牛鬼 怪火としての牛鬼

牛鬼

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/22 03:42 UTC 版)

怪火としての牛鬼

関宿藩藩士・和田正路の随筆『異説まちまち』には、怪火としての「牛鬼」の記述がある。それによれば、出雲国(現・島根県北東部)で雨続きで湿気が多い時期に、谷川の水が流れていて橋の架かっているような場所へ行くと、白い光が蝶のように飛び交って体に付着して離れないことを「牛鬼に遭った」といい、囲炉裏の火で炙ると消え去るという[22]。これは新潟県滋賀県でいう怪火「蓑火」に類するものと考えられている[1]

また因幡国(現・鳥取県東部)の伝承では、雪の降る晩に小さな蛍火のような光となって無数に蓑に群がり、払っても地に落ちまた舞い上がり着き、やがて蓑、傘ともに緑光に包まれるという[23]

実在する牛鬼の遺物

徳島県阿南市のある家では、牛鬼のものと伝えられる獣類の頭蓋骨が祠に安置されている。これはかつてある家の先祖が、地元の農民たちの依頼で彼らを苦しめる牛鬼を退治し、その首を持ち帰ったのだという[24]

福岡県久留米市の観音寺にも牛鬼の手とされるミイラがある。康平年間(1063年)に現れた牛鬼のもので、牛の首に鬼の体を持ち、神通力を発揮して近隣住民を苦しめ、諸国の武士ですら退治をためらう中、観音寺の住職・金光上人が念仏と法力で退治したものという[24][25]。手は寺へ、首は都へ献上され、耳は耳納山へ埋められたという[24]。耳納山の名はこの伝説に由来する[25]

香川県五色台の青峰の根香寺には、牛鬼のものとされる角が秘蔵されている。これは江戸時代初めに青峰で山田蔵人高清なる弓の名手に退治された牛鬼とされ、同寺に残されている掛軸の絵によると、その牛鬼は猿のような顔と虎のような体を持ち、両前脚にはムササビまたはコウモリのような飛膜状の翼があったという[2][10]。この掛軸と遺物は、現在では諸々の問題により一般公開されておらず、ネット上でのみ公開されている[26]

祭礼の牛鬼

宇和島・和霊神社の牛鬼面
牛鬼の山車(国立民族学博物館・大阪市吹田市)

愛媛県南予地方、とくに宇和島市とその周辺の地域等においては、地方祭において牛鬼(うしおに)と呼ばれる山車が町を練り歩く。由来は前述のように牛鬼を神聖視する説のほか、伊予国の藤内図書と蔵喜兵ノ尉という人物が牛鬼を退治したという話、徳島県海部郡の牛鬼を伊予の人物が退治したという話、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に加藤清正が朝鮮の虎を脅すために亀甲車を作った話など、諸説ある[1][3]

形態
基本形は竹組みの亀甲型の本体に、頭(正式名称:「かぶ」)と尾(同:「剣」)を取り付けたものである。「かぶ」は、数メートルの竹の先に取り付けられ、反対側の先に取り付けられた丁字形の取っ手(同:「しゅもく」)で自由に動かすことができる。これを扱うのは名誉とされる。地域によっては、首が伸び縮みするしかけを持ったものもある。「剣」は、本体内部でロープで結ばれている。これを大勢がかついで練り歩く。時に、「かぶ」と「剣」を激しく揺らぶらせ、また回転して、気勢を上げる。ただし、ぶつけあう、いわゆる「けんか」は全く行われない。本体は大別して、棕櫚をかぶせたもの(これが原始系とされる)と、黒・赤などの布をかぶせたもの(発展系とされる)の2タイプがある。大きさは棕櫚の方が小さめである。発展系の中には金色に輝くものもある。
なお「子供が牛鬼に頭を噛んでもらうと、賢くなる」という言い伝えがあり、担ぎ手が休んでいるときなどは、近隣の者が子や孫を連れてきて、頭を噛んでもらっている。
祭りと牛鬼
牛鬼は宇和島地方の祭りの主役である。特に、7月22日〜24日に行われる和霊大祭では、宇和島市内のみならず、山間部や高知県側(西土佐村)からも牛鬼の出場がある。宇和島市の職員や、各地区で牛鬼保存会がつくられている。また、秋祭りにおいても牛鬼が出る(小規模な地方祭や、西予市明浜町など)。愛媛県を代表する祭りとして、新居浜市の太鼓台、西条市のだんじりとともに、各地のイベント等に出場することがある。
宇和島市とハワイ州ホノルル市や愛媛県とハワイ州の友好姉妹都市の関係で毎年6月第1金・土・日にホノルル行われるまつりインハワイでは、丸穂牛鬼保存会と宇和島市役所牛鬼保存会の有志が宇和島牛鬼保存会として参加している[27]
南予地方では神輿の先駆けと家の悪魔祓いの役をするという[28]
また、佐田岬地域、西予市三瓶町、喜多郡などでも、祭礼に牛鬼が登場する。
歴史
かつては、愛媛県の久万高原町の付近にも牛鬼はあったとの記録が残っているが、今日では残っていない。
その他
牛鬼の面(かぶ)
JR予讃線宇和島駅の構内に牛鬼の「かぶ」が飾られている。このほか、宇和島地方の郷土料理店などに牛鬼の「かぶ」を模したものが飾られることがある。松山市内の宇和島料理店でも「かぶ」を見かけることがある。
菊間の牛鬼
今治市菊間町加茂神社の秋の祭礼には東予地方では唯一、牛鬼が出場する。黒い布をかぶせた丸胴でやや大ぶりのものである。

