作が多く所蔵されている。ルネサンス盛期の絵画コレクションには、レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』、『聖アンナと聖母子』、『洗礼者聖ヨハネ』、『岩窟の聖母』、ラファエロの『美しき女庭師』、 ティツィアーノの『田園の奏楽』、『キリストの埋葬』、『荊冠のキリスト』、ヴェロネーゼの『カナの婚礼』など巨匠たちの代表作の数々が所蔵されている。バロック期の絵画コレクションにはカラヴァッジョの『女占い師 (en:The Fortune Teller (Caravaggio))』、『聖母の死』など重要作が所蔵されている[90][91]

スペイン絵画は他の画派に比べて数多くはないが、スペイン本国以外では屈指の収集である[92]エル・グレコホセ・デ・リベーラフランシスコ・デ・スルバランバルトロメ・エステバン・ムリーリョフランシスコ・デ・ゴヤらの名品が収蔵されている。特にリベーラの『えび足の少年』、ムリーリョの『乞食の少年』は名高い。

美術品収集家の医者ルイ・ラ・カーズ (en:Louis La Caze) が1869年に遺贈した絵画584点は、通称「ラ・カーズ・コレクション」と呼ばれ、個人が寄付した絵画点数としてはルーヴル史上最大のコレクションとなっている。ラ・カーズ・コレクションには、ヴァトーの『ピエロ』(旧称『ジル』)、リベーラの『えび足の少年』、ムリーリョの『乞食の子供』、レンブラントの『ダビデ王の手紙を手にしたバテシバの水浴』などが含まれている。2007年にはラ・カーズ・コレクションを主とした展覧会である「1868年:ルイ・ラ・カーズ・コレクション - ルーヴルが所蔵するヴァトーとシャルダン」が開催された[93]

フランス絵画

北方絵画

イタリア絵画

スペイン絵画

素描・版画部門

素描・版画部門には、を素材とした美術品である、デッサンパステル画、ミニアチュール、版画、本、写本書簡リトグラフなどが収蔵されている[94][95]。コレクションの基礎となったのは、8,600点にのぼる王室コレクション (Cabinet du Roi) で、その後、1806年のフィリポ・バルディヌッチのプライベート・コレクションの遺贈などによって、1,200点ほどの作品が追加、購入されていった[65][96]。素描・版画部門が創設されたのは1797年8月5日のことで、このときにはアポロン・ギャラリーに415点の作品が展示された。素描・版画部門は3つの部局に分けられている。コレクションの中核をなす王室コレクション、1,400点あまりの王室コレクション由来の銅版画板、そしてエドモンド・ベンジャミン・ロスチャイルドが遺贈した、4,000点の版画(エングレービング)、3,000点の絵画、500点の装飾本である[33]。2012年現在では、その製作技法、および素材の紙が光に弱いために常設展示はされておらず、特別な閲覧か企画展のときのみに、厳重な環境管理下で公開されている[94][95]


注釈

  1. ^ ジョルジョ・ヴァザーリの『画家・彫刻家・建築家列伝』には、ミケランジェロの『レダと白鳥』(現存せず)は、フランソワ1世が購入したと書かれている。

出典

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