鍼灸 概要

鍼灸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/19 15:41 UTC 版)

概要

中国を中心に東アジア各地で近代まで行なわれてきた医療の主流は、生薬を用いた「生薬方」と、物理療法である「鍼灸」である。診察手段が「体表観察」と「触診」のみしかなかった古代から近代にかけて、体表面からの病態診断法(「」と呼ばれる病態の分類法)が発達し、それに対応する治療的技法として、生薬方と鍼灸を二本柱とする治療技法の体系が成立した。つまり鍼灸は東アジアにおける医療技法の片翼で、生薬方に対置するものである。

これら生薬方と鍼灸は、東アジア各国で地域に対応した発達をみたが、特に日本においては、江戸期に技法と技術体系の目覚しい発達が独自になされたことが知られる。すなわち、生薬方は「漢方」として日本独自のものとして発達し、鍼灸も「鍼管(ストロー状の外筒で中に細い鍼を入れるもの)」の発明による鍼の細径化とそれに伴う手技の変化と体系化が成し遂げられた。日本産の生薬方である「漢方」と、日本産の鍼管を用いた鍼灸を併せたものが、従来「東洋医学」と呼ばれ、第二次世界大戦後、共産中国において国策として成立した「中医学」と区別されてきた経緯がある。

日本においては、生薬方を用いる医師と鍼灸を用いる鍼灸医は、早い時代から分業化していたことが知られているが、分業が決定的になったのは江戸時代の盲人政策による。幕府の政策として「按摩」を盲人の専業として規定したところから、手技が連続する鍼灸も時を経ずして盲人の職業となっていった。これにより、日本においては、一般的な生薬を用いる医師(漢方医)と、盲人による鍼を用いる医師(鍼医)が医療の担い手となる。

盲人が鍼灸を担った歴史は世界の鍼灸を見渡しても例がなく、日本の鍼灸は非常に特異な経緯をたどったものと言える。先述の鍼管の発明や、技法の独自発達も、これら視覚の不自由な術者が技法を担ったことによりなされた側面が強く、江戸時代の盲人鍼灸医が果たした役割は非常に大きい。幕末から明治初期にかけての西欧医学の導入に際して、漢方医は比較的スムーズに西欧医に移行したが、鍼医もしくは鍼灸医については、当時の西欧医学には対応する技法もないため医療職からは除外され、「盲人の職業保護」との名目で、慰安業としての、はり・きゆう・按摩の資格と盲学校が残された。しかし、実際には、明治天皇はじめ鍼灸に信頼を寄せる人々も多く、鍼灸は現実には戦前までの国民医療の一端を担ってきたのが実情である。

戦後、それまで営業鑑札であったはりきゆうの免許が国家資格となり、幾度かの法改正を経て、現在では3年以上養成機関で学ぶことが、「はり師」と「きゅう師」の国家試験受験要件となっている。

なお、医師法との整合性については、あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律第一条により、鍼灸に関連する医業類似行為に関しては、医師による業務独占を部分解除する、という形で認められている。


