コミックブック業界への影響
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 23:48 UTC 版)
「サンドマン (ヴァーティゴ)」の記事における「コミックブック業界への影響」の解説
コミックの仕事でずっと楽しかったのは、その世界が色々な面で未開拓だと思えたことだ。まさに処女地だった。『サンドマン』を書いていた時期はたいていいつも、今自分は鉈をつかんでジャングルに切り込んでいると感じていた。誰もいないところで、誰もやったことがないものを書いていたんだ。 ニール・ゲイマン, 2007年 本作は、子供向けのポップなメディアであったアメリカン・コミックスに新たな文学的な感覚を持ち込んだ作品の一つだと認められている。1950年代以来、アメリカのメジャーなコミック出版社はコミックス倫理規定の影響で子供向けのスーパーヒーロー作品を中心に刊行しており、多様で現代的なジャンルを扱う土壌がなかった。80年代に至ってコミックス倫理規定の影響力が弱まり、『バットマン: ダークナイト・リターンズ』、『ウォッチメン』など、形式やテーマの面で新しい地平を開く傑作が登場してコミックの文化的地位を高めた。しかしそれらは、露骨な暴力描写やシニシズムを主軸とする亜流作品をも生んだ(当時流行した作風は "grim and gritty"「暗くざらついた」と呼ばれた)。ストーリーをシリアスに見せるために女性への暴力を使ったり、女性を性的対象として描写する傾向がいっそう強くなったのもこの時期だった。 そんな中で登場した『サンドマン』はストーリーテリングの精妙さで抜きんでており、女性や一般読者にアピールする作風でコミックの読者層を広げたと評価されている。派手な戦いが毎号の見せ場になる従来のコミックブックとは対照的に、ゲイマン作品では交渉や外交がストーリーの焦点となり、主人公と敵役はより穿った形で競い合う。当時コミック読者の大多数は男性だったと言われるが、本作のファンは男女比が拮抗していた。また多様性や多文化主義のテーマを早くから扱っていたいう点でも影響は大きかった。批評家ターシャ・ロビンソンは「創造的で生彩に富み、気品を備え、そして大いに野心的な物語であるが、それでもなお細部のディテールと瞬間を美しくとらえている」と述べ、「現代コミックの基礎を作った」と評した。 スティーヴン・キング、ピーター・ストラウブ、クライヴ・バーカーら、幻想文学やホラー小説の大家が序文を寄せたグラフィックノベル(単行本)はコミックの枠を越えた読者層を獲得し、メインカルチャーに受け入れられた。作者ゲイマンの創作の原点であったSF作家、サミュエル・R・ディレイニー、ハーラン・エリスン、ロジャー・ゼラズニイらは『サンドマン』の愛読者となった。ゲイマンは一種のカルチャー・ヒーローにのし上がり、積極的に多くのインタビューを受けて、文学寄りのコミックのスポークスパーソン的な立場になった。あるパーティーでゲイマンに引き合わされた作家ノーマン・メイラーは『サンドマン』に興味を覚え、単行本に「これは知識人のためのコミック・ストリップだ。そろそろこういう作品が出てもいいころだ」という推薦文を提供した。メイラーの言葉は読書界に影響力が大きかったという。ピューリッツァー賞フィクション部門の選考委員であったフランク・マコーネルは、ゲイマンが選考対象外の英国人でなければ、文学界の反発があったとしても全力で推しただろうと発言している。本作を題材にした論文集・研究書・解説書も刊行された。コミック研究についてのオープンアクセスジャーナル ImageTexT が出したニール・ゲイマン特集号では、ゲイマンの「間テクスト性指向、文学と歴史への深く幅広い言及、コミックおよび短編・長編小説作家としての明白な力量」に研究対象として高い価値があるとされた。 『サンドマン』はDCコミックス社の成人向けラインであるヴァーティゴ(英語版)を開拓した作品の一つでもある。はじめにその流れを作ったのは、1983年に『サガ・オブ・スワンプシング』誌の原作に起用された英国人アラン・ムーアだった。ムーアはアメリカン・コミックの枠にとらわれず、時代遅れのモンスター物だった同誌に抒情的な文章と鋭い社会批判を持ち込んだ。担当編集者カレン・バーガーは「知的で洗練された、文学性を持つコミックはそれが初めてだった」という。バーガーはDC社の英国担当となり、ムーアの後に続く英国人原作者を次々に発掘して頭角を現した。その中には『サンドマン』のニール・ゲイマンのほか、『アニマルマン(英語版)』のグラント・モリソン(英語版)、『ヘルブレイザー』のジェイミー・デラーノ(英語版)などがいる。これらの原作者は「ブリティッシュ・インヴェイジョン」と呼ばれた。『サンドマン』などの人気を背景として、バーガーは1993年に作家性の強い作品を集めた新レーベル・ヴァーティゴを立ち上げ、女性を含む成人読者を対象に洗練された作品を送り出した。ジャンルとしてはファンタジーやホラーが主体で、ゲームを通じたこれらのジャンルの人気や、ゴス・エモなどのサブカルチャーの隆盛に後押しされて人気を得た。本作は『スワンプシング』や『ヘルブレイザー』と並んで看板タイトルとなり、「『サンドマン』はヴァーティゴと同義だ」の評価を得た。 ヴァーティゴは月刊コミックブック(標準32ページの冊子)をグラフィックノベル(単行本)として書籍化することにも意欲的であり、そこでも本作が主力商品となった。『サンドマン』が刊行されていた1990年代は、ダイレクト・マーケットを通じたコミック専門店の売り上げが低迷し、一般書店で売られるグラフィックノベルが台頭してきた時期だった。初期の本シリーズは月刊誌以外の形で刊行される予定がなかったため、数か月にわたる長編ストーリーでは、各エピソードの最初でそれとなく前号の要約を行うような配慮が必要だった。しかし後半の号はまとまった書籍として一気に読まれることを想定して書かれるようになった。月刊シリーズ終了後も本作はグラフィックノベルのシリーズとして書店に並び続け、新しい刊行形態の普及に貢献したとされる。
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