貴金属フリー液体燃料電池車
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/10 10:07 UTC 版)
貴金属フリー液体燃料電池車(ききんぞくフリーえきたいねんりょうでんちしゃ、英: Precious Metal-free Liquid-feed Fuel Cell Vehicle)とは、貴金属を含まない燃料電池に液体燃料を供給し、電動機で走行する車(≒自動車+オートバイ)[注釈 1]のことを言う[1]。また、貴金属フリー燃料電池車(ききんぞくフリーねんりょうでんちしゃ、英: Precious-metals Free Fuel Cell Vehicle)[2][3]、DHFCV (Direct Hydrazine hydrate Fuel Cell Vehicle) [4]とも言う。
尚、「次世代FC車[5]」や「次世代燃料電池車[6][7]」と表記されることもある。
概説
常温・常圧[注釈 2]の液体燃料[17][18][19]と空気[注釈 3]を、搭載した燃料電池に供給し、電気化学反応により直接電子を取り出して発電[20]した電力を電動機に供給し、発生した回転力を駆動輪に伝達して、路面との反作用により走行する車(≒自動車+オートバイ)[注釈 1]のことで[21][22][23]、燃料電池は液体燃料を気化させて、水蒸気改質[注釈 4]して用いる必要がなく、液体の状態で発電することができる[28]。反応時の燃料電池内はアルカリ性雰囲気となり、耐触性に優れた白金(貴金属)を使う必要がない[29][30]。また、液体燃料を用いるため、燃料タンクもコンパクト[注釈 5]な搭載が可能である[38]。燃料電池を搭載するシステムには、発電機も含まれる[39]。常温・常圧の水加ヒドラジン[40] (N2H4・H2O) を燃料とする場合、酸化剤に空気[注釈 3]を使用すると、原理上は発電によって発生するのは窒素ガス (N2) と水 (H2O) のみである[41]。また、水加ヒドラジンは炭素を含まないため、二酸化炭素 (CO2) を発生しない[42]。用いられる液体燃料は、取り扱いが簡便である[43][注釈 6]。また、既存インフラ[48][49][注釈 7][注釈 8]の流用が可能と考えられている[55][56][57]。
歴史
1800年頃(江戸時代の寛政)、燃料電池の原理は、イギリスの化学者であるデービー卿 (Sir Humphry Davy、1778~1829年) が発見したとされている[58][59][60]。
1932年(昭和7年)、ケンブリッジ大学 (University of Cambridge) のフランシス・トーマス・ベーコン (Francis Thomas Bacon , 1904~1992年) がアルカリ形燃料電池の研究を開始し[61][62]、1959年(昭和34年)に5 kWの発電実証実験に成功した[63][64][65]。その後、Allis-Chalmers社が、出力15 kWに改良したアルカリ形燃料電池を搭載した農業用トラクターを開発した[66][67][注釈 9]。
1967年(昭和42年)、後にグラーツ工科大学 (Graz University of Technology) の教授となるKarl Kordeschは、水加ヒドラジン[70]を燃料に用いるアルカリ形燃料電池を搭載するNiCd電池とのハイブリッド・モーターサイクルを開発した[71]。
1972年(昭和47年)に産業技術総合研究所[注釈 10]が水加ヒドラジンを用い、空気を酸化剤として5.2 kWの電力を発生させ、軽自動車タイプのアルカリ形燃料電池車[注釈 11]を実際に走行させた記録がある[77][78]。このプロジェクトは、パナソニックに並んでダイハツ工業も協力している[79][80]。
2001年(平成13年)9月4日に本田技研工業は、アメリカ・スタンフォード大学と共同で、半導体製造技術を応用した超小型FCの開発に成功したと発表した[81]。半導体のように、極薄膜を作る技術の応用によって、平面上に発電セル基板を並べた超小型FCを実現した[81]。厚さが0.8 mmのシリコンウエハー上に微細加工により、水素と酸素を通す溝を作製し、その溝の中を水素と酸素が通ることで発電する仕組みである[81]。
