聚楽第とは?

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聚楽第


聚楽第

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/10/28 15:27 UTC 版)

聚楽第(じゅらくてい、じゅらくだい)は、安土桃山時代豊臣秀吉が「内野(うちの)」(平安京大内裏跡、現在の京都市上京区)に建てた政庁・邸宅・城郭。竣工後8年で取り壊されたため、不明な点が多い。




  1. ^ 学習研究社編 西ヶ谷恭弘監修『復原 名城天守』学習研究社 1996年
  2. ^ 真田勘兵衛『本当に実在したの?絵画史料に描かれているような聚楽第天守』 http://kenkaku.la.coocan.jp/juraku/tensyu.htm
  3. ^ 『フロイス日本史』は「石壁の石は密接してはいないが、漆喰で接合されており、技術が優れ、壁が厚いために遠方からは石造建築と見誤るほどであった。」と記す。
  4. ^ ちなみに毛利輝元が城外南東に与えられた邸の敷地は間口六十五間、奥行き六十間であった(『輝元公上洛日記』)。
  5. ^ 『駒井日記』『フロイス日本史』及び政権側文書など。
  6. ^ 『時慶記』天正15年正月27日の条、「従法印有折紙、内野関白殿新殿号聚楽、然は折紙に曰、聚楽首尾次第に行幸可被申候」
  7. ^ 工事中の天正15年の文書(「築山上半町神田家文書」)には「聚楽御城」の語も見られる。
  8. ^ 明治以降の文献には「じゅらくだい」としたものもある。群書類従『解題』(1960年)には「『ジュラクダイ』とも訓むが、『第』『亭』相通じ、(中略)、古文書類にも『亭』としたものがあるから、正しくは『ジュラクテイ』と訓むべきであろうとしている」とする。なお桜井成広は、「じゅらくやしき」と読むべきとしている。なお、北山第、室町第などはみな「てい」である
  9. ^ 初見は『多聞院日記』天正14年2月27日の条
  10. ^ 「平成9年度京都市内遺跡試掘調査概報」(京都市文化市民局)。
  11. ^ 2003年の修理の際に飾り金物から「天正」の銘が発見された。(京都府教委「国宝重要文化財大徳寺唐門勅使門修理工事報告書」2003)
  12. ^ 「平成9年度京都市内遺跡試掘調査概報」(京都市文化市民局)。「検出された地山と新出水通との比高差が3.3mであり‥きわめて浅い。堀の幅に対して不釣り合いな深さであり、南の墓地付近で急激に落ち込むものと考えたい」と記す(報告者:馬瀬智光)。ただしここにあるように「深さ三間」(『兼見卿記』)の堀があったことは確認できていない。報告者が示す地層断面図の底部にわずかに聚楽土の層があるから、近年指摘のある「聚楽土の採掘跡」との説も無視できない。
  13. ^ 江戸末期に名倉希言が著した『豊公築所聚楽城址形勝』(天保14年)を始め、『京都坊目誌』(大正2年)・『京都府史蹟調査会報告』(西田直二郎、大正8年)も外濠跡としている。近年では森島康雄、馬瀬智光らも付近の埋文調査の結果などを根拠に同説を主張している。
  14. ^ 加藤繁生「聚楽第の石垣」
  15. ^ 「京都市考古学資料 平成28年3月10日~4月10日」(京都市考古資料館)。「この一帯は現在の地形が周辺より凹んでおり、江戸時代後期から聚楽第外濠と考えられてきたが、探査では濠は確認されなかった。周辺の発掘調査でも浅い地点で地山が出ていることから、この地点は濠ではない可能性がある。」
  16. ^ 聚楽第跡の現況街区は、正方位に対し時計回りに3度程度傾く傾向があるため、聚楽第の縄張りも正方位に対し傾きを持っていたのではないかとの指摘がある(桜井成広、加藤繁生)。
  17. ^ 執筆に当たっては山科言経(やましな ときつね)に何度も相談をしている(『言経卿記』)。小瀬甫庵の『太閤記』にも引用されているが、この引用されたもののほうが群書類従本よりもオリジナルに近いと考えられる。現在、仁和寺本、押小路本、宮内庁書陵部本、内閣文庫本などの写本が遺る。
  18. ^ このほか、秀次一族の供養塔「悪逆塚」がある瑞泉寺所蔵の「瑞泉寺縁起」には聚楽第の姿も描かれているが、江戸後期の作と考えられている。
  19. ^ 狩野博幸著『秀吉の御所参内・聚楽第行幸図屏風』
  20. ^ 聚楽第と同時には存在しないはずの二条城と伏見城が描かれており、寛永頃の景観に秀吉時代の景観をオーバーラップさせたものと見做せる。
  21. ^ 石垣と堀に囲われた本丸跡では農夫が畑を耕し、北の丸跡では能興行が行われている。
  22. ^ 狩野博幸著『秀吉の御所参内・聚楽第行幸図屏風』所収。京都府文化博物館「京を描く」展図録(2015年)所収
  23. ^ 桃山期の聚楽第図(現存しない)を参考に名倉希言自身の調査結果を加えたもの。聚楽第南西方面には外濠も描く。


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