奴隷制廃止運動と共和党の結党
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「アメリカ合衆国共和党の歴史」の記事における「奴隷制廃止運動と共和党の結党」の解説
共和党の始まりは、1854年1月、民主党のスティーブン・ダグラス上院議員が議会に提出した、カンザス・ネブラスカ法に反対する「良心的ホイッグ党員(英語版)」と自由土地党員の反奴隷制連合に遡る。この法案は新しく設置されるカンザス準州とネブラスカ準州での奴隷制を容認し、これらの準州が将来、住民投票に依って奴隷州として認められる道を開き、従って、北緯36度30分(英語版)以北の準州での奴隷制禁止を定めたミズーリ妥協を暗黙のうちに破棄するものであり、北部の奴隷制廃止主義者からは、南部の奴隷所有者による攻撃的な拡張戦略と受け止められた。法案は全ての南部選出議員と、南部寄りの態度を取る北部選出の「ドーフェイス(英語版)」(小麦粉をこねて作った顔のように、簡単に反対勢力になびく人の意)民主党議員によって支持され、更に、ダグラスの唱える「住民主権主義」に説得された北部民主党議員にも支持され、成立した。 当時、ホイッグ党はすでにほとんど消滅しかけており、新規領土への奴隷制拡大に反対して民主党を離党した人々から成る自由土地党も伸び悩んでいた。カンザス・ネブラスカ法に反対する人々は、新党結成の機運が熟したと見て、行動を開始した。同年3月20日、ウィスコンシン州リポン(英語版)の学校校舎で最初の「反ネブラスカ法」地方集会が開かれ、この場で新しい反奴隷制政党の名を「共和党」とすることが提案された。7月6日、州規模の党大会がミシガン州ジャクソン近郊で開催され、初めて「共和党」の綱領を採択し、新規獲得領土への奴隷制拡大に反対することを宣言するとともに、州の候補者名簿を採択した。新政党の主張は準州における奴隷制度の問題だけに留まらず、アメリカの近代化を大局的な目標に掲げていた。具体的には、西部の新規開拓領土については、奴隷所有者が好条件の土地を買い上げるがままに任せるのではなく、奴隷制のない「自由」な土地として農民に与えることを主張し(「自由土地」の所以)、銀行を拡大し、鉄道や工場の建設推進を主張した。また、自由市場労働こそは奴隷制に勝り、人民の徳義と真の共和主義の根本であると強く主張し、「自由な土地、自由な労働、自由な人間」を信条に掲げた。このような主張の背景には、民族的出自と宗教を一にする集団、特に各派プロテスタント教会の影響が見逃せない。敬虔派プロテスタント教会は構成員に対し道徳を強く課し、彼らはその価値観を以って政治に携わるようになっていった。教会は、社会から犯罪を撲滅することがキリスト教徒の義務であると強調した。社会には多くの「罪」が溢れていた。中でもアルコール依存症、複婚、奴隷制が主要な課題とされた。教会の持つ社会的ネットワークもまた、政治家が有権者を集めるのに有用に働いた。 各州の候補者の選出は中西部で先行し、一年ほど遅れて北東部でも始まった。元ホイッグ党員の他、民主党を離党して加わった者もいれば、それまで第三党の地位にあった、自由土地党やアメリカ党、ノウ・ナッシングから入党した者もいた。元民主党員の多くは州知事職や連邦議員職を以って遇された。ニュー・イングランド、アップステート・ニューヨークや北中西部(英語版)で多数を占めるヤンキーたちが新しい政党の最も強力な支持者だった。とりわけ、敬虔な会衆派教徒や長老派教徒、また南北戦争まではメソジストやスカンジナヴィア系ルター派が共和党を強く支持した。小さな集団ながら堅い結束を誇るクエーカー教徒もまた主に共和党支持だった。対照的に、南部では、セントルイスと自由州に隣接するいくつかの地域を除き、共和党を組織する動きは一切みられなかった。また、典礼派のカトリック教会、米国聖公会、ドイツ・ルーテル教会はほとんどが共和党の道徳主義を拒絶し、信者の多くが民主党に投票した。 1856年2月、共和党はペンシルベニア州ピッツバーグで初めての全国大会を開き、正式に全国政党としての組織を整えた。その年の夏には同州フィラデルフィアで全国大会(英語版)を開催し、最初の大統領候補としてジョン・C・フレモントを指名した。フレモントは「自由な土地、自由な銀、自由な人間、フレモント」というスローガンで大統領選挙を戦い、敗れはしたものの、党は盤石な支持基盤を見せつけた。ニューイングランド、ニューヨークと北中西部を席巻し、北部の他の州でも力強い存在感をみせた。一方、南部では相変わらずほとんど支持を得られず、むしろ内戦を引き起こす破壊勢力だと声高に非難された。 共和党の結党により、アメリカ政治は第三政党制時代に入り、民主・共和両党の二大政党が対立しつつも、共和党優位の時代となった。ただし、結党から1896年にかけては、2つの政党の間を行き来する著名な政治家は比較的多かった。
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