技術試験衛星9号機とは? わかりやすく解説

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技術試験衛星9号機

(ets-9 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/15 10:13 UTC 版)

技術試験衛星9号機 ETS-9
Engineering Test Satellite-9
JAXA筑波宇宙センター スペースドーム
展示品のETS-9(1/50縮尺模型)
所属 JAXANICT総務省[1]
主製造業者 三菱電機
公式ページ 技術試験衛星9号機
状態 開発中
目的 市場ニーズを実現する通信技術と、それらの通信機器を搭載・運用できる衛星バス技術の実証[1]
設計寿命 バス寿命:16年
静止化後:15年
(軌道上実証は3年)[2]
打上げ機 H3ロケット(予定)
打上げ日時 2026年度以降
物理的特長
衛星バス DS2000
本体寸法 高さ:8.4m
パドル両端間:40m[2]
質量 約4.9 t(打ち上げ時)[2]
発生電力 25 kW以上(EOL)
供給電力20 kW以上
主な推進器 ホールスラスタ(国産×1、外国製×4)
姿勢制御方式 3軸姿勢制御
軌道要素
周回対象 地球
軌道 静止軌道(予定)
静止経度 東経143度[3]
高度 (h) 約 36,000 km
搭載機器
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技術試験衛星9号機 (Engineering Test Satellite-9ETS-9) は、宇宙航空研究開発機構 (JAXA)、総務省情報通信研究機構(NICT)、文部科学省が開発する技術試験衛星[1]

次世代通信衛星のための技術実証と推進機を含めて全電力化した静止衛星[4][5]。プライムメーカーは三菱電機。プロジェクト総開発費は411億円[6][注釈 1]

2026年度(令和8年度)内に衛星の打上げ準備を完了する予定[7]で、打上げにはH3ロケットを使用する[1]

概要

技術試験衛星9号機は次世代静止通信衛星に必要となる技術の実証・獲得を目的としており、衛星バスの全電力化・電源系の大電力軽量化・高排熱技術の獲得、通信のフルデジタル化・フレキシブル化・大容量化に関する新規技術を中心に搭載している[2]

推進器に化学推進器を搭載せず電気推進器(キセノンホールスラスタ)のみとすることで、推進力が比較的低いため打ち上げから運用開始までの期間が長くなるデメリットがあるが、比推力が化学推進器に比べて5倍から10倍程度となるため、燃料搭載重量を削減しバス重量を大幅に低減可能となる[8]。ETS-9としては静止軌道への遷移期間4か月でサービスイン可能なことの実証がミッション要求に盛り込まれており、これは次世代静止通信衛星における競争力を見越して設定されている[2]

化学推進系を搭載しないことで射場での推薬充填作業が不要になり、打上げ準備期間を大幅に短縮可能となる[9]。推薬を除いてペイロード質量比が40%となることを目標に、バス質量は2.4トンに設定されている[9]

搭載するフルデジタル通信ペイロード・可変ビームにより、周波数や通信エリアを設計段階でハード的に固定せず、ある程度の範囲からソフトウェア的に設定することが可能となる[2]。これは新しい世代の通信衛星で採用されつつあるソフトウェア定義衛星(SDS)の要素を取り入れたものであり、衛星打ち上げ後の運用変更の自由度が高くなる[10]

計画

H3ロケットの打ち上げの延期が重なったことで打上げ予定を2025年度に延期され、海外製のアクティブ熱制御系サブシステム(ATCS)の製造遅延により衛星打ち上げ準備の完了を2026年度内へと変更された[11]

計画・開発

  • 2015年平成27年)1月9日 - 宇宙開発戦略本部が決定した宇宙基本計画において、「今後の情報通信技術の動向やニーズを把握した上で我が国として開発すべきミッション技術や衛星バス技術等を明確化し、技術試験衛星の打ち上げから国際展開に至るロードマップ、国際競争力に関する目標設定や今後の技術開発の在り方について検討を行い、平成27年度中に結論を得る。これを踏まえた新たな技術試験衛星を平成33年度(2021年度)[12]をめどに打ち上げることを目指す」として、技術試験衛星9号機が明記された。
  • 2017年(平成29年)
    • 3月 - JAXAのプロジェクト移行審査を経て、プロジェクトへと移行[4]
    • 4月 - 三菱電機がプライムメーカーに選定された[13]
  • 2021年(令和3年)2月 - JAXA計画変更審査で搭載ペイロードの追加、プロジェクト計画の見直しが行われた[11]
  • 2023年(令和5年)11月 - JAXA計画変更審査で打上げ時期の変更、実験計画の見直しが行われた[11]
  • 2024年(令和6年)3月 - 詳細設計審査会が完了し、維持設計フェーズに移行[11]
  • 2025年(令和7年)10月 - JAXA計画変更審査を実施し、開発スケジュールの遅延を踏まえて計画を見直し[11]

