放任清算主義とは? わかりやすく解説

放任清算主義

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/10 07:54 UTC 版)

世界恐慌の原因」の記事における「放任清算主義」の解説

今日主流派経済学派の考えでは、政府広く名目上累計安定した成長傾向留めておくよう努力すべきだった(新しい古典派マネタリストにとって、基準名目マネーサプライである; ケインズ経済学派にとって、基準名目総需要それ自体である)。名目マネーストック総名需要急落しないよう保つために、恐慌期には、中央銀行銀行機構流動性注入するべきであり、政府税率切り下げ消費促進すべきであった連邦政府連邦準備制度1929年-1932年にこれを行わず世界恐慌へと陥った経済史家の間で一般的になってきている説では、連邦準備制度政策決定者たちの清算主義理論への執着破滅的な結果招いたとされる。「清算主義」の存在世界恐慌という宿痾戦わない公共政策決定する動機づけをするうえで重要な役割果たしたフーヴァー大統領はこう書いている: 「 メロン財務長官率いられた放任清算主義者たちが[...]政府手を出さずスランプ自己清算するのに任せるべきだと感じている。メロン氏はたった一つ方策持っている: 「労働清算せよ、株式清算せよ、農家清算せよ、不動産清算せよ」[...]「それによってシステムから腐敗排除される高額生命、高い生命低下する人々はより働きより道徳的に生活するうになる価値観調節され人々楽しませることが競争力に劣る人々破滅を防ぐ。」 」 「ケインジアン革命以前は、このような清算主義理論経済学者のとる一般的立場であり、フリードリヒ・ハイエクライオネル・ロビンズヨーゼフ・シュンペーター、シーモア・ハリスといった経済学者によってこの理論主張発展させられた。清算主義によれば恐慌良薬である。恐慌機能は、非生産的な使用から生産要因(資本労働)を解放するために、技術的発展のために時代遅れとなり失敗した投資ビジネス清算することだとされた。それらの要因技術的に活発な経済分野回された。彼らは1920年-1921年恐慌言及して、この恐慌1920年代後半繁栄基礎築いた主張した。彼らは(1921年に既に実行されていた)デフレ政策をとることを要求し、この政策資本労働力非生産的な活動から解放して新たな経済的バブル基礎を築くのに使うものだと主張した経済自己調節大量倒産起こすとしても、そうなるのに任せておくべきだと清算主義者たちは主張した。というのは、聖餐過程延期することは徒に社会的コスト増大させるだけだと彼らが考えていたからである。シュンペーター著作によれば、それは 「 [...]回復は、ひとりでに起こったときにのみ健全であると私たち信じさせてくれる。人工的な刺激のみによるいかなる復活も、十分に恐慌働きが行届かない部分残し環境不適応だった部分消化され切らず残った部分に対してそれ自体新たな環境不適応加えられ、それがまた生産を必要とするようになり、後々別の[より悪い)危機によって商業を脅かすのである。 」 清算主義者の期待反して株式資本大部分世界恐慌一年目転換消去されなかった。オリヴィエ・ブランチャードローレンス・サマーズ研究によれば1933年までに不景気によって1924年以前レベル資本蓄積起こったジョン・メイナード・ケインズミルトン・フリードマンといった経済学者は、清算主義理論から帰結する放置策が世界恐慌深刻化資した主張している。ケインズ嘲笑レトリックによって、ハイエクロビンズシュンペーターを以下のように表すことで清算主義思想信用を失わせようとした。 「 [...]禁欲的清教徒的な心根が[世界恐慌を][...]彼らの言うところの「過膨張」にたいする不可避にして望ましい報いとして扱う[...]。それは、過剰な繁栄が続く全体的な倒産によってバランスがとられなかったときに、不正なに対して起こる勝利だと彼らは感じている。自分たちが丁重にも「延期され清算」と呼ぶものが自分たちを正してくれることを望むと彼らは述べている。彼らが我々に述べところによると、清算未だ完了していない。しかしやがては完了する。そして清算完了するのに十分な時間がたてば、全ては再び我々にとって良くなる[...] 」 ミルトン・フリードマンは、こういった「危険なナンセンス」はシカゴ大学では決し教えられていないこと、なぜ(このナンセンス教えられている)ハーヴァード若く明敏な経済学者達が自分たちの師のマクロ経済学否定してケインジアン転向するのかを自分分かっていること、を述べた。彼はこう書いている: 「 私が思うにオーストリア学派景気循環理論世界大きな悪影響もたらした。あなたがキー・ポイントたる1930年代戻ればロンドンオーストリア学派はびこっているのが見られて、ハイエクライオネル・ロビンズ世界景気の底にあるのを放置しと言われるだろう。あなたはそれに従って景気自己回復する任せることになるだろう。それに対して何かをすることは許されない何をしてもより悪くなるだけなのだから。[...]私が思うにこの種の放置策に焚き付けられて、イギリスでもアメリカでも彼らは害を為したのである。 」 経済学者ローレンス・H・ホワイトは、ハイエクロビンズ1930年代初期デフレ政策積極的に反対しなかったことを認めたが、それにも関わらずハイエク清算主義唱道であったというミルトン・フリードマン、ジェームズ・ブラッドフォード・デロングその他の主張挑戦したハイエクロビンズ景気循環理論(後に今日知られているようなオーストリア景気循環理論発展する)は実はマネーサプライの強い引き締めを許すような金融政策とは矛盾するのだったホワイト主張するそれにもかかわらず世界恐慌の際にはハイエクは「1929年-1932年の強いデフレ名目収入萎縮曖昧な態度をとった」とホワイト述べている。1975年講話で、ハイエク自身40年上前中央銀行デフレ政策反対しなかったことの非を認め曖昧な理由をとったことの理由説明した: 「当時私はある程度短期間デフレ過程は、経済機能することと相容れないと私が考えていた賃金の硬直性破壊する信じていた。」 その三年後、ハイエク世界恐慌初期連邦の突然のマネーサプライ引き締め連邦銀行流動性供給するのに失敗したことを強く批判した: 「 「一たび急落が起こると連邦準備制度愚かなデフレ政策走ったという点に関して私はミルトン・フリードマン同意する。私は単にインフレ反対しているのではなくデフレにも反対している。だから、もう一度間違って計画され金融政策恐慌引き延ばす。 」

※この「放任清算主義」の解説は、「世界恐慌の原因」の解説の一部です。
「放任清算主義」を含む「世界恐慌の原因」の記事については、「世界恐慌の原因」の概要を参照ください。

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