紙 紙の歴史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/14 11:03 UTC 版)

紙の歴史

紙発明以前

紙が発明され普及する前から、人間は世界各地でさまざまなものを文字などを筆記する媒体として利用してきた。例えば、次のものが知られている。

筆記媒体 地域 説明
世界各地 人類は伝えたい内容や切なる祈りを絵や文字として、石に刻んだ。自然の洞窟や断崖の壁面、人工的に切り出した石塊、または持ち運びできる小さな石など。万人が閲覧できる状態であったであろうものから、自分のために書かれたであろうものまで、その用途は様々である。摩耗・風化などはあるが石は保存耐性が高いため、数百もしくは数千年を経てなお今日でも読むことができるものが世界各地に存在する。これとは別に、当時の金属製品や土器に刻まれた文字もある。
粘土板 古代メソポタミア 泥を、板の形にして干したもの
パピルス 古代エジプト
のち西アジア・ヨーロッパ
パピルス(植物)の幹を薄く削ぎ、直角に交叉させ[23]、おし叩いて接着したもの。なお、「papyrus」は英語で紙を意味する「paper」の語源となっている。誤解されがちだが、古代エジプトはパピルスだけを使用していたのではなく、樹皮・粘土・木材・金属・陶器など、滑らかな表面を持つものは全て、文字を記すために使われた。
オストラコン 古代ギリシャ古代エジプト 主に陶器の破片を利用したもの。少ない文言のメモから、長文のものまで存在した。エジプトでは「シヌヘの物語」や「夢のオストラカ」が書かれた長文も出土する。ギリシャでは政治家の信任投票に使われたことで著名であり、陶片ではなく投票記入専用のオストラコンが製造された。その投票「陶片追放」(オストラキスモス)の語源でもある。
羊皮紙 西アジア・ヨーロッパ 動物の皮を筆記用に加工したもの。羊・仔牛・山羊・鹿・豚の皮革を原材料にしたもの[24]
貝多羅葉(貝葉) インド、東南アジア 主に椰子の葉を筆記用に加工したもの。写経などに使われた。かさばるため、大量の筆記には不向き。
アマテ 中南米
アステカマヤオルメカ文明など)
Ficus insipidaなどのクワ科やイチジク属の木の樹皮を煮て石で叩き伸ばし、のち整形したもの。
その他樹皮 各地 東南アジアではの樹皮が写経などに使われた。欧州北部ではシラカバの樹皮が用いられた。
木簡竹簡経木 中国・朝鮮・日本 木や竹を、で筆記できるように細長い板にしたもの。風雨や衝撃に対して紙より丈夫であり、また削って再利用できる利点があることから、紙が普及してからも荷札などで便利に使われた。
帛書 中国・朝鮮・日本 絹の布。高価なため希少であり、のちには高級な書や工芸品に使用された。格下の用途としては木綿布や麻布も使用された。

中国での紙の発明と改良

中国、放馬灘で発掘された初期の紙の断片。地図が描かれているとされる。

世界最古の紙は現在、1986年に中国甘粛省の放馬灘(ほうばたん)から出土した「放馬灘紙」だとされている[3]。この紙は、前漢時代の地図が書かれており、紀元前150年ごろのものだと推定される。次いで古いのは、紀元前140年87年ごろのものとされる灞橋紙(はきょうし)である。灞橋紙は陝西省西安市灞橋鎮で出土した。こちらは銅鏡を包む状態であったため、養生目的の梱包ないしは装飾目的の包装包装紙)に使用されていたと推測される。

史書に残された記録では『後漢書』で、105年蔡倫が樹皮やアサのぼろ、漁網などを使って紙を作り和帝に献上したという内容の記述がある[22]。蔡倫による紙は「蔡侯紙」として用いられるようになったことから、蔡倫は実用性のある紙の製造法を確立した人物という説が一般的である[22]西晋の時代(3世紀)には、左思の『三都賦』を写すために紙の価格が高騰したという記録が『晋書』に記載されており、「洛陽の紙価を高からしむ」という故事成語になっている。

紙はその後も改良され、時代(8世紀)には樹皮を主原料とした紙や、竹や藁を原料として混ぜた紙が作られるようになった。の時代(10世紀以降)には、出版が盛んとなったため大量の紙が必要となり、竹紙が盛んに作られた。明末の1637年に刊行された『天工開物』には、製紙の項目で、竹紙と樹皮を原料とした紙の製法を取り上げている。

紙は羊皮紙や絹に比べれば安かったが、それでも上流階級を中心に広く使われる高価なものであった。11世紀の詩人であった蘇舜欽は、自分が勤めていた役所で出た反古紙(書き損じの使い物にならない紙)を売って、その代金で宴会を開いたために横領で糾弾されている。反古紙であっても高値で取引されていた様子がうかがえる。清の雍正帝(第5代皇帝)は質素・倹約を掲げていたので、重要な公文書などでない限り、紙は裏返して使うように勧めていた。

