小説執筆と人気
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「鞍馬天狗 (小説)」の記事における「小説執筆と人気」の解説
大佛次郎(本名野尻清彦)は東京帝国大学法学部卒業後、外務省嘱託で翻訳の仕事をしていたが、演劇にのめり込んで大量の洋書を購入する費用のために、大衆雑誌『新趣味』に西洋の伝奇小説の翻訳を掲載して原稿料を稼いでいた。関東大震災を機に外務省も退職したために生活費も稼がなくてはならなくなったが、『新趣味』も廃刊になり、新しく創刊された『ポケット』の編集長から「髷物」をと言われ、エドガー・アラン・ポーの「ウィリアム・ウィルソン」からアイデアを得た「隼の源次」を書いたところ採用され、ついで以前に『新趣味』に連載したことのあるジョージ・ウーリー・ゴフ「夜の恐怖」(1923年9-11月号)の中の「金扇」に着想を得て「鬼面の老女」を執筆、登場する黒頭巾の武士には謡曲から思いついた「鞍馬天狗」を名乗らせた(1924年5月号)。すると編集長から、鞍馬天狗を主人公にして作品を書いて欲しい、この雑誌の「心棒」にすると言われ、「快傑 鞍馬天狗」シリーズとしてこの年に8作の短編が書かれた。この第2話「銀煙管」で鞍馬天狗が倉田典膳という名前を名乗っている。1925年になると同誌で長編「御用盗異聞」を連載。さらに翌年には「小鳥を飼う武士」を連載した。 鞍馬天狗の人気は高く、1924年に実川延松が鞍馬天狗役(ただし脇役)で『女人地獄』が映画化。1925年には”目玉の松っちゃん”こと当時のスーパースターである尾上松之助主演で5編が映画化された。1927年には『少年倶楽部』で”少年のための”という副題で、杉作少年の登場する「角兵衛獅子」を、伊藤彦造の挿絵で連載し人気となった。これが嵐長三郎(嵐寛寿郎)主演で『鞍馬天狗異聞 角兵衛獅子』として映画化され大ヒットし、嵐寛寿郎の当たり役となって数多くの映画化がされた。頭巾の後ろから髷の出るスタイルも、この作品で長三郎のアイデアで生まれたものだった。また大佛次郎も1926年に『照る日くもる日』、1927年に「赤穂浪士」を新聞連載するなど、活動の幅を広げていった。 『御用盗異聞』以降では、西郷隆盛をはじめとする維新勢力の手段を選ばぬ倒幕活動に鞍馬天狗は懐疑的な態度を持ち、これらについて村上光彦は、大佛が当時のマルクス主義運動にもある種の共感を覚えつつも運動の圏外にとどまり「革命家にとって目的が手段を正当化するか否か」がシリーズに一貫するテーマの一つだと述べており、『角兵衛獅子』からは「明るく、無益な殺生を嫌い、敵にも優しい人間像」、「フェアプレイの理想を追う剣士」が定着した。 1930年代の「地獄の門」「宗十郎頭巾」では、当時警察が共産党に送り込んだスパイ活動に示唆を得たと思われる、組織の裏切り者が題材になっており、またジョゼフ・コンラッドなどの作品の影響も窺える。戦後になって大佛次郎は、かつて寄稿していた文芸雑誌『苦楽』を復刊し、呼び物として『新東京絵図』を連載、明治維新後の1869年の東京を舞台として、ここで鞍馬天狗は海野雄吉という名前の市井の人物として登場する。これは執筆当時に米軍占領下にあった東京の世相を反映しているとも言われる。 また「黒い手型」で鞍馬天狗が語る「いくら、ここで頭を使ったところで、出かけて行って現実に触れるよりほかに、謎の解きようはない」という言葉に寄せて村上光彦は「思索する行動家、行動する思索者。この表現は鞍馬天狗にこそふさわしい」と述べ、「マゲ物の形で、めざすとめざさぬとに拘わらず進歩主義と保守主義を兼ね備えた公約数的な常識を持った人道主義的な文明批評を、究極的において試みている」とも評されている。鶴見俊輔は『大佛が学生時代に吉野作造の思想に共感した大佛が「大佛の理想は、自分のくらしを支えるために書きはじめた鞍馬天狗とははじめは無関係なものだったが、時代の悪化とともに、作者の政治思想がこめられる様になった」と評している。 シリーズの舞台は主に京都・大坂が中心となっているが、作品によっては江戸や横浜、果ては松前といった、遠方の地を舞台としたものもある。生麦事件や蛤御門の変といった歴史上の事件を背景とした作品もあり、明治維新の実在の志士や、敵役として新撰組も登場する。戦後発表された作品には、時代背景を明治維新後としたものもある。 個々の作品の間には明確な関連性が見られない。例外的に、初期の『ポケット』誌に連載された短編は大枠で繋がりをもったあらすじ展開となっており、また第二次世界大戦中に発表された3編の長編のうち、1945年(昭和20年)の「鞍馬天狗破れず」は1943年(昭和18年)の『天狗倒し』の続編となっている。
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