注釈

  1. ^ WHO(世界保健機関)において鍼灸療法の適応とされた疾患[要出典]
    • 神経系疾患
      • ◎神経痛・神経麻痺・痙攣・脳卒中後遺症・自律神経失調症・頭痛・めまい・不眠・神経症・ノイローゼ・ヒステリー
    • 運動器系疾患
      • 関節炎・◎リウマチ・◎頚肩腕症候群・◎頚椎捻挫後遺症・◎五十肩・腱鞘炎・◎腰痛・外傷の後遺症(骨折、打撲、むちうち、捻挫)
    • 循環器系疾患
      • 心臓神経症・動脈硬化症・高血圧低血圧症・動悸・息切れ
    • 呼吸器系疾患
      • 気管支炎・喘息・風邪および予防
    • 消化器系疾患
      • 胃腸病(胃炎、消化不良、胃下垂、胃酸過多、下痢、便秘)・胆嚢炎・肝機能障害・肝炎・胃十二指腸潰瘍・痔疾
    • 代謝内分泌系疾患
      • バセドウ氏病・糖尿病・痛風・脚気・貧血
    • 生殖、泌尿器系疾患
      • 膀胱炎・尿道炎・性機能障害・尿閉・腎炎・前立腺肥大・陰萎
    • 婦人科系疾患
      • 更年期障害・乳腺炎・白帯下・生理痛・月経不順・冷え性・血の道・不妊
    • 耳鼻咽喉科系疾患
      • 中耳炎・耳鳴・難聴・メニエル氏病・鼻出血・鼻炎・ちくのう・咽喉頭炎・へんとう炎
    • 眼科系疾患
      • 眼精疲労・仮性近視・結膜炎・疲れ目・かすみ目・ものもらい
    • 小児科疾患
      • 小児神経症(夜泣き、かんむし、夜驚、消化不良、偏食、食欲不振、不眠)・小児喘息・アレルギー性湿疹・耳下腺炎・夜尿症・虚弱体質の改善
  2. ^ 医師は業務として鍼灸を行うことが可能であるが、現在、医学部教育において鍼灸の科目を置く大学はほとんど無く、鍼灸臨床を行うために必要なトレーニングの内容や時間数など法制度の整備もなされていないため、実際には鍼灸を行う医師数は非常に限られる。また、技術の習得についても、個々の医師の裁量に任されている状態である。

出典

  1. ^ a b 梶田昭 『医学の歴史』 講談社、2003年
  2. ^ a b 世界保健機関 2000.
  3. ^ Acupuncture and moxibustion of traditional Chinese medicine”. UNESCO. 2013年5月25日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h 真柳誠「現代中医鍼灸学の形成に与えた日本の貢献」『全日本鍼灸学会雑誌』第56巻第4号、全日本鍼灸学会、2006年、605-615頁、CRID 1390282679524461952doi:10.3777/jjsam.56.605ISSN 02859955 
  5. ^ a b 真柳誠「韓国伝統医学文献と日中韓の相互伝播 『温知会会報』34号、1994年
  6. ^ [鍼灸の標準化・JIS・ISO:ローカルな伝統医学のグローバル化による利害得失を考えよう] 森ノ宮医療大学 鍼灸情報センター
  7. ^ 東洋伝統医学の正式名称「伝統中医学」に、中国が主導権 健康百科
  8. ^ 工藤訓正「刺絡名家」『漢方の臨床』9巻11号、1962年、p989
  9. ^ 日本が受容した韓医学と古医籍の交流史 真柳誠 茨城大学大学院人文科学研究科教授
  10. ^ a b 二基湖, 徐廷徹, 李源哲, 金甲成「韓国韓医学会の現状と鍼灸分野における近代韓日交流史 : 鍼灸学を中心に」『全日本鍼灸学会雑誌』第52巻第5号、全日本鍼灸学会、2002年、601-609頁、CRID 1390282679521092736doi:10.3777/jjsam.52.601ISSN 02859955 
  11. ^ 吉冨誠, 「1.韓国伝統医学の今昔 : 日本との交流も含めて(韓国伝統医学への理解)(第54回日本東洋医学会学術総会)」『日本東洋醫學雜誌』54(6)、2003年、1046-1048頁, NAID 10016195720
  12. ^ a b ハイデローレ・クルーゲ 著 『ヒルデガルトのハーブ療法』畑澤裕子 訳・豊泉真知子 監修、フレグランスジャーナル社、2010年、ISBN 9784894791732
  13. ^ a b c d e f ミヒェル ヴォルフガング「16-18世紀のヨーロッパへ伝わった日本の鍼灸」『全日本鍼灸学会雑誌』第61巻第2号、全日本鍼灸学会、2011年、150-163頁、doi:10.3777/jjsam.61.150 
  14. ^ はり・きゅうの施術を受けられる方へ 厚生労働省
  15. ^ はり師、きゅう師及びあん摩マッサージ指圧師の施術 に係る療養費に関する受領委任の取扱いについて(平成 30 年6月 12 日保発 0612 第2号)厚生労働省
  16. ^ はり治療後に死亡、元副院長に有罪判決 大阪地裁 日本経済新聞2010年12月
  17. ^ 消費者契約法に関連する消費生活相談および裁判の概況 独立行政法人 国民生活センター 2007年11月9日 ※PDF






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