無言
★1a.無言の行。
『玄奘三蔵(げんぞうさんぞう)』(谷崎潤一郎) 玄奘三蔵は天竺に渡り、さまざまな苦行者たちを見る。その中に、10年以上も無言で趺坐し続ける仙人がいた。玄奘三蔵は釈迦牟尼佛の霊跡を訪れての帰途、数年を経て再び無言の仙人を見る。微動だにせぬ仙人が膝上に組む両手の指の爪は長く伸び、手の肉の中へ分け入って、掌の表から裏へ突き抜けていた。
*憤激した人の指が、掌から手の甲へ突き抜ける→〔指〕8の『大鏡』「為光伝」。
『南総里見八犬伝』(滝沢馬琴)第6輯巻之5下冊第61回 犬飼現八が巳の刻頃に犬村角太郎(後の大角)の草庵を訪れた時、角太郎は瞑目・結跏趺坐して無言の行の最中であり、現八の呼びかけに応じない。不義の疑いで離別された妻雛衣が潔白を訴えに来ても、無視する。真昼になってようやく角太郎は解行し、現八を招じ入れる。
『百喩経』「夫婦が餅を食べるとき約束をした喩」 夫婦が3枚の餅を1枚ずつ食べ、残りの1枚は、ものを言わない方が食べることにする。泥棒が入って家財を盗み出すが、夫婦は無言のままであるので、泥棒は夫の目の前で妻を犯す。妻はたまりかねて「泥棒」と叫び、夫は「餅はおれのものだ」と喜ぶ。
『無言の行』(落語) 3人が夜中まで無言の行をする。1人が「ものを言わずにいるのは大変だ」と言うと、もう1人が「そら、お前はものを言った」と指摘して、2人が失格する。最後の1人が笑って、「黙っているのはおれだけだ」と言う。
『忠臣ヨハネス』(グリム)KHM6 王が、黄金の屋根の国の王女を花嫁として迎える。しかし2人には命の危険が迫っており、2人を救うためには、誰かが無言のまま、王の乗る馬を殺し、王の婚礼下着を燃やし、王女の乳房から血を3滴吸い出さねばならない。王の忠臣ヨハネスがこれをやり遂げるが、王は怒ってヨハネスに死刑を宣告する。ヨハネスが、自分の行動のわけを申し開きすると、彼は石になってしまう。
『橋づくし』(三島由紀夫) 陰暦8月15日の深夜、料亭の娘や芸者たち4人が、銀座周辺の7つの橋を無言の行をしつつ渡って、月に願いをかけようとする。しかし知り合いに出会ったり警官に呼び止められたりして、女たちは口を開かざるを得ず、女中1人だけが無言で橋々を渡り終える。
『十二人兄弟』(グリム)KHM9 王女の12人の兄たちが、烏になってしまう。兄たちを人間に戻すためには、王女は7年間、無言でいなければならない。ある国の王が、王女を見そめて妃にする。しかし妃は、まったく口をきかず、笑いもしない。そのため王の母が妃を嫌って、とうとう妃は火刑に処せられる。ちょうどその時、7年の歳月が終わり、12羽の烏が飛んで来て、次々に人間の姿になる。
『野の白鳥』(アンデルセン) 白鳥になった11人の兄王子たちを救うため、エリサはトゲのあるイラクサを摘んで、11枚の着物を編まねばならない。しかもその仕事が出来上がるまで、何年かかろうと一言も口をきいてはいけない。王がエリサを見そめて妃にするが、エリサは終始無言である。夜、エリサは寝室をぬけ出して、墓地へイラクサを摘みに行く。王はエリサを魔女だと思い、火刑に処す。その時、エリサは11枚の着物を編み終わり、11人の兄たちは人間の姿に戻る。
『杜子春伝』(唐代伝奇) 杜子春は道士から「決して口を聞くな」と命ぜられる。彼は地獄で拷問を受け、女に転生して結婚し、男児をもうけるが、その間、一言も発しなかった。夫が男児を抱いて杜子春に話しかけてもまったく無言なので、ついに夫は怒り、男児を石にたたきつける。杜子春は思わず「あっ」と声をあげる。もし無言のままでいたならば、道士は霊薬を完成させ、杜子春も仙界の人となれたはずであった。
★2c.声が出ない妻。
『マリアの子ども』(グリム)KHM3 マリアから「開けてはならぬ」と禁じられた扉を少女が開け、しかも「開けていない」と嘘を言ったため、罰で口がきけなくなる。少女は王妃になり、子供を3人産むが、マリアが3人ともさらってしまう。王妃は、子供を食ったものと見なされ、火刑に処せられる。王妃が「死ぬ前に罪を告白したい」と思うと、声が出るようになり、「マリア様、私は扉を開けました」と叫ぶ。雨が降って火を消し、マリアが3人の子を返す。
★3.無言の人。
『西鶴諸国ばなし』(井原西鶴)巻3-2「面影の焼残り」 14歳の娘が病死し、火葬されて黒木のようになるものの、焼け残って蘇生する。乳母の夫が娘を家に運んで医者に見せると、やがてもとの身体になるが、無言のままだった。占い師が、「親類が娘を死者として扱い、仏事をしているからだ」と教えたので、男は娘の生存を両親に知らせる。両親が位牌をこわすと、娘はものを言い出した。
*生まれつき無言の人→〔生き肝〕1の『今昔物語集』巻4-40。
『無言』(川端康成) 先輩作家大宮が脳出血で倒れ、しゃべれなくなった。「私(三田)」が見舞いに行き、語りかけても、大宮は終始無言である。帰途、「私」の乗ったタクシーの中に、若い女の幽霊が現れる。幽霊は無言であり、「私」には見えないが、運転手は「旦那の横に坐っている」と言う。「私」が「何か話してみようか」と言うと、運転手は「幽霊としゃべるとたたられる。とりつかれるからやめなさい」と止める。
『異苑』88「話しかけられない人」 ある所に劉という姓の人がいた。この人と話をすると、必ず災難に遭うか病気になるか死ぬかするので、皆、劉を避けた。1人の士人が恐れずに劉と話をしたが、まもなく士人の家は火事になり、家財一切を失った。
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