絵巻の分割と所有者の変転
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「佐竹本三十六歌仙絵巻」の記事における「絵巻の分割と所有者の変転」の解説
この絵巻は前述のとおり、佐竹侯爵家に伝来したものである。明治維新以降、家禄を失い多くの武家が没落したが、それは華族に列した大名家も例外ではなかった。実業家などへの転身に成功した一部を除くと多くの大名家が次第に落魄し、明治末期から昭和初期にかけて、家宝の売却などで凌がなければならない事態に追い込まれていた。佐竹家は旧領の山林を政府に献納して国有林とし、藩政期に大きな収入源であった秋田杉を失ったことで、家計を維持できなくなっていた。 1916年(大正5年)、華族世襲財産法が改正され、華族が所蔵する古美術品を売却することが許された。1917年(大正6年)11月5日、東京両国の東京美術倶楽部で佐竹家の所蔵品300点の売立てが行われ、三十六歌仙絵巻は東京と関西の古美術業者9店(札元全員)が合同で35万3千円で落札した。単純には比較できないが、当時の1万円は21世紀初頭現在の約1億円に相当するとされる。あまりの高額のため、業者1社では落札できなかったものである。同年、この絵巻を購入したのは実業家の山本唯三郎であった。山本は松昌洋行という貿易商社の社長を務め、第一次世界大戦中に海運業で財を成した人物(いわゆる「船成金」)で、朝鮮半島で大規模な虎狩りを行ったことから「虎大尽」の異名を取るなど、莫大な資産を豪快に散じる数々の武勇談が伝えられている。 第一次世界大戦の終戦による経済状況の悪化(戦後恐慌)に伴い、僅か2年後の1919年(大正8年)に山本はこの絵巻を手放さざるを得なくなった。ところが時節柄、高価な絵巻を1人で買い取れる収集家はどこにもいなかった。絵巻の買い取り先を探していた服部七兵衛・土橋嘉兵衛らの古美術商は、茶人・美術品コレクターとして高名だった実業家の益田孝(号:鈍翁)のところへ相談に行った。大コレクターとして知られた益田もさすがにこの絵巻を一人で買い取ることはできず、彼の決断で、絵巻は歌仙一人ごとに分割して譲渡することとなった。益田は実業家で茶人の高橋義雄(号:箒庵)、同じく実業家で茶人の野崎廣太(号:幻庵)を世話人とし、絵巻物の複製などで名高い美術研究家の田中親美を相談役として、三十六歌仙絵巻を37枚(下巻冒頭の住吉明神図を含む)に分割し、くじ引きで希望者に譲渡することとした。 抽選会は1919年(大正8年)12月20日、東京の御殿山(現・品川区北品川)にあった益田の自邸で行われた。抽選会が行われた建物は「応挙館」と呼ばれ、後に東京国立博物館の構内に移築されて現存している。同年12月22日付『中外商業新報』(後の『日本経済新聞』)が「画運-順次に打ち振る青竹の籤筒 遂に分かたれし三十六歌仙」と題して報じたように、くじは竹筒に入れた棒を引く方式だった。抽選会には益田自身も参加し、また、旧所蔵者の山本唯三郎にも源宗于を描いた1枚が譲渡されることになっていた。 価格は3000円からで、男性貴族や僧侶に比べて、女性の歌仙絵入手を望む参加者が多かった。益田は、三十六歌仙の中でも最も人気が高く、最高値の4万円が付けられていた「斎宮女御」の入手を狙っていた。通説では、くじ引きの結果、益田には最も人気のない「僧侶」の絵が当たってしまい、すっかり不機嫌になってしまった。それで「斎宮女御」のくじを引き当てた古美術商が、「自分の引き当てた絵と交換しましょう」と益田に提案し、益田は「斎宮女御」を入手して満足そうであったという。 なお、益田が引いた僧侶は素性法師とされる。もっとも、翌12月21日付『東京朝日新聞』による本件の報道を見ると、益田が最初に引き当てたのは僧侶像ではなく「源順像」だったことになっており、細かい点についての真相は不明である。 これら37分割された歌仙像は、その後も社会経済状況の変化、第二次世界大戦終了後の社会の混乱等により、次々と所有者が変わり、公立・私立の博物館・美術館の所蔵となっている作品も多い。1984年(昭和59年)11月3日、三十六歌仙絵巻の分割とその後の流転をテーマにしたドキュメンタリー番組『絵巻切断-秘宝36歌仙の流転-』がNHKテレビで放送され、関連書籍が発行されたことにより、この件はさらなる注目を浴びることとなった。1986年(昭和61年)には、当時東京・赤坂にあったサントリー美術館で「開館25周年記念展 三十六歌仙絵」が開催され、佐竹本三十六歌仙絵37点のうち20点が出品された。個人蔵となっている三十六歌仙絵もあり、サントリー美術館で展覧会を担当した榊原悟は、29点の所蔵者に協力を依頼したものの、了承を得られたのが20点分だったと回想している。榊原は、絵巻物の分割は文化財保護を重視する現代から見れば「とんでもない話」であるが、多くの人が鑑賞する機会を広げた面もあると語っている。 2019年(令和元年)10月12日 - 11月24日には京都国立博物館にて特別展「流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」が開催され、佐竹本三十六歌仙絵巻の断簡37点のうち、躬恒、猿丸、斎宮、清正、伊勢、中務を除く31点が出展された。
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