立法事実の有無
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/11 23:44 UTC 版)
新しい法律や犯罪を設ける前提として、立法事実の有無(そのような法律を必要とするような事実が法の管轄の及ぶ範囲に存在するかどうか)が問題となりうる。 賛成派の意見 政府や与党といった実質的に影響力をもつ範囲の賛成派は、基本的には立法事実が存在しないことを認めつつ、条約の締結にあたって条文を遵守するべきという立場にたっている。 例えば、地下鉄サリン事件や米国のアメリカ同時多発テロ事件(911テロ事件)を想定し、個人犯罪を前提とした現行刑法が想定してこなかった集団犯や組織的大規模破壊行為について、対応する法律を作るべきだとする主張がある。国際テロ対策は、国際社会が取り組むべき重要な課題となっており、国際的な捜査協力が必要とされる案件もある。 地下鉄サリン事件の直後に、警察による厳しい取締りがあり、刑事訴訟法や刑法の「謙抑性」の精神に反すると批判されたが、警察の断固たる取締りが第三のサリン事件を未然防止した。また、集団犯、大規模破壊犯においては、個人犯罪における「刑事法の謙抑性」が却って大規模なテロ事件を引き起こす原因になるとの意見もある。 現行刑法は基本的に単独犯を想定しており、特に実行行為を観念しない予備罪はその傾向が強い。大規模テロ行為のように大人数が組織的に犯罪を実行するケースを想定していないため、個々の予備行為について実行者と関与者を特定し個別に検挙してゆくことになる。しかし、大規模組織では犯罪計画の立案という共謀段階の人員と、計画の実行という予備・実行段階の人員では乖離が見られる。オウム真理教のように教祖の直属の弟子が実行犯なら「殺人予備罪」で対処できるが、9.11テロなどのように首謀者とテロリストに直接の面識などないケースでも殺人予備罪で対処できるのか疑問である。 反対派の意見 共謀罪における立法事実に関する命題は、国内の平穏な治安を維持するために着手以前の共謀の段階での処罰を必要とするような事実が存在するかどうか、ということである。この点について、法案の前提となった法制審議会での議論では立法事実はなく条約締結が提案理由となることが明示され、法案の提案理由においても立法事実についての言及は無い。つまり、共謀罪には立法事実が存在しない。 立法事実は存在しない以上、共謀罪は必要なく、条約締結のために必要であるとしても、少なくとも立法事実がないことを前提として越境性を条件とした内容とするべきであるとする。 また、大規模テロなどについてはすでに殺人予備罪があるので共謀罪がなくとも対応できるとし、その他、個別の立法事実があればそれに沿った形で個別の犯罪についての予備罪の共謀罪の適否を論ずるべきであるとし、賛成派の出す具体例の重大さと法案の適用範囲の広範さの落差について批判する(関連する論点:#重大な犯罪の定義)。 さらに、地下鉄サリン事件に代表される大規模テロの防止については、情報の事前入手が可能であるかどうかが決定的な問題であるとする。すなわち、(是非の問題はあるが)日本の公安警察は情報さえ事前にあれば微罪や別件による強制捜査によってテロに対処してきたのだから共謀罪がなくとも問題はなく、逆に情報が入手できなければ共謀罪があったところで動きようがないという意味で無駄であり、テロは共謀罪の立法事実とはならないという批判がある。 加えて、パレルモ条約はそもそも、マフィアや指定暴力団などを想定し、資金作りを防止する目的で作られた条約であり、パレルモ条約を所管する国連薬物犯罪事務所が作成した「立法ガイド」のパラグラフ26及び国連薬物犯罪事務所の説明によると、対象となる「犯罪集団」とは、金銭的・物質的利益を目的とした集団であり、テロ集団の犯罪行為は必ずしも金銭的・物質的利益を目的としていないことから、原則としてテロ集団は対象ではなく、ただし、テロ集団が資金集めなど、金銭的利益のために行った犯罪は、例外としてこの条約の対象となるとしている。あわせて、条約の起草過程でテロ行為が対象から除外されたとする指摘もあり、「立法ガイド」を執筆した刑事司法学者のニコス・パッサス氏も「非民主的な国では、政府への抗議活動を犯罪とみなす場合がある。だからイデオロギーに由来する犯罪は除外された」と説明している。 パレルモ条約がテロ対策を目的とすることの論拠として、国連安保理決議第2195号(2014年)及び同決議に基づく国連事務総長報告(2015年5月)、FATF勧告が引き合いに出されることがあるが、これらの決議や報告は、テロ資金対策としてパレルモ条約を締結する等、テロ組織が国際組織犯罪集団から資金(利益)を得ること及びテロ組織自体が組織犯罪に直接関与し資金(利益)を得ることを防ぐための対処を各国に要請するものであり、これらの決議や報告の文面からは、実利を目的としないテロ行為自体を取り締まる枠組みにパレルモ条約が変化したと主張する内容であると解することはできない。
※この「立法事実の有無」の解説は、「共謀罪」の解説の一部です。
「立法事実の有無」を含む「共謀罪」の記事については、「共謀罪」の概要を参照ください。
- 立法事実の有無のページへのリンク