1974年のオールスターゲーム は、1974年 7月に行われた日本プロ野球 のオールスターゲーム 。
概要
前年、貫禄の日本シリーズ9連覇 を達成した読売ジャイアンツ の川上哲治 監督が全セ(オールセントラル・リーグ )を率い、選手兼任監督 としてパ・リーグを制覇した南海ホークス の野村克也 監督が全パ(オールパシフィック・リーグ )を率いた。
前年秋の第4次中東戦争 以降、原油価格 の高騰により全世界に巻き起こったオイルショック の影響はプロ野球界も及んだ。そのひとつが電力使用制限で延長短縮などの措置に加え、19:00だったナイトゲーム 試合開始時刻がこの年から18:00/18:30に早められた。オールスターも例外ではなく、18:30(場合によっては18:00)試合開始に改められた。
全セ監督・川上にとっては現役・監督として最後のオールスターゲームになった。対する全パ監督の野村は、選手兼任監督の球宴出場で20年ぶり2人目の快挙であった[ 注 1] 。また、全パのコーチはロッテオリオンズからも選ばれてはいたが、同球団監督の金田正一 ではなく同球団コーチの土屋弘光が出場した。
本シリーズは第1戦が7月20日 、第2戦が7月21日 の予定だったが、第1戦は雨天中止になり、2戦とも1日ずれての試合になった。
試合結果
第1戦
オーダー
セントラル
打順
守備
選手
1
[三]
長嶋茂雄
2
[左]
若松勉
3
[捕]
田淵幸一
4
[一]
王貞治
5
[二]
シピン
6
[遊]
藤田平
7
[中]
柴田勲
8
[右]
山本浩二
9
[投]
堀内恒夫
パシフィック
打順
守備
選手
1
[中]
福本豊
2
[三]
ビュフォード
3
[左]
張本勲
4
[右]
長池徳二
5
[一]
大杉勝男
6
[遊]
有藤通世
7
[二]
山崎裕之
8
[捕]
村上公康
9
[投]
木樽正明
セが王貞治 が挙げた2点でリードし、1点差で迎えた9回裏、パは土井正博 (近鉄)が途中からサードを守っていたルーキーの山下大輔 (大洋)を強襲する安打で出塁し、パの監督を務めた野村克也 は代打 にこの年6月28日 に代打の日本新記録を更新した高井保弘(阪急)を送った。高井は、セの投手の松岡弘 (ヤクルト)の2球目を左中間スタンドにオールスターゲーム史上初の代打逆転サヨナラホームランを放ち、パが勝利し高井がMVPに選ばれている[ 2] 。
第2戦
1
2
3
4
5
6
7
8
9
R
H
E
全セ
0
0
0
3
0
0
0
0
0
3
10
1
全パ
0
0
0
2
0
2
2
0
X
6
8
0
セ:江夏 (神)、古沢 (神)、●松本幸(中 )、星野仙 (中)-田淵
パ:江本 (南)、神部 (近)、○太田(近)、山田-中沢、村上、野村
勝利 :太田 (1勝)
敗戦 :松本幸 (1敗)
本塁打 セ:長嶋 (巨)1号(3ラン・神部) パ:福本 (急)1号(ソロ・星野仙)、ビュフォード (太 )1号(ソロ・星野仙)
審判 [球審]竹元 (セ) [塁審]中川透(パ)・丸山(セ)・久喜(パ) [外審]柏木(セ)・吉田(パ)
試合時間:2時間2分
オーダー
セントラル
打順
守備
選手
1
[遊]
藤田平
2
[左]
若松勉
3
[捕]
田淵幸一
4
[一]
王貞治
5
[三]
長嶋茂雄
6
[右]
山本浩二
7
[中]
柴田勲
8
[二]
三村敏之
9
[投]
江夏豊
パシフィック
打順
守備
選手
1
[中]
福本豊
2
[二]
桜井輝秀
3
[一]
加藤秀司
4
[右]
長池徳二
5
[左]
土井正博
6
[遊]
有藤通世
7
[三]
羽田耕一
8
[捕]
中沢伸二
9
[投]
江本孟紀
第3戦
1
2
3
4
5
6
7
8
9
R
H
E
全パ
0
0
0
0
0
0
0
1
0
1
6
1
全セ
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
4
2
パ:加藤初 (太)、山内新 (南)、○新美、S村田-村上
セ:金城 (広 )、浅野 (ヤ)、関本 (巨)、●外木場(広)-田淵、大矢 (ヤ)
勝利 :新美(1勝)
セーブ :村田 (1S)
敗戦 :外木場 (1敗)
審判 [球審]吉田(パ) [塁審]柏木(セ)・中川透(パ)・岡田和(セ) [外審]露崎(パ)・竹元(セ)
試合時間:2時間14分
オーダー
パシフィック
打順
守備
選手
1
[中]
小川亨
2
[三]
ビュフォード
3
[一]
加藤秀司
4
[左]
アルトマン
5
[右]
張本勲
6
[遊]
有藤通世
7
[二]
桜井輝秀
8
[捕]
村上公康
9
[投]
加藤初
セントラル
打順
守備
選手
1
[左]
若松勉
2
[中]
山本浩二
3
[捕]
田淵幸一
4
[一]
王貞治
5
[右]