2001年(平成13年)の第35回東京モーターショーで、ダイハツ工業はトヨタ自動車製のFCスタックを使用した軽乗用車で高圧水素タイプのFCV試作車「MOVE FCV-K-Ⅱ」を参考出品した[82]。
2004年(平成16年)6月に大阪府庁へ、圧縮水素 (25 MPa) を用いたFCV試作車「MOVE FCV-K-Ⅱ」を公用車として20万円/月でリース販売した[83]。
2005年(平成17年)の第39回東京モーターショーで、圧縮水素 (35 MPa) を用いたFCVコンセプトカー「Tanto FCHV」を参考出品した[84]。
2007年(平成19年)、産業技術総合研究所とダイハツ工業は、CO2排出ゼロ、省資源、低コストが可能な貴金属を全く使わない燃料電池に関する新たな基礎技術を開発した[51][52][85]。
2008年(平成20年)のG8北海道洞爺湖サミットにおいて、「環境ショウケース」の中で技術展示が行われた[86]。今後の実用化には、これまで水素形で蓄えられた技術のみならず、水素形では選択から漏れた技術も吸収することが期待される[87]。
2009年(平成21年)の第41回東京モーターショーでは、貴金属フリー液体燃料電池は、液体燃料を用いるため取り扱いが容易で、燃料タンクもコンパクト[注釈 5]な搭載が可能という技術展示が行われた[38]。また、駆動系のモックアップやモデルカーが参考出品された[88][89][90]。
2011年(平成23年)の第42回東京モーターショーでは、資源問題を解消した低コストな燃料電池スタック[91]を搭載した「FC商CASE[注釈 12]」が参考出品された[92]。ダイハツ工業では、このタイプの燃料電池車を「軽自動車に最適な小型液体燃料電池搭載のゼロエミッション・次世代ビークル」であると位置付けている[93]。また、「FC商CASE」は、ガルウイングを持つ[94]。
2012年(平成24年)の第20回インドネシア国際モーターショーでも、「FC商CASE」が参考出品された[95]。
2013年(平成25年)の第43回東京モーターショーにおいて、床下にコンパクトな燃料電池を搭載した「FC凸DECK(エフシー・デコ・デッキ)[注釈 13]」が参考出品された[97]。また、住宅向け「FC-Dock 20C(出力2 kW)」やキャンプ等の屋外での利用「FC-Dock 05C(出力500 W)」を想定した発電機も参考出品された[98]。この発電機は、外部電力なしで起動できる自立型である[99]。また、「FC凸DECK」の液体燃料にジアミノウレア[注釈 14] (Diaminourea : CH6N4O) と水加ヒドラジンの両方が検討対象となった(詳細は、「想定される液体燃料」節を参照)。
2015年(平成27年)の第44回東京モーターショーにおいて、液体燃料を運べるカートリッジ容器を用いて、体験型ジオラマの展示が行われた[100]。
2016年(平成28年)、水加ヒドラジンが液体燃料に選定された(詳細は、「液体燃料の選定」節を参照)。
2018年(平成30年)、燃料及び酸素のバリア性等を追求した新規のアニオン交換膜の研究開発において、実験用の燃料電池の発電時間が1000時間を超えた[101](詳細は、「新規アニオン交換膜材料開発」節を参照)。また、ダイハツ工業は、2018年1月の研究論文で、「既存のガソリンのインフラをほぼそのまま利用できる可能性がある。」と発表した[56]。
想定される液体燃料
「FC商CASE」は、水加ヒドラジン[70][40]を燃料にしていたが、「FC凸DECK(エフシー・デコ・デッキ)」は、ジアミノウレア[注釈 14] (Diaminourea : CH6N4O) も液体燃料に想定している[102]。100 %濃度の水加ヒドラジン[注釈 15]における引火点は、常圧下で75 ℃であり、濃度を60 %以下に希釈すると沸点においても引火しない[107][104]。
