世界におけるタレント政治家
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/13 06:58 UTC 版)
「タレント政治家」の記事における「世界におけるタレント政治家」の解説
国家元首となった芸能分野の出身者は、アメリカ合衆国大統領ロナルド・レーガン、フィリピン大統領ジョセフ・エストラーダが知られる。レーガンは任期満了後政界を引退したが、エストラーダは大統領辞任後も政治活動を続け、2013年にはマニラ市長に当選している。また2015年10月、グアテマラの大統領選挙において元コメディアンのジミー・モラレスが当選した。2016年アメリカ合衆国大統領選挙では実業家でテレビ番組司会者としても活動したドナルド・トランプが当選している。2003年から2011年までカリフォルニア州知事を務めたアーノルド・シュワルツェネッガーは在職中も映画にカメオ出演するなど一定の芸能活動を続けていたが、退任後は俳優業を再開し、就任前同様に映画主演も行っている。また、クリント・イーストウッド元カリフォルニア州カーメル市長は俳優や監督を続けている。イギリスでは下院議員を務めた作家のジェフリー・アーチャーが、一旦政界を引退して文筆活動に戻った後、再び政界に復帰している。2019年ウクライナ大統領選挙では、コメディアンのウォロディミル・ゼレンスキーが出馬し当選した。スロベニアでは、コメディアン出身のマリヤン・シャレツが首相に就任、アイスランドのスタンダップコメディアンのヨン・ナールは首都レイキャビクの市長になり、アルメニアでは人気コメディアンのハイク・マルチアンが首都エレバンの市長になった。韓国では国会議員になった芸能人とアナウンサーが多く、1978年の第10回総選挙で当選した洪性宇以降、2020年の第21回総選挙まで崔戊龍・李順載・姜富子・崔仏岩(崔英漢)・李朱一(鄭周逸)・申栄均・鄭漢溶・申星一(姜信永)・金乙東・崔鍾元などの俳優や朴映宣・韓善教・李季振・柳根粲・柳政鉉・高旼廷・裵賢鎮・韓俊鎬・朴省俊・金恩慧などのアナウンサーが当選し国会議員を務めた。 自由選挙制度が行われない体制である国家においても、政治任用によってタレントが政治的役職に就くこともある。中華人民共和国の中国人民政治協商会議には、スポーツ関係者枠や文化芸術枠が存在し、映画監督のチャン・イーモウや女優のコン・リーなどが委員になっている。また、元タレントである権力者の配偶者が、政治的な役割を果たすことも多い。フアン・ペロン夫人であったエバ・ペロン、毛沢東夫人であった江青が特に知られている。 スポーツ選手ではリベリア出身のサッカー選手であるジョージ・ウェアが2017年に同国の大統領に当選し、ブラジルのサッカー選手であるペレが1995年から3年間スポーツ大臣をつとめていた。アメリカ合衆国の元プロレスラージェシー・ベンチュラは1990年にミネソタ州ブルックリンパーク市長に当選し、1998年から2002年までミネソタ州知事を務めた。阪神タイガースで三冠王など活躍したランディ・バースはロートン市議員を経て、オクラホマ州の上院議員に当選している。元力士の旭鷲山(小結)は母国モンゴルの国民大会議議員に当選している。元力士で引退後日本でタレント活動をしていた把瑠都(大関)は、母国エストニアの国会(リーギコグ)の総選挙に出馬し、一旦は落選したものの繰り上げ当選している。 また現役のスポーツ選手が政治家となった例では、ロシアのレスリング選手であるアレクサンドル・カレリンが2000年に現職国会議員としてシドニーオリンピックのレスリング競技に出場し銀メダルを獲得したことがある。同じくロシアのフィギュアスケート選手エフゲニー・プルシェンコは2007年3月、サンクトペテルブルク立法議会議員に当選し、2011年バンクーバーオリンピックのフィギュアスケート男子シングルに出場し銀メダルを獲得している。しかしプルシェンコは当選後も競技続行の妨げになるとしてサンクトペテルブルク立法議会へは殆ど出席していなかったため批判の声も上がった。2014年ソチオリンピックの招致活動に地方議員として参加するなどしたものの、議会内活動はほとんどできないまま2011年12月、ソチオリンピックへの出場を目指して競技に専念し政治活動を断念する意向を表明。所属政党を離党した。翌年の任期満了をもって政界を引退している。クロアチアの格闘家のミルコ・クロコップは現職国会議員時代に試合を組んでおり、来日もしている。
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