愛媛県以外でも、奄美大島では「ナマトヌカヌシ」という牛神信仰祭があり、八角八足八尾の星形のまだら模様を無数にもつ牛の妖怪神(農耕神)が海から上がり、チャルメラのような大声で叫んで篝火の間を徘徊し、島人は地に頭をつけて迎えるという。だが実際には作り物の神であり、本土人にそう言われるのを島人は忌み嫌うという[29]

長崎県南高来郡(現・雲仙市)では「トオシモン」、愛媛県宇和島では「ウショウニン」、鹿児島県日置郡市来町(現・いちき串木野市)では「ツクイモン」の名で同様の牛鬼、牛神祭が行われている。また同じく大隅半島鹿児島湾沿いの村では「ウンムシ(海牛)」の名で、黒い牛の化け物が海から這い上がり徘徊するという[29]。このウンムシの現れる時期は盆の後の27日と決まっているため、その日にはこの地方の人々は海に出ることを避けるという[30]

妖怪漫画家・水木しげるは、牛鬼の背後には牛に関する古代インド神として、大自在天の化身である伊舎那天閻魔天が関係しており、また近隣に菅原道真(= 天満大自在天)を祀った天満宮があることが関係していると推測している[31]


  1. ^ a b c d e f g 村上 2000, pp. 52–53
  2. ^ a b c d 多田 2000, p. 161
  3. ^ a b 宮本他 2007, p. 88
  4. ^ a b 和田 1984, pp. 46–51
  5. ^ 牛窓町のはなし”. 岡山博物図鑑 (2004年1月17日). 2008年6月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年12月8日閲覧。
  6. ^ 牛窓・前島散策 牛轉・塵輪鬼伝説”. 宝木伝説 備前西大寺と南都西大寺とハンセン病 (2007年2月26日). 2009年11月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月12日閲覧。
  7. ^ 小松 2015, pp. 60–61
  8. ^ 柳田國男遠野物語・山の人生』岩波書店〈ワイド版岩波文庫〉、1993年、183-184頁。ISBN 978-4-00-007121-5 
  9. ^ 今野圓輔 編『日本怪談集 妖怪篇』 下、中央公論新社中公文庫〉、2004年、71-72頁。ISBN 978-4-12-204386-2 
  10. ^ a b 多田 1990, pp. 157–159
  11. ^ 水木しげる『水木しげるの妖怪百物語』 日本編、二見書房〈二見WAiWai文庫〉、1987年、148-150頁。ISBN 978-4-576-99102-3 
  12. ^ a b 多田 1999, p. 65
  13. ^ 市原麟一郎 編『日本の民話』 35巻、未來社、1979年、27-29頁。 NCID BN01286946 
  14. ^ 「殺牛・殺馬の民俗学」、2015年、筒井功、河出書房新社、11‐13頁
  15. ^ a b c d 笹間 1994, pp. 23–25
  16. ^ 山口他 2007, p. 128.
  17. ^ イベントカレンダー 牛鬼』, 『スペシャル企画 vol.2 牛鬼の歴史と仕組み』 - 宇和島市観光物産協会.
  18. ^ 『日本の妖怪百科』 2巻、岩井宏實監修、河出書房新社、2000年、20-24頁。ISBN 978-4-309-61382-6 
  19. ^ 宮田登『妖怪の民俗学・日本の見えない空間』筑摩書房ちくま学芸文庫〉、2002年、34頁。ISBN 978-4-480-08699-0 
  20. ^ 伊保内裕美 編『UMA未知生物衝撃映像』ミリオン出版〈ミリオンムック〉、2008年、31頁。ISBN 978-4-8130-6216-5 
  21. ^ 横山 1982, p. 217
  22. ^ 和田正路 著「異説まちまち」、柴田宵曲 編『奇談異聞辞典』筑摩書房ちくま学芸文庫〉、1961年、52-53頁。ISBN 978-4-480-09162-8 
  23. ^ 水木しげる『水木しげる 妖怪百物語』小学館、2005年、150頁。ISBN 978-4-09-220325-9 
  24. ^ a b c 宮本他 2007, pp. 32–33
  25. ^ a b 斉藤他 2006, p. 113
  26. ^ 牛鬼伝説”. 四国霊場第八十二番 青峰山 根来寺. 根来寺. 2012年12月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月12日閲覧。
  27. ^ まつりインハワイ”. 2008年12月8日閲覧。
  28. ^ 『日本語大辞典』梅棹忠夫他監修、講談社、1989年、169頁。ISBN 978-4-06-121057-8 
  29. ^ a b 水木 2007, pp. 152–154
  30. ^ 村上 2000, p. 63.
  31. ^ 水木 2007, pp. 167–168.


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