水加ヒドラジンは、水素ガスと空気中の窒素ガスからアンモニア (NH3) を合成し、更に酸化させることで得られる[108]。日本国内では、2万2千トンが流通している[109]。また、容器の包装材料には、テフロン、ポリエチレン、ポリプロピレン等があり、ステンレス鋼としては、V2A、SUS304、SUS347がある。ただし、モリブデン系のステンレス鋼であるSUS316や、ガラス、ゴム、コルクは、容器の包装材料には適さない[110][111]。用途には、半導体部品の酸化皮膜洗浄剤[112]、農薬、発泡剤、重合触媒、医薬品の製造における原料、ボイラー水における腐食防止剤や、金属メッキの還元剤等がある[113]。また、自動車安全装置のエアバッグ等のガス発生剤の原料としても使われる[114]。
水加ヒドラジンは、土壌中において、粘土表面上で分解し[105][115]、活性汚泥中の微生物によって生分解される[105][116]。
水加ヒドラジンが人体に与える発がんリスクは、国際がん研究機関(こくさいがんけんきゅうきかん、英: IARC[117] : International Agency for Research on Cancer)から発行されている報告書[118]によると、ガソリン[119]と同等の「グループ2B[120][注釈 16]」に分類される[122][注釈 17]。また、がん発生率調査では、水加ヒドラジンを製造する工場で働く従業員を調査対象とした場合、一般人と同等であることが確認されている[118][127][128][129]。また、同様の調査対象において、水加ヒドラジンの曝露に関連する健康への影響は検出されていない[130]。
一方、ジアミノウレア[注釈 14] (Diaminourea : CH6N4O) は、水加ヒドラジンより取り扱いがずっと楽[注釈 18]であるが、出力は水加ヒドラジンに及ばない[132]。当面、2種類の液体燃料は並行して開発が進められる[132]。
燃料のエネルギー密度とCO2排出量の比較
ガソリン > メタノール > 水加ヒドラジン[70] > 液体水素 > 70 MPa(700気圧)の水素ガス > リチウムイオン電池
の順となる[133]。ガソリンやメタノールは、エネルギー密度は高いが二酸化炭素 (CO2) を排出し、ガソリンの方がメタノールよりも二酸化炭素 (CO2) の排出量が多い[133]。一方、水加ヒドラジンと水素(液化・高圧)は、二酸化炭素 (CO2) を排出しない[133]。
液体燃料の選定
水加ヒドラジンは、以下の3要件を満足したことにより、液体燃料に選定された[134]。
● 発電によりCO2を生成しない[134]。
● 高いエネルギー(熱量)を有する[134]。
● エネルギー効率(仕事率)が高い[134]。
| 項目 | ガソリン | 水素 (70 MPa) | 水加ヒドラジン |
|---|---|---|---|
| 引火点(℃) | マイナス21以下 | ― | 75 |
| 消防法 危険物 | 第1石油類 | ― | 第3石油類 (>80 %) |
| 毒物劇物取締法 | 対象物ではない | ― | 劇物 (>30 %) |
| 急性毒性 LD 50[mg/kg] |
14600 | ― | 129 |
| がん原生※ | グループ2B | ― | グループ2B |
| CO2排出 [g/ML] |
68 | 0 | 0 |
| エネルギー密度 [kW・h/L] |
9.5 | 1.8 | 3.2 |
| 理論起電力[V] /発電効率[%] |
― | 1.23/83 | 1.56/99 |
※国際がん研究機関 (IARC) による分類[135]。「グループ2B」は、コーヒーと同じ分類である[121]。 水加ヒドラジン(濃度80 %以上)は、常温では引火しない[136]。また、引火した場合、爆発することなくアルコールランプ程度の緩やかな炎が発生するが、水で速やかに消火できる[137]。
航続距離
水加ヒドラジンのエネルギー密度は、水素 (70 MPa) の約2倍、ガソリンの約1/3である[138]。エネルギー効率[注釈 19]は、現在[注釈 20]のガソリン車で約20 %、貴金属フリー液体燃料電池車で60 %程度である[139]。水加ヒドラジンを燃料とした貴金属フリー液体燃料電池車は、ガソリン車とほぼ同じ航続距離となる[141]。
