「最後の審判」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/19 21:13 UTC 版)
「キリスト磔刑と最後の審判」の記事における「「最後の審判」」の解説
「キリスト磔刑」のパネルと同じく「最後の審判」のパネルも上から天界、俗界、地獄という三層の構成で描かれている。上部の天界には聖職者や信徒とともに、中央にキリスト、その左右に聖母マリア、洗礼者ヨハネという伝統的なモチーフが描かれている。中部に描かれた俗界には大天使ミカエルと死神が大きく描かれ、下部の地獄には地獄に落ちて魔物に蹂躙されて苦しむ亡者が描かれている。美術史家ブライソン・バローズは地獄の描写を「ボスやブリューゲルが描き出した残虐描写は、(ファン・エイクの)地獄の恐ろしさに比べれば子供が遊んでいる沼地みたいなものだ」としている。ペヒトはこのパネルに描かれている怪物と中世の動物寓意譚とを比較して「当時考えられていた動物の姿をした全ての魔物」が描かれていると指摘した。ファン・エイクが表現した地獄は「ぎらつく目と白い牙」が目立つ魔物たちの住処である。地獄の罪人たちは、ネズミ、ヘビ、ブタ、クマ、ロバなどの似姿をした魔物たちの意のままに絶え間ない拷問を受けている。大胆にもファン・エイクは、苦痛に喘ぐこのような罪人の中に、王族や聖職者の姿も描き入れている。 俗界は上下の天界や地獄に比べると非常に狭いスペースに、最後の審判の業火と蘇った死者が描写されている。画面左側には墓穴から出てくる死者たちが、右側には荒れ狂う海から浮き上がる死者たちが描かれている。「最後の審判」で最も大きく描かれている大天使ミカエルは死神の両肩の上に屹立し、その身体と翼が画面中部に表現されている俗界のほぼ大部分を占めている。宝石がちりばめられた黄金の甲冑を身につけ、巻き毛の金髪と彩り豊かな翼を持つミカエルの姿は、ファン・エイクが1437年に描いた『ドレスデンの祭壇画』のミカエルとよく似ている。ジェフリー・チップス・スミスはこの作品のミカエルが「地面が骸骨の姿をした死神の翼であることが明らかとなった地球を踏みしめる巨人のようだ。地獄の亡者たちは死神の排泄物となって地獄のヘドロと化す」と表現している。骸骨で表現された死神はコウモリのような姿形で表現されており、その頭骨は地上にもたげられ、腕と脚は地獄に落ち込んでいる。オットー・ペヒトは、この死神こそが「最後の審判」の主役となっているが、地獄の恐怖と天界の栄光の狭間に立つ痩身で年若い大天使には、この死神も太刀打ちできないとしている。 画面上部に描かれているのは『マタイによる福音書』(25:31) に「人の子が栄光の中にすべての御使たちを従えて来るとき、彼はその栄光の座につくであろう」と記されているキリストの再臨である。「キリスト磔刑」のパネルで裸体で息絶えたキリストが、復活し栄光とともに姿を現している。復活した素足のキリストは赤いコープ(典礼などのときに聖職者が羽織る非常に長いマント (en:Cope))を身にまとい、四肢は黄金の光に包まれている。開いた両掌には聖痕があり、コープの隙間からのぞくわき腹にはロンギヌスの槍による刺し傷痕が、そして両足には釘に貫かれた痕が描かれている。 キリストは整列した多くの天使、聖人、長老たちの中心に坐している。ペヒトはこの天界の光景を「あらゆるものが美しく、穏やかで、秩序立っている」と表現している。キリストのすぐ左右に侍る聖母マリアと洗礼者ヨハネは跪いて祈りを捧げている。両者の頭部には円光があり、ほかの人物像に比べると聳え立つ塔であるかのように非常に大きく描かれている。マリアは右手を胸にあて、左手は自身のローブで守護する、小さな裸体の人々に慈悲を与えるかのように掲げられている。この構図はキリスト教美術で「慈愛の聖母」(en:Virgin of Mercy) と称される、伝統的なモチーフを連想させる。キリストの足下には乙女たちによる聖歌隊が描かれている。鑑賞者の方に表情を向けるこの乙女たちは、キリストを称える讃美歌を口ずさんでいる。 キリストの前には天国の鍵を捧げ持つ聖ペトロが率いる白いローブの使徒たちが、聖歌隊左右の向い合せのベンチに6名ずつ座っている。それぞれのベンチの後ろには使徒たちに目を配る天使が、キリストの頭上には十字架を支える二人の天使が描かれている。頭上の天使は、聖職者が着用する衣服である白色のアミス(肩衣 (en:amice))とアルバをまとい、右側の天使はさらにその上から緑色の祭服のダルマティカを羽織っている。十字架を持つ二人の天使の周囲は、トランペットと思われる長い楽器を奏でる天使たちで囲まれている。キリストの両横に浮かぶ二人の天使は、「キリスト磔刑」のパネルにも描かれているキリストの受難の象徴を手にしており、左側の天使は槍と棘の冠を、右側の天使は海綿と釘をそれぞれかかげて描かれている。 初期フランドル派の画家ペトルス・クリストゥスはファン・エイクの弟子で、この『キリスト磔刑と最後の審判』を工房での徒弟時代に研究したと考えられている。クリストゥスは1452年に大規模な祭壇画を制作しているが、その祭壇画に描かれている最後の審判の部分は、この「最後の審判」のパネルを改編した作品となっている。ファン・エイクの「最後の審判」とクリストゥスの「最後の審判」には著しい相違点も見られるが、クリストゥスの作品にファン・エイクが及ぼした影響は明らかである。縦に細長い構図、画面中部に描かれた天界と地獄を別つ大天使ミカエルなど、ファン・エイクの「最後の審判」から持ち込まれた構成が多くみられる。
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