洋画と成人映画の名画座
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「新橋文化劇場」の記事における「洋画と成人映画の名画座」の解説
1971年(昭和46年)11月に日活が「日活ロマンポルノ」を開始して成人映画に舵を切り、これを機に、ニュース劇場は新橋日活ロマン劇場と改称、日活の上映館に変わり、成人映画館になった。文化劇場は東映系に絞られ、第三劇場は従来の東宝に加えて松竹系の上映劇場に変わり、1970年代に入って、同3館での洋画の上映がなくなった。同3館の経営は、ひきつづき東和企業株式会社であったが、1974年(昭和49年)には同社の代表が蔡火欽から砂井盛光に変わっており、同3館の支配人は、開館以来引き続き滝沢恵吉が務めていたが、同年には呉振奎、翌1975年(昭和50年)には飯野武三、1976年(昭和51年)にはさらに新野俊二、とめまぐるしく変わっていった。同年、新野が支配人に就任するとともに、文化劇場が洋画の名画座に変わっている。それとともに日活ロマン劇場がひきつづき日活、第三劇場が東宝・松竹・東映の旧作、と割り振られた。1979年(昭和54年)には、第三劇場を廃止して、同サイトの最終形態である2館体制になる。それとともに、従来の第三劇場の位置に新橋文化劇場を置き、従来の文化劇場の位置に日活ロマン劇場を置いた。1980年(昭和55年)3月には、日活ロマン劇場をリニューアル開館した。 1988年(昭和63年)4月、にっかつ(日活)はロマンポルノの終了を発表、同年8月3日からは従来の成人映画番線には新日本映像が製作する「エクセス・フィルム」作品を供給するように切り替わった。これを機に、新橋日活ロマン劇場は新橋ロマン劇場と改称している。文化劇場ではハリウッド製のアクション映画の番線落ち二本立上映、ロマン劇場では「エクセス・フィルム」封切作品とにっかつロマンポルノ旧作を交互に三本立上映、という興行方針であった。観客層は、文化劇場は30代・40代の会社員中心、ロマン劇場はそれにプラスしてシニア層の男性が中心であった。2001年(平成13年)2月時点で支配人を務めていた松坂芳男によれば、ロマン劇場の観客は「昔からの熱狂的なにっかつファン」が多く、「上野や池袋と違って」「SM系」の要望が強く、団鬼六原作の作品、小沼勝監督の作品に人気があったという。入場料金については、文化劇場が一般900円、ロマン劇場が一般1,300円というこの時代の料金設定を消費税増税後、そして閉館まで継続した。 2011年(平成23年)、従来、副支配人を務めていた遠藤健介が支配人に就任し、翌2012年(平成24年)6月、ツイッターの公式アカウントによる情報配信を開始する。同年は、1月19日にコダックが連邦倒産法第11章の適用申請、9月13日には富士フイルムが翌年3月の撮影用および上映用フィルムの生産・販売を終了をアナウンスし、映画館のデジタル化が決定的になった時期であったが、新橋文化劇場・新橋ロマン劇場の両館は、フィルムプリントによる上映方針を貫いた。 2014年(平成26年)3月14日にテレビ朝日で放送された『若大将のゆうゆう散歩』では、俳優の竹中直人が加山雄三と共に当館を訪れた。また同年5月には、同年3月30日に亡くなった俳優・蟹江敬三を追悼し、ロマン劇場で『犯す!』(監督長谷部安春、製作日活、1976年2月7日公開)、『花芯の刺青 熟れた壺』(監督小沼勝、製作日活、1976年9月25日公開)、『天使のはらわた 赤い教室』(監督曾根中生、製作にっかつ、1979年1月6日公開)の三本立興行、1週間の特集上映を行った。ちなみにミュージシャンの小西康陽もこの3本を観賞したことを自身のブログで明かしている。 JR高架下の耐震補強工事が行われるため、2014年8月31日、両館ともに閉館。最終日に上映された映画は、文化がクエンティン・タランティーノ監督の『デス・プルーフ in グラインドハウス』(日本配給ブロードメディア・スタジオ、2007年9月1日公開)とマーティン・スコセッシ監督の『タクシードライバー』(配給コロンビア映画、1976年9月18日公開)の2本立。ロマンが田中登監督の『㊙女郎責め地獄』(1973年4月14日公開)と『㊙色情めす市場』(1974年9月11日公開)、そして閉館5日前(8月26日)に亡くなった曾根中生監督の『㊙女郎市場』(1972年9月16日公開)の日活ロマンポルノ3本立で、21時49分(JST)の『タクシードライバー』終映と共に59年の歴史の幕を閉じた。劇場跡地には和風居酒屋「サカナヤ オアジ新橋店」が2016年7月1日から入居している。 かつて新橋ニュース劇場(のちに新橋日活ロマン劇場)の入居した位置には「BAR T's DINER新橋店」があったが、両館の工事に先行して行われた同様の工事のため、閉店した。1994年(平成6年)の新橋名画座(新橋1丁目13番10号)閉館以降、新橋地区に残った最後の映画館であった。
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