運用

打ち上げ後、静止軌道への軌道変更と機能確認に8カ月程度、軌道上実証に3年間程度を予定しており、その間はJAXAがバス運用する。一方、衛星バスの設計寿命は商用通信衛星の耐用年数を見据えて15年としており、残りの設計寿命までの期間(12年程度)は民間のスカパーJSATがバス運用を実施する[14]。運用終了前には軌道離脱を計画している[2]

スカパーJSATは相乗りモジュールとして静止軌道光学モニタ(GSOM)を搭載、その撮影データの商業販売を予定し、横浜衛星管制センターから運用する[15]

搭載機器

北面・西面
北面・西面
西面
東面・天頂面。本体PAFの中央に配置された国産ホールスラスタと、2本のジンバルの先端に配置された外国製ホールスラスタ
南面・東面

電力・熱制御系

  • アクティブ熱制御実証システム(ATCS)
    衛星構体の対面をヒートパイプで接続し、またポンプで冷媒のアンモニア[9]を循環させ蒸発潜熱を利用する熱輸送システムを同時に使用して放熱する。当初は1kW級の展開型ラジエータを2枚採用する計画だった[16][17]が廃止された[2]
  • 二次元展開方式太陽電池パドル(片翼6枚)[8]
    従来の衛星バスDS2000では発生電力18kWであったところ、25kW(寿命末期16年後)まで増加する。

通信系

  • デジタルペイロード諸元
    • ペイロード質量:300kg[3]
    • ペイロード消費電力:1.9kW(飽和動作)[3]
  • フルデジタル通信ペイロード(FDP)
    • 次世代通信衛星で通信容量200Gbpsが可能となる構成をスケールダウンして搭載する[2]
    • DPP(デジタル信号処理部)[18]
      • 演算用のFPGA4個は軌道上での書き換えが可能である
      • 演算モジュール間の通信には光信号が使用される
    • 信号増幅器(LNA/HPA)[18]
    • DAFR(デフォーカス式アレー給電反射鏡アンテナ):給電素子・反射鏡を含むアンテナ部[18]
      • 送信用と受信用を別モジュール(別反射鏡)としている
      • 給電素子には右旋円偏波(RHCP)と左旋円偏波(LHCP)があるが、左旋用は一部がダミー素子になっおり対応エリアが狭くなっている
  • 固定ビーム通信サブシステム:総務省委託研究
    • 伝送速度の目標:最大100Mbps[19]
    • フィーダリンク:鹿島局・沖縄局を含む5ビーム[3]
    • Kaバンドの100ビーム級マルチビーム化
  • 可変ビーム通信サブシステム:総務省委託研究
  • 光フィーダリンク(HICALI:High Speed Communication with Advanced Laser Instrument):NICT
    • 通信容量:上り・下り10Gbps[19]
    • 寿命:5年(静止化後)[20]
    • 質量:80kg(実測76kg)、消費電力:340W(実測280W)[21][20]
    • 光学部(OHA)[20][22]
      • 開口径:150mm
      • 粗補足追尾鏡(CSM) 指向可能範囲:±10°(低軌道衛星をカバー可能)
      • 精補足追尾鏡(T-FSM) 精度:1urad(0.0000057°、振動擾乱が無視できる場合)
        • 航空機等の移動目標を追尾する機能を持つ
    • 波長:1541nm(送信通信光)、1558nm(受信通信光)、1532nm(受信ビーコン光)[20]
      • LUCAS(光衛星間通信システム)と同じ1.55μmを使用し、モジュールとしてはLUCAS同様に低軌道衛星 - 静止衛星間の通信への適用も念頭に開発されている[23]
    • 送信電力:2.5W、受信電力:40nW以下[20]
    • 目的:静止衛星 - 地上間の光通信の実証
    • 実験用地上局:NICT本部1m望遠鏡[24]

