アメリカの奴隷制に関する歴史学
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「アメリカ合衆国の奴隷制度の歴史」の記事における「アメリカの奴隷制に関する歴史学」の解説
歴史家のピーター・コルチンは1993年に、最近まで奴隷制の歴史家は奴隷よりも奴隷所有者の挙動の方に集中してきたと述べた。このことの一部は、ほとんどの奴隷所有者が読み書きができ、その考え方を文書に残すことができたことに対し、ほとんどの奴隷は読み書きができず、文書を残せなかったという事実に拠っている。奴隷制が良性のあるいは「厳しい搾取の」制度であったかどうかについては学者の間でも意見が分かれている。コルチンは1900年代初期の歴史学の状態について次のように記した。 20世紀の前半、歴史学の主要な構成要素は単に、黒人は最も良い場合でも白人の模倣だったという信念でも明らかな人種差別であった。奴隷制に関する当時の最も賞賛され影響力のあった専門家ウルリッヒ・B・フィリップスは、黒人奴隷の生活と挙動について、白人農園主の生活と挙動の洗練された様子と粗野な見せかけの世代とを結びつけた。 — Kolchin pg. 134 歴史家のジェイムズ・オリバー・ホートンとルイーズ・ホートンは、フィリップスの思考態度、方法論および影響度を次のように表現した。 黒人をアフリカに起源があるために文明化されなかった受動的で劣った人々とする彼の描き方は、人種差別を支持する人種的劣等論に対して歴史的根拠を与えているように思われる。フィリップスはプランテーションの記録、手紙、南部の新聞など奴隷所有者の見解を反映している史料からのみ証拠を引き出し、奴隷に快適な生活を与えた奴隷の主人の姿を描き、主人と奴隷の間に親愛の情があったと主張した。 この奴隷に関する人種差別的態度は、やはり20世紀初期に支配的であったレンコンストラクションの歴史に関するダニング学派の歴史学にも引き継がれた。エリック・フォーナーはその2005年の著書で次の様に書いた。 当時の彼らの根拠は、ダニング学派の一員が言っているように、「黒人の無能」という仮定に拠っていた。ダニング達は黒人が歴史のステージで独立した俳優になれると信じることができなかったので、自分達の願望と動機もあって、アフリカ系アメリカ人のことを「子供達」、破廉恥な白人によって操作された無知の「かも」、あるいはその主要な熱情が奴隷制の終焉で解き放たれた野蛮人として描いた。 — Foner pg. xxii 1930年代から1940年代に始まり1950年代に安定期に達した歴史学は、フィリップスの時代の「あからさまな」人種差別からは離れた。しかし、歴史家達は依然として奴隷を対象として強調した。しかるにフィリップスは主人の親切な注意の対象として奴隷を表現した。ケネス・スタンプのような歴史家はその強調するところを奴隷の酷使や虐待に合わせた。 歴史家スタンリー・M・エルキンスはその1959年の著書「奴隷制:アメリカの制度的および知的生活の問題」で、奴隷を純粋に犠牲者として取り上げ、アメリカの奴隷制をナチ強制収容所の残酷さに擬えた。そこでは奴隷の意志を完全に破壊し、「骨抜きにされた従順なサンボ(黒人)」を作り上げ、主人に全く依存するものとした。エルキンスの理論には、すぐに歴史家達の反響があり、主人と奴隷の関係に関する効果に加えて、奴隷は「完全に閉ざされた環境ではなく、大きな多様性の出現を許容し、その主人よりもその家族、教会および地域社会に見出すことのできる者との重要な関係を追求できる環境」ではなかったことが徐々に認識されるようになった。1970年代のロバート・E・フォーゲルとスタンリー・L・エンガーマンはその著書『十字路の時間』で、サンボ理論の見解を救い出す最後の試みを行い、その主人のプロテスタント的労働倫理を内在化した存在として奴隷を描いた。奴隷のさらに親切な姿を描く際に、彼らは1974年の著書で、奴隷が行き働いた物質的状態が当時の自由農夫や工場労働者のそれに比べて良かったと指摘した。 1970年代と1980年代の歴史家は考古学的記録、黒人の伝承および統計データを用いて、奴隷生活のより詳しい状態や微妙なところを記述した。元奴隷やの自叙伝や1930年代に連邦記者プロジェクトが行ったインタビューを元に、歴史家は奴隷が経験したままに奴隷制を記述できた。厳密に犠牲者であったり、プランテーションの主人が作り上げた幸福な奴隷とはかけ離れて、奴隷はその行動において快活であり自主的な存在であるように見られた。自主的な努力と奴隷制の中の生活を築こうという努力にも拘わらず、現在の歴史家は奴隷の状態の危険さを認識している。奴隷の子供は両親と所有者の双方の命令に従うことをすぐに覚えた。子供は両親が躾けられているのを見て、自分達もその主人に肉体的あるいは言葉で虐待されることを理解するようになった。この時代の歴史家の著書としては、ジョン・ブラシンゲイムの『奴隷社会』、ユージーン・ジェノヴェーゼの『ロール、ジョードン、ロール』、レスリー・ハワード・オーウェンスの『財産の人種』、およびハーバート・ガットマンの『奴隷制における家族および自由』がある。 2019年にアメリカに最初の黒人奴隷が上陸してから400年となるのを機に、歴史家による調査プロジェクト『Project 1619』が発足し、サン・ファン・バウティスタ号との関連など様々な情報が判明している。
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