日本への伝播

製紙技術は中国から7世紀までに伝えられた。この技術が改良され、「和紙」となった。

布・楮・三椏・麻・梶・桑・雁皮など、材料は色々工夫され、用途に合わせて様々な品質の紙が製造された。しかし日本においても紙は高価であり、ゆえに日本各地の特産物として生産された。一方、紙の再利用も行われており、使用後に裏紙部分に再度筆記(紙背文書)したり、漉き直しつまりリサイクルして使用された。漉直しの紙は「漉返紙(宿紙、紙屋紙)」と呼ばれた。朝廷では図書寮紙屋院でこの作業が行われており、このリサイクル紙は朝廷の正規の文書でも略式命令(綸旨など)などの場合には使用された。

欧州から「洋紙」が入ってくるのは安土桃山時代以降、洋紙の本格的な製造は明治時代以降となる。

イスラム世界への伝播

紙の製法が中国からイスラム世界に伝わった契機は751年タラス河畔の戦いで、アッバース朝軍に捕えられたの捕虜に紙職人がいたことである。サマルカンドでは、757年に製紙工場が造られた。イスラム世界では紙の原料となる植物が存在しなかったため、紙の原料として亜麻を使ったり、サイズ剤として小麦粉から作ったデンプンを使うなどの工夫がされた。こうした紙はイスラム世界で広く知られるようになった。

その後、バグダッドダマスカスカイロフェズなどイスラム世界の各都市に製紙工場が造られ、その技術は1100年にはモロッコまで伝わった[3]。紙は、イスラム世界で主要な筆記媒体となり、ヨーロッパへも輸出された。1144年には、当時タイファ(イスラム諸王国)の支配下にあったイベリア半島シャティヴァに、ヨーロッパ初の製紙工場が造られた。

ヨーロッパへの伝播

グユクのインノケンティウス4世宛国書

モンゴル帝国皇帝グユクが、教皇庁使節プラノ・カルピニに持たせ、ローマ教皇インノケンティウス4世に宛てた国書(降伏勧告の通達文)が残っている。これが歴史上、ローマ法王が最初に触れた紙だとされている。

ただし、遡る1102年にはシチリアに(シチリアの征服(1061年-1091年)完了後間もない頃)、1189年にはフランスエロー[3]1276年にはイタリアファブリアーノで製紙工場(Paper mill)が造られた。これ以降14世紀までの間、ヨーロッパでの紙の供給地は、イタリアとなった。1282年には、ファブリアーノで透かしイタリア語: Filigrana)が発明されている。

その後、製紙工場はヨーロッパ各地で造られ、アメリカでも1690年フィラデルフィアに設立されている。フィラデルフィアの建設は1682年に始まったばかりであった。

印刷技術の確立と原料不足

1450年ごろにグーテンベルクにより活版印刷が実用化されると、印刷物が大量に造られるようになった。1473年には機械で印刷された楽譜が初めて登場した。1488年にはイタリアのソンチーノに作られた印刷所"Casa degli Stampatori"(it:Soncino#Musei)でヘブライ語聖書タナハ旧約聖書)が印刷された。こうして印刷物が世界中に広がり、紙の需要は増大した一方で、慢性的な紙の原料不足を引き起こし始めた。

製紙工業の確立

ユグノー戦争1562年 - 1598年)の終わりに、アンリ4世ナントの勅令1598年)を発したことで、多くのユグノーがフランスから亡命した。特にオーヴェルニュアングモアのユグノーが亡命したことは、フランス製の紙を輸入していたイギリス・オランダにも大きな影響を与え、ヨーロッパでは製紙の機械化が進められた。叩解(英語: beating process)には、紙の製法がヨーロッパに伝播した時点から、水車を動力源に石臼を動かすスタンパー英語: stamp mills)が使われており、1680年にはより効率的なホランダーオランダ語版ドイツ語版英語版オランダ語: maalbak または オランダ語: Hollander)が発明された。連続型抄紙機は、1798年にはフランスのエンジニアルイ=ニコラ・ロベールフランス語版英語版(発明家ロベール兄弟は別人)によって小型模型が作られ、1826年にイギリスのエンジニアブライアン・ドンキン英語版が完成させた。

一方、紙の原料不足については、特に19世紀には大きな問題となった。当時、紙の主原料は亜麻や木綿のぼろであったが、木材を使うことで解決された。1719年にフランスのルネ・レオミュールフランス語: René Antoine Ferchault de Réaumur)は、スズメバチが木材をかみ砕いて巣を作っている様子を観察した結果として、木材から紙を作ることができるという内容の論文を発表した。ドイツのフリードリッヒ・ケラードイツ語版英語版1840年)とカナダCharles Fenerty1844年)は砕木パルプを作るためのグラインダーを考案し、グラインダーは1846年に実用化された。また、1851年には苛性ソーダを用いた化学パルプの製造がイギリスで成功し、1854年に実用化した。当時、木材には針葉樹の丸太が使用された。尚、当時はまだ紙は貴重であった。