推進・姿勢制御系

  • 国産ホールスラスタ
    • 電力:6.0kW(軌道遷移)、4.0kW(軌道保持)[9][25]
    • 推力:359mN、230mN[9]
    • 比推力:1783s、1673s[9]
    • HTM-E:1台(構体直付け)[9]
    • 実証機器として位置づけられており、打上げ前の技術成熟度レベルは6とされる[9]
    • 国産ホールスラスタは当初主系スラスタとして搭載を予定していたが、基礎試験で過大な放電電流振動が発生したことを受け他の機器への電磁干渉の懸念があるとして、軌道上実証機器へと位置づけを変更した。これにより、展開ブーム式ジンバル2本の先端に国産スラスタと実績品の海外製スラスタを1台ずつ合計4台の構成[8]だったものが、ジンバル先端の4台を全て実績品スラスタとして、国産スラスタ1台を機体に直接設置する構成に変更された[2]。軌道変更の推進に国産スラスタも使用するが、故障した場合には海外製スラスタだけでも静止軌道に到達できることを優先した[14]。国産ホールスラスタは1機で340mN程度の推力が得られ[26]、はやぶさ2のイオンエンジンが10mNであった[27]のに比べて出力が大きく、打ち上げから短い期間で静止軌道へ入りミッションを開始できる。
  • ホールスラスタ(海外製実績品)×4式
    • 電力:4.5kW(軌道遷移)、3.0kW(軌道保持)[9]
    • 推力:290mN、193mN[9]
    • 比推力:1770s、1690s[9]
    • 2軸展開ブーム・2軸ジンバルの先にHTM1A(主系)・HTM1B(従系)、HTM2A(主系)・HTM2B(従系)のペア2式を搭載[9]
    • 静止軌道上での軌道面内・面外の2方向に対応する自由度を持つことでキャントロスを抑制し角運動最小化とΔVの最適化を両立する[8][17]
  • 静止GPS受信機[28]
    • 地球向けの微弱なGPS信号を利用した位置認識
    • 数か月にわたる静止化までの断続的なスラスタ制御の自動化・静止軌道位置の保持の自律的な制御の実施
    • 静止軌道用GPS受信機に加え、JAXAが開発し日本初となる遷移軌道(GTO)用GPS受信機を搭載して実証運用する[9]

相乗りペイロード

  • 静止軌道光学モニタ(GSOM)
    • 地上から観測が難しい静止軌道上の状況把握に使用[2]

その他搭載機器

  • ワイヤレス通信モジュール(WICS)
    • 構体内に親機1台、子機2台を設置し機器間配線の無線化を検証する[2]
  • 宇宙環境データ取得装置(SEDA)[9]
    • 目的
      • 長期間の軌道遷移による放射線の影響確認
      • ホールスラスタのプルームによる帯電・スパッタリングの影響確認
    • センサ
      • 軽粒子観測装置(LPT)
      • プラズマモニタ(PLAM)
      • イオンエネルギーアナライザ(RPA)
      • QCM(水晶振動子)

