世界におけるイヌの歴史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 18:04 UTC 版)
人間と暮らし始めた最も古い動物であるイヌは、民族文化や表現の中に登場することが多い。 古代メソポタミアや古代ギリシアでは彫刻や壷に飼いイヌが描かれており、古代エジプトでは犬は死を司る存在とされ(→アヌビス神)、飼い犬が死ぬと埋葬が都度になされていた。紀元前2000年頃の古代メソポタミアの説話『エンメルカルとアラッタ市の領主』では、アラッタ領主が「黒でなく、白でなく、赤でなく、黄でなく、斑でもない犬を探せ」と難題を命じる場面があり、この頃には既にこれらの毛並みの犬が一般的であったことがわかる。紀元前に中東に広まったゾロアスター教でも犬は神聖とみなされるが、ユダヤ教では犬の地位が下り、聖書にも18回登場するが、ここでもブタとともに不浄の動物とされている。イスラム教では邪悪な生き物とされるようになった。 中国の新石器時代の遺跡からは、犬の骨が大量に出土している。中国大陸に住む人々(たとえば長江流域の人々)は犬を食べる文化(犬食文化)を持っていたと張競は指摘する。古代中国では境界を守るための生贄など、呪術や儀式にも利用されていた。知られる限り最古の漢字である甲骨文字には「犬」が「」と表記され、「けものへん(犬部)」を含む「犬」を部首とする漢字の成り立ちからも、しばしばそのことが窺われる。古来、人間の感じることのできない超自然的な存在によく感応する神秘的な動物ともされ、死と結びつけられることも少なくなかった(地獄の番犬「ケルベロス」など)。漢字の成り立ちとして、「犬」の「`」は、耳を意味している。 中央アジアの遊牧民の間では、家畜の見張りや誘導を行うのに欠かせない犬は大切にされた。モンゴル帝国のチンギス・カンに仕えた側近中の側近たちは、四駿四狗(4頭の駿馬と4頭の犬)と呼ばれ讃えられた。 ヨーロッパ人に発見される前のアメリカ大陸では、犬は唯一とも言える家畜であり、非常に重要な存在であった。人間にとってなくてはならない労働力であり、猟犬、番犬、犬ぞり用の犬などに活用された。 ネイティブ・アメリカンと犬ぞり用の犬(現代) 現在のアラスカに住むネイティブ・アメリカンの女性と犬ぞり また祭りでの生贄やご馳走として様々に利用された。ユイピの儀式など、祭りにおいて犬の肉は重要な存在である。また、白人によって弾圧されたインディアン諸部族の中で、シャイアン族の徹底抗戦を選んだ者たちは、Hotamétaneo'o(ドッグ・ソルジャー、犬の戦士団)という組織を作り、白人たちと戦った。 中世ヨーロッパの時代には、ネコが宗教的迷信により「魔女の手先(使い魔)」として忌み嫌われ虐待・虐殺されたのに対し、犬は「邪悪なものから人々を守る」とされ、待遇は良かった。 欧米諸国では、古代から狩猟の盛んな文化圏のため、猟犬としての犬との共存に長い歴史がある。今日では特に英国と米国、ドイツなどに愛犬家が多い。英国には「子供が生まれたら犬を飼いなさい。子供が赤ん坊の時、子供の良き守り手となるでしょう。子供が幼年期の時、子供の良き遊び相手となるでしょう。子供が少年期の時、子供の良き理解者となるでしょう。そして子供が青年になった時、自らの死をもって子供に命の尊さを教えるでしょう。」という諺がある。世界で最古の愛犬家団体である1873年に設立された英国のケネルクラブ(ザ・ケネルクラブ)および1884年に設立された米国のアメリカンケネルクラブ(アメリカンケネルクラブ)がそれを物語っている。ヨーロッパ諸国の王家や貴族の間では、古来、伝統的に愛玩用・護衛用・狩猟用などとして飼われている。特にイングランド王のチャールズ2世およびエドワード7世は愛犬家として有名である。英国の女王ヴィクトリアはコリーなどの犬を多数飼っていた。現在の英国女王エリザベス2世も愛犬家で知られている。英国王室は今でも犬舎を所有して飼育と繁殖を行っている。プロイセン(ドイツ)のフリードリヒ大王(フリードリヒ2世)は常に身辺に数匹のイタリアン・グレイハウンドを侍らせていた。大王はポツダムにある墓所に愛犬達とともに葬られた。政治家では歴代のアメリカ合衆国大統領に愛犬家が多い。特にクーリッジ大統領とフランクリン・ルーズベルト大統領は愛犬家として有名である。近年[いつ?]ではジョージ・W・ブッシュ元大統領も愛犬家として知られる。 猟をする人々と猟犬(15世紀) 鴨を狩る人と犬(19世紀) フリードリヒ2世と犬たち ニューヨーク・トリビューン紙に掲載されたウェストミンスター・ケネルクラブ・ドッグショー(英語版)のイベント情報(1909年) フランスパリ市内の犬肉店(1910年) 一方、19世紀後半のイギリスでは狂犬病の原因を巡って大きな論争が起きた。狂犬病はイヌに噛まれることによる感染症であるという主張が流布し、不潔な下層階級の飼う犬、気性の荒い狩猟犬が特に疑いの目を向けられた。人々のヒステリックな対応により、何万匹ともいわれるイヌが狂犬病予防の名目で殺されたが、歴史家のハリエット・リトヴォ(英語版)によれば、19世紀に殺されたイヌのうち、精神に異常をきたしていたイヌは5パーセントに過ぎず、そのうちの四分の三はてんかんか風変わりな外見だったという。 現在欧米諸国では多くの犬が家族同然に飼われている。日本では5世帯に1世帯がイヌを飼っているといわれている。イスラム圏では(牧羊犬以外では)イヌが飼われることは少ない。
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