蝿
『蠅のはなし』(小泉八雲『骨董』) 京の商人飾屋久兵衛の下女たまは、死後蠅になって家へ戻り、追っても去らなかった。久兵衛の内儀が、「たまは生前、銀30匁を貯えていた。そのお金を寺へ納めて、彼女の魂の供養をしてほしいのだろう」と夫に話す。すると蠅は、障子から落ちて死んだ。寺の上人は、たまの霊を供養し、蝿の遺骸に経を読誦した。
『子不語』巻4-90 ある男が、冥府の鬼(き)に出会った。鬼は「5人の魂を拘引し、今から冥府へ連れて行く」と言うので、見ると、鬼が持つ傘の上に、5匹の蝿が縛りつけてあった。男は笑って、蝿をみな放してやった。また、走無常(=現世の人間でありながら、冥府の走り使いをする者)の女が、隣人の魂=蝿を捕らえ、頭髪で木につないだ。家族がたわむれに蝿を針箱に隠すと、走無常の女は怒り、蝿を取り戻して自分の口に入れた。
『百物語』(杉浦日向子)其ノ42 男が商用の旅の帰り、疲れて道端で休む。馬を引く人が通りかかったので、男は家の近くまで乗せてもらう。家へ入るが、妻も子供たちも、男に気づかない。話しかけても聞こえないらしい。妻は「うるさい蝿だ」と言って、うちわで男をたたく。男が「俺が蝿?そんなバカな」と思って、ふと我に返ると、もとの道端にいた。それ以来、男はずっと旅を続けている。
『蝿』(ランジュラン) 教授ロバートは、物質をいったん原子に分解し、離れた場所へ送って再び合成する物質電送機を開発した。しかし送信機の中に1匹の蝿がまぎれこんだために、ロバートと蝿の原子が混じり合ってしまう。ロバートの頭部は巨大な蝿になり、蝿は縮小されたロバートの頭部をつけた姿になった。ロバートと蝿をもう1度いっしょに送信機に入れれば、もとに戻れるが、蝿はどこかへ飛んで行ってしまった。ロバートは「私の頭部を工場のプレスでつぶして殺してくれ」と、妻に頼む。
*『蝿』(ランジュラン)の影響下に作られた作品→〔空間移動〕4。
『蠅』(横光利一) 真夏の宿場から街に向けて、馬車が出発する。危篤の息子のもとへ急ぐ農婦、駆け落ちの若い男女、母親と男の子、大金を手にした田舎紳士の、合計6人が馬車に乗る。1疋の蠅が馬車の屋根に止まり、馭者の頭や馬の背に飛び移る。馭者が居眠りをして、馬車は乗客ともども崖下へ墜落する。蠅は馬車から離れ、悠々と青空を飛んで行く。
『翼よ!あれが巴里の灯だ』(ワイルダー) 1927年。郵便飛行士リンドバーグは、ニューヨークから大西洋を横断してパリを目指す無着陸単独飛行に挑戦する。離陸直後リンドバーグは、狭い機内に蝿が1匹紛れ込んでいるのに気づく。蝿は追ってもなかなか出て行かない。しかしリンドバーグが操縦桿を握ったまま眠りかけた時、蝿が彼の顔に止まって起こしてくれた〔*飛行機がカナダ東端のセントジョンズに到った時、蝿は機外へ去った〕。
『はえのお屋敷』(ソビエトの昔話) 蝿が、お屋敷を建てた。そこへしらみがやって来て、いっしょに住んだ。続いて、のみ、蚊、ねずみ、とかげ、きつね、うさぎ、狼が次々にやって来て、皆いっしょに住んだ。最後に熊がやって来て、お屋敷もろとも、ぐしゃりと皆を踏みつぶした。
『源平盛衰記』巻44「三種の宝剣の事」 天十握剣(あまのとつかのつるぎ)は、素盞烏尊(そさのをのみこと=スサノヲノミコト)が天から地上へ降った時に、身につけていた剣である。別名を「蝿斬りの剣(つるぎ)」という。この剣は鋭利で、刃(やいば)の上にとまった蝿が、自然に斬れてしまうからである。
『パンチャタントラ』第1巻第22話 猿が団扇(うちわ)を使って、眠る王様に風を送っていた。蝿が王様の胸の上にとまり、団扇で追っても去らないので、怒った猿は、鋭い刀で蝿を一撃する。蝿は飛んで行ったが、王様は刀で胸を両断され、死んでしまった。
★7.蝿が手をすり足をするわけ。
『蝿とすずめ』(沖縄の民話) 「蝿はこの上ない無礼を、神様にいたしております」と、雀が訴え出た。「蝿は、塵や、腐ったごみや、便所にとまります。その汚い足で、神様にお供えした食べ物の上にとまるのです」。「おお、そうだったか」と、神様は蝿を呼んで叱りつける。蝿は真っ青になり、前足をすり合わせて神様を拝むばかりでなく、後足をもすり合わせて許しを請うた。今でも蝿は、前足をすり後足をすり合わせて、神様に詫びている。
『魚玄機』(森鴎外) 唐の時代。美女・魚玄機が、愛人と下婢の仲を疑い、下婢を扼殺して裏庭に埋めた。初夏の頃、魚玄機のもとを訪れた客が、涼を求めて裏庭へ出ると、新しい土の上に、緑色に光る蝿が群がり集まっている。客は何となく訝(いぶか)しく思って人に語り、魚玄機に怨みを抱く男がこれを知って、下婢の死体を掘り出した。魚玄機は獄に下り、斬刑に処せられた。
『酉陽雑俎』続集巻4-954 女が夫の死を悲しんで哭(な)くが、何かを恐れるような声であるゆえ、晋公韓滉が取り調べる。青蝿が夫の遺骸の頭にたかったので、まげをかきわけて見ると、頭に釘が打ち込んであった〔*女は隣人と密通し、夫を酔わせて殺したのだった〕。
★9.蝿の死。
『冬の蝿』(梶井基次郎) 渓間(たにま)の温泉宿(伊豆の湯ヶ島)で療養生活を送る「私」は、ある冬の日、気まぐれに港町へ出かけた。3日後に宿へ帰ると、「私」の部屋に何匹もいた蝿が、姿を消していた。留守中、火をたいて部屋を暖めず、窓も開けなかったため、寒気と飢えで、蝿はみな死んでしまったらしい。「私」は憂鬱を感じた。「私」にも何か、いつか「私」を殺してしまう気まぐれな条件があるような気がしたからだった。
『大菩薩峠』(中里介山)第6巻「間(あい)の山の巻」 間の山節を唄う女芸人お玉は、拝田村の生まれだった。拝田村の来歴は、他に例を見ない特異なものである。昔、大神宮様が、大和の笠縫の里から伊勢の五十鈴川のほとりへお移りになった時、そのお馬について来た「蝿」が、拝田村の中の一部落の先祖なのだ〔*蝿が人間の先祖ということはあり得ないので、「蝿」とは「隼人(はいと)」のことだ、ともいう。後には「隼人」を訛(なま)って、「ほいと」と呼んだ〕。
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