脚注

注釈

  1. ^ 計画開始当初は282億円だったが、市場動向を踏まえたミッション内容の変更などで見直された

出典

  1. ^ a b c d 技術試験衛星9号機”. 宇宙航空研究開発機構. 2020年4月1日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l 技術試験衛星9号機(ETS-9)の 開発状況について|2021年6月28日 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構”. 文部科学省. 2024年11月30日閲覧。
  3. ^ a b c d e 技術試験衛星9号機搭載用通信ミッション|三菱電機技報Vol.93No.2”. 三菱電機 (2019年). 2026年2月14日閲覧。
  4. ^ a b 布野泰広; 舘和夫; 深津敦『技術試験衛星9号機プロジェクト移行審査の結果について』(レポート)宇宙航空研究開発機構、第34回宇宙開発利用部会、2017年5月9日https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/059/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2017/05/22/1385842_3.pdf 
  5. ^ 宇宙政策委員会 第90回会合|文部科学省説明資料”. 内閣府 (2020年10月13日). 2025年6月1日閲覧。
  6. ^ JAXA | 予算関連(予算推移、プロジェクト関連)”. JAXA | 宇宙航空研究開発機構. 2025年10月10日閲覧。
  7. ^ 宇宙基本計画工程表(令和7年度改訂)”. 内閣府. pp. 18 (2025年12月23日). 2026年2月14日閲覧。
  8. ^ a b c d 技術試験衛星9号機と将来展開|三菱電機 技報2018年02月号”. 三菱電機. 2024年11月30日閲覧。
  9. ^ a b c d e f g h i j k l m n 情報通信研究機構研究報告Vol.71 No.2技術試験衛星9号機通信システム特集|2-1技術試験衛星9 号機(ETS-9)のシステム概要” (2026年1月). 2026年2月14日閲覧。
  10. ^ 衛星通信に関するトレンド ⼀般財団法⼈衛星システム技術推進機構 Advanced Satellite Systems Technology Center(ASTEC) 2024年 2⽉”. 総務省. 2024年11月30日閲覧。
  11. ^ a b c d e 技術試験衛星9号機(ETS-9)の開発状況について”. 文部科学省 (2025年12月16日). 2026年2月14日閲覧。
  12. ^ 令和3年度
  13. ^ 「技術試験衛星9号機」のプライムメーカーに選定』(プレスリリース)三菱電機、2017年4月7日http://www.mitsubishielectric.co.jp/news/2017/0407-a.html2020年4月3日閲覧 
  14. ^ a b 宇宙開発利用部会(第61回) 議事録:文部科学省”. 文部科学省ホームページ. 2024年11月30日閲覧。
  15. ^ 2020年3月期 第2四半期決算説明会』(レポート)スカパーJSATホールディングス、2019年11月7日https://www.skyperfectjsat.space/news/files/pdf/5fd3874280f7e492784574a63fbcd0eb_1.pdf#page=13 
  16. ^ 日本の人工衛星開発で初めての試み|技術試験衛星9号機|人工衛星プロジェクト|JAXA 第一宇宙技術部門 サテライトナビゲーター”. www.satnavi.jaxa.jp. 2024年11月30日閲覧。
  17. ^ a b 技術試験衛星9号機と将来展開|三菱電機技報Vol.92 No.2”. 三菱電機 (2018年). 2026年2月14日閲覧。
  18. ^ a b c 情報通信研究機構研究報告 Vol.71 No.2|3-3 フルデジタル通信ペイロード”. NICT (2025年). 2026年2月15日閲覧。
  19. ^ a b c 技術試験衛星9号機(ETS-9)プロジェクト|研究プロジェクト|宇宙通信システム研究室|ワイヤレスネットワーク研究センター|NICT”. 宇宙通信システム研究室|ワイヤレスネットワーク研究センター|NICT. 2024年11月30日閲覧。
  20. ^ a b c d e 情報通信研究機構研究報告 Vol.71 No.2|3-4-1 光フィーダリンク通信サブシステムの概要”. NICT (2025年). 2026年2月15日閲覧。
  21. ^ High speed optical feeder link communication system onboard ETS-9 using a new screening process for space photonics|3 rd URSI AT-AP-RASC, Gran Canaria, 29 May – 3 June 2022”. URSI. 2025年1月24日閲覧。
  22. ^ 情報通信研究機構研究報告 Vol.71 No.2|3-4-2 光フィーダリンクペイロードの開発”. NICT (2025年). 2026年2月15日閲覧。
  23. ^ “NEC、宇宙空間で世界最高水準の通信速度10Gbpsを実現する光通信機を開発” (日本語). NEC. https://jpn.nec.com/press/202209/20220905_02.html 2025年1月24日閲覧。 
  24. ^ 情報通信研究機構研究報告 Vol.71 No.2|4-4 光地上局の概要と開発”. NICT (2025年). 2026年2月15日閲覧。
  25. ^ 株式会社 IHI エアロスペース 全電化で人工衛星も長寿命|IHI技報 Vol.57 No.3(2017)”. IHI. 2024年12月1日閲覧。
  26. ^ 日本発、長寿命ホールスラスタ|技術試験衛星9号機|人工衛星プロジェクト|JAXA 第一宇宙技術部門 サテライトナビゲーター”. www.satnavi.jaxa.jp. 2024年11月30日閲覧。
  27. ^ はやぶさ2 主要機器”. ファン!ファン!JAXA!. 2024年11月30日閲覧。
  28. ^ 技術試験衛星9号機 Engineering Test Satellite-9”. JAXA. 2024年11月30日閲覧。



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