燃料供給システム
水加ヒドラジン[70] (N2H4・H2O) を水加ヒドラジンステーション[注釈 7]から燃料タンクへ燃料供給する場合は、予め燃料タンク内にカルボニル基 (>C=O) を組み込んだ粒状のポリマーを充填し、燃料供給の際に、カルボニル基 (>C=O) と反応し脱水縮合され、ポリマーと結びつくことで、ヒドラゾン (>C=N2H2) という状態で固体化され安全な状態で貯蔵される[51][52]。また、燃料タンクから燃料電池へ燃料供給する場合は、ヒドラゾン (>C=N2H2) に温水を流通させることで加水分解反応により、再液体化して再び元のカルボニル基 (>C=O) と液体の水加ヒドラジン (N2H4・H2O) に戻る[51][52]。
「FC凸DECK(エフシー・デコ・デッキ)」は、ボトルに入れた液体燃料を交換する方式を採る[142]。「FC-Dock 05C(出力500 W)」は、容量1.2 Lのカートリッジを4本搭載する[143]。
オートモーティブ貴金属フリー液体燃料電池システム
貴金属フリー液体燃料電池(ききんぞくフリーえきたいねんりょうでんち、英: PMfLFC : Precious Metal-free Liquid-feed Fuel Cell)[144][145][146][147][148][149][150][151]は、発電反応が生じる膜電極接合体(まくでんきょくせつごうたい、英: MEA : Membrane Electrode Assembly)[152][注釈 21]、燃料・空気を均一に供給するガス拡散層(ガスかくさんそう、英: GDL : Gas Diffusion Layer)[156][注釈 22]、燃料・空気の分離・流路となるセパレータ[158][注釈 23]で構成される[159]。ガス拡散層は、カーボン繊維を用いたペーパーやフェルト材が多く用いられる[160]。また、セパレータは、金属またはカーボンで作製される[161]。電極触媒はアノード(燃料極)がNi系、カソード(空気極)がFe系であり、イオン交換膜はグラフト重合[注釈 24]アニオン交換膜である[164]。常温・常圧の水加ヒドラジン[40] (N2H4・H2O) を燃料とし、酸化剤に空気[注釈 3]を使用すると、原理上は発電によって発生するのは窒素ガス (N2) と水 (H2O) のみである[41]。また、水加ヒドラジンは炭素を含まないため、二酸化炭素 (CO2) を発生しない[42]。反応は、カソードには空気を50 ℃で、アノードには水加ヒドラジンを50 ℃で供給し、セル温度を80 ℃に設定して行われる[165][166][167][168][169]また、この燃料電池は、液体燃料から電気化学反応により直接電子を取り出す直接ヒドラジン型燃料電池(ちょくせつヒドラジンがたねんりょうでんち、英: DHFC : Direct Hydrazine Fuel Cell)とも言う[170]。理論的には、化学エネルギーをほぼ全て[171]電気エネルギーに変換できる[172]。出力密度は、0.5 W/cm2である[173]。
電気化学反応式
発電の原理は以下の電気化学反応式によって示される[174]。
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外部リンク
- 田中裕久 (2015年). “貴金属を全く使わず液体燃料から発電する燃料電池自動車”. DAIHATSU. 2025年10月3日閲覧。
- “【東京モーターショー2013】ダイハツ FC 凸 DECK…オリジナルの貴金属フリー燃料電池を搭載”. 株式会社イード(IID, Inc.). 2025年10月3日閲覧。
- “東京モーターショー2013 ダイハツの燃料電池車、水加ヒドラジンに次ぐ燃料はジアミノウレア”. 日経BP. 2025年10月3日閲覧。
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