1844年、イギリスでピール銀行条例によってイングランド銀行中央銀行として銀行券スターリング・ポンド紙幣」の発券を独占した(通貨学派銀行学派)。贋金偽造防止技術として従来の透かし以外の技術が開発され始めた。

20世紀にかけて砕木パルプ・化学パルプともに改良が加えられ、木材を原料とした紙が機械で大量生産されるようになった。1940年代以降、クラフトパルプ製造法が確立され、広葉樹を利用できるようになった。また、1960年には木材チップをパルプ化する方法が開発された。

製紙用薬品の普及

1970年ごろから、酸性紙は50年を超えるような長期保存ができないことが問題となり、硫酸バンドロジンサイズ剤を使わず、石油を原料とした中性サイズ剤を使う方法が考案された。

同じく1970年代ごろから、強度を高める目的で従来のデンプン類に代えてポリアクリルアミド紙力増強剤として使う方法が考案され、また、公害防止のために、排水中のBOD、COD、微細固形物を削減する取り組みが進められ、ポリアクリルアミドを歩留まり剤凝集剤として使うことが広がった。

1980年代以降、古紙リサイクル比率が高まり、古紙に付着している印刷インクを除去する脱墨剤として合成の界面活性剤が応用されるようになった。

日本の洋紙製造史

  • 1871年(明治4年) - 日本初の製紙会社である洋法楮製商社が設立。しかし製造には至らず。
  • 1872年 - 有恒社設立。
  • 1873年 - 初代王子製紙設立。
  • 1874年(明治7年)6月 - 有恒社が、東京に設置した輸入抄紙機で日本初の洋紙を生産。
  • 1874年12月 - 蓬萊社大阪中之島の製糖工場に百武安兵衛がイギリスから輸入した抄紙機を設置、翌年稼動。
  • 1875年 - 王子製紙の工場竣工。政府の地券用紙などを製造。
  • 1876年 - 三田製紙所開業。
  • 1876年 - 府営パピール・ファブリック京都で開業。初の公営洋紙工場。ドイツ製、桂川を利用した水力方式。(1880年に、民間払い下げで磯野製紙場となる。)
  • 1877年 - 神戸製紙所開業。日本の製紙業界では、ここまでに開設した6社が「日本の製紙創業に関わった6社」とされる。
  • 1887年 - 富士製紙設立。(後に洋紙生産量国内首位となるが、1933年に初代王子製紙に併合される。)
  • 1889年 - 王子製紙気田工場(静岡県)竣工。日本初の本格的亜硫酸法パルプ工場。
  • 1890年 - 富士製紙第一工場(入山瀬工場)稼動。日本初の砕木パルプ(GP)製造工場。
  • 1898年4月1日 - 岩崎久弥がウォルシュ兄弟が経営する神戸三宮の神戸製紙所を買収し、合資会社神戸製作所として設立(後の三菱製紙)。
  • 1924年6月 - 王子製紙が有恒社の事業を買収、亀戸工場とし、有恒社解散。

注釈

  1. ^ 民営化前における官製はがきのこと。

出典

  1. ^ 日本印刷技術協会編、『製本加工ハンドブック 〈技術概論編〉』日本印刷技術協会(2006/09 出版)、ISBN 9784889830880
  2. ^ a b c d e f g 原 p.71-147 4.洋紙のレシピ
  3. ^ a b c d e f 原 p.15-33 1.紙の来た道“ペーパーロード”
  4. ^ 原 p.35-59 2.文化が育てた“紙”、紙が育てた“文化”
  5. ^ 日本包装技術協会『包装の歴史、3.包装産業の発達』日本包装技術協会、1978年、111-125頁。 
  6. ^ a b 小平征雄, 福田隆真, 梅田素博「目的造形における紙の技法と教材の分類」『北海道教育大学紀要 第1部 C 教育科学編』第39巻第2号、北海道教育大学、1989年3月、p161-177、doi:10.32150/00003593ISSN 03864499NAID 1100043813642023年4月26日閲覧 
  7. ^ a b c d e f g h i 石井大策「スピーカ振動板材料 : 主要材料と技術動向」『日本音響学会誌』第66巻第12号、日本音響学会、2010年、616-621頁、doi:10.20697/jasj.66.12_6162020年6月23日閲覧 
  8. ^ 小林亜里. “中国竹紙紀行~竹紙のふるさとを訪ねて~” (PDF). 2017年10月1日閲覧。
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  10. ^ 人と自然の未来環境のために”. 五條製紙. 2017年10月1日閲覧。
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  15. ^ 環境性に優れたストーンペーパーのことは株式会社富士美術へ
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  18. ^ 炭素繊維紙カーボライト|製品情報|オリベスト株式会社
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  22. ^ a b c d e f g 小宮英俊. “紙のはなし”. 日本印刷産業連合会. 2020年6月22日閲覧。
  23. ^ 紙のはなし編集委員会『紙のはなし Ⅰ』技報堂出版、1991年7月30日、2頁。ISBN 4765543072 
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  25. ^ 公益財団法人紙の博物館
  26. ^ 日本製紙連合会 世界の紙・板紙生産量 2017年
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