衣笠祥雄
6
[遊]
藤田平
7
[三]
松原誠
8
[二]
三村敏之
9
[投]
金城基泰
テレビ・ラジオ中継
テレビ中継
日本ハム主管ながら、NETテレビ でなく日本テレビでの放送となったのは、この当時、NETが日本ハム主催ゲームの放映権をほとんど行使せず、日本テレビ・フジテレビ ・東京12チャンネル に譲渡していたため。また当初予定されていた土曜日には、19:30に人気特撮番組『昭和仮面ライダーシリーズ 』(毎日放送 制作。当時は『仮面ライダーX 』)が編成されていたため。
放送枠は7月20日の予定では19:00 - 20:55だったが、雨天中止により1日ずれ、更に日曜ニュース枠が18:00開始の『NNN日曜夕刊 』になっているために、18:30 - 20:55に拡大、これにより、18:30の『NOWヒットパレード 』、19:00の『全日本歌謡選手権 』(よみうりテレビ 制作)、19:30の『侍ジャイアンツ 』(よみうりテレビ制作)、20:00の『われら青春! 』の4本が休止になった。なお日曜18:30枠番組は、1972年まで『光子の窓 』や『シャボン玉ホリデー 』(因みに1973年はドキュメンタリー『ナブ号の世界動物探検 』)といった人気番組が編成されており、開始時刻が早まったとはいえ、日曜18:30枠番組が休止になったのは初である。
通常、西宮球場からの中継は主管球団の阪急 本体の資本が入った関西テレビ ≪フジ系列≫に放映権 が与えられるが、この試合に関しては当時TBS系列の朝日放送(と結果的に返上となったが日本テレビ系列のよみうりテレビも)が放映権を獲得した。これは、当初予定されていた前日である関西テレビの日曜には、19:00に『マジンガーZ 』、19:30に『カルピスまんが劇場 ・アルプスの少女ハイジ 』、20:00に『オールスター家族対抗歌合戦 』といった、フジテレビ制作の人気番組がネットされていたため[ 注 2] 。
朝日放送は、翌1975年 3月31日 付けでNETテレビ系列 へネットチェンジ したため、TBS系列として最後のオールスター戦中継となった。
放送枠は19:00 - 20:55で、19:00の『YKKアワー キックボクシング中継 』、19:30の『ブラザー劇場 ・若い!先生 』、20:00の『ナショナル劇場 ・水戸黄門・第5部 』の3本が休止。移動日である月曜放送の『キックボクシング中継』・『ブラザー劇場』・『ナショナル劇場』の休止は非常に珍しく、『水戸黄門』に至っては、1969年 8月の開始以来5年目にして初の休止となった。
当初予定されていた21日には、TBS系列とよみうりテレビ(日本テレビ系列 )の並列が予定されていた(実況:佐藤忠功 解説:村山実 ゲスト解説:谷沢健一 (中日 )、足立光宏 (阪急 ))。こちらはTBS系列と異なり、雨天中止時の順延をせず放送権を返上し、『ほんものは誰だ! 』『紅白歌のベストテン 』など通常番組を優先した(出典:産経新聞 ・毎日新聞 各岡山版、1974年7月21日、テレビ欄より。岡山版では同日の番組表で雨天順延が反映されていなかった)。
本来、広島ホームテレビはNET(現・テレビ朝日)系列(ANN)であるが、広島テレビが1975年9月30日 まで日本テレビ系列(NNN /NNS )とフジテレビ系列(FNN /FNS)のクロスネットだったためにこのような放送形態となった(当該日はHTVがフジ系の番組を送り、UHTは19:00からNET系、19:30から日テレ系の放送を行う曜日だった)。10月1日 にフジ系列のテレビ新広島 が開局し、広島テレビは日テレ系列におさまった。
広島ホームテレビでは、『明色スターゲーム合戦 』(毎日放送 )を同時ネットした関係で、19:30からの飛び乗りとなった(出典・中国新聞 、1974年7月23日、テレビ欄)。
ラジオ中継
第1戦:7月21日
第2戦:7月22日
第3戦:7月23日
NHKラジオ第1 実況:久保田順三 解説:小西得郎、加藤進
TBSラジオ(JRN、中国放送裏送り) 実況:角井康 解説:田宮謙次郎 、横溝桂
ニッポン放送(NRN/中国放送 製作) 実況:上野隆紘 解説:金山次郎 ゲスト解説:古葉竹識 (広島コーチ)
ラジオ関東 解説:大沢啓二
脚注
注釈
^ 1964年 に全パを率いた西鉄 ・中西太 監督も選手兼任だったが、オールスターには監督専任として出場している。
^ 1977年 の第2戦も同じく西宮球場となっていたが、関西テレビは今回と同じ理由で放送権を使わず、テレビ朝日系列にネットチェンジした朝日放送が放送権を獲得した。
出典
関連項目
外部リンク
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代