政府艦隊の敗走
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/28 01:14 UTC 版)
「トリー・スヴャチーチェリャ (戦艦)」の記事における「政府艦隊の敗走」の解説
ポチョムキンから離れたヴィシュネヴェーツキイ艦隊はテーンドル湾へ戻っていた。そこで、彼の艦隊はクリーゲル中将の艦隊と合流する予定であった。9時45分、トリー・スヴャチーチェリャからクリーゲル艦隊が視認された。ヴィシュネヴェーツキイの失敗をまだ知らないクリーゲルは、10時10分、なぜ艦隊がオデッサに行かずに留まっているのか、驚きとともにトリー・スヴャチーチェリャへ問うた。 ヴィシュネヴェーツキイは、答えることができなかった。クリーゲルは返答を待たず、5分後にはトリー・スヴャチーチェリャに対し、町を傷つけるのを避けるためポチョムキンに対する砲撃は行わないよう指示する電信を打った。ヴィシュネヴェーツキイは勿論ポチョムキンを撃たなかった。町のことを心配したからではない、砲撃命令への返答に水兵が蜂起するのを恐れたためである。 10時30分、両艦隊は合流した。ロスチスラフがその旗艦を務め、トリー・スヴャチーチェリャはその副旗艦となった。クリーゲルは会合を開いたが、そこで何が話し合われたのかは明らかでない。ただ、彼がヴィシュネヴェーツキイの作戦の顛末を知ったことは確かである。それが彼を不安にさせた。しかし、ペテルブルクからは反乱鎮圧の命令が下っていた。連合艦隊は11時5分、オデッサに向けて出航した。その後、ヴィシュネヴェーツキイは和平協定のために代表団を派遣されたいとの旨、ポチョムキンへ打診した。会談場所にはトリー・スヴャチーチェリャが指定され、出迎えに第267号水雷艇が出向くとしていた。 連合艦隊はオデッサへ向かうのにほぼ半日を費やした。12時5分、ポチョムキンは碇を上げて艦隊に向かって10 knの速度で移動を開始した。第1縦隊はロスチスラフ、トリー・スヴャチーチェリャ、ゲオルギー・ポベドノーセツ、シノープ、ドヴェナッツァチ・アポーストロフからなっており、第2縦隊はカザールスキイ、ストローギイ、スヴィレープイ、第272・273・255・258号水雷艇からなっていた。ヴィシュネヴェーツキイ少将は、カザールスキイに対し雷撃準備を命じた。艦隊は長々と線を描き、水路を封鎖してポチョムキンが公海へ抜ける道を遮断した。艦隊の持てる武装は、敵の武装を圧倒的に凌駕していた。ポチョムキンは4 門の305 mm砲と6 門の152 mm砲を有していたが、艦隊は合わせて20 門の305 mm砲と4 門の254 mm砲、34 門の152 mm砲と4 門の120 mm砲、多数のそのほかに小口径砲と魚雷発射管を備えていた。 接近するポチョムキンは、「乗員は艦隊司令官の砲門を要請する」と打電した。「ポチョムキン、投錨せよ!」クリーゲルは答えた。そのとき、ポチョムキンからシノープ、ドヴェナッツァチ・アポーストロフ、トリー・スヴャチーチェリャに対して信号法によるメッセージが送られた。「投錨せよ!」ポチョムキンはマストに次なる信号を上げた。「艦隊は投錨せよ。」 クリーゲルは再度停止命令を出した。これに対し、ポチョムキンは機関停止と投錨を要求する信号を発した。そして、砲を艦隊旗艦に向けながら、艦隊への接近を続けた。 クリーゲルは、戦闘警報を鳴らすよう命じた。このとき、ゲオルギー・ポベドノーセツでは水兵たちがポチョムキンへの攻撃拒否を叫んだ。 ポチョムキンは、ロスチスラフとトリー・スヴャチーチェリャに対し、機関停止を要求した。返答に、ロスチスラフは三度目の信号を送った。「ポチョムキン、投錨せよ。」ポチョムキンは「ロスチスラフおよびトリー・スヴャチーチェリャは機関停止せよ。さもなくば砲撃する」と返した。旗艦はポチョムキンの命に従った。すると、ポチョムキンでは新しい信号が上がった。「乗員は艦隊司令官の訪問を要請する。」 クリーゲルが逡巡する間に、ポチョムキンは12時45分、ロスチスラフとトリー・スヴャチーチェリャのあいだに入った。ポチョムキンはロスチスラフへ砲を向けたまま両艦のあいだを進んでいった。ロスチスラフの艦上は、次にポチョムキンが何をするのか、恐怖に凍りついた。すると、ポチョムキンは12 インチの主砲を士官の集まったロスチスラフの艦橋に向けた。静まり返っていた艦橋は、自分たちに照準が合わされているのに気付くと、恐怖と驚きからちょっとしたパニックが発生した。 ポチョムキンを舵を担うボリシェヴィークの狙いは、挑発によって提督にポチョムキンへの攻撃を命じさせることであった。その命令が契機となって、旗艦で蜂起が発生することを当て込んでいたのである。 狙い通り、提督たちはポチョムキンの機動に心底驚かされていた。ヴィシュネヴェーツキイは、信号法を用いてクリーゲルに注意を促した。「ポチョムキンは、ホワイトヘッド式戦闘水雷を装備しているぞ!」 ロスチスラフは、ポチョムキンに対して停船信号を出した。すると、ポチョムキンは、シノープ、トリー・スヴャチーチェリャ、ドヴェナッツァチ・アポーストロフに対し、停船信号を返した。クリーゲルは、「ポチョムキン=タヴリーチェスキイ公から何名、和平交渉のため提督に向けて派遣されるか知らされたし」と申し出た。「乗員は艦隊司令官をお招きする。」ポチョムキンは答えた。 12時55分、叛乱艦は再び、今度はシノープとゲオルギー・ポベドノーセツのあいだを横切った。ポチョムキンは、両艦に対して「ポチョムキンは砲手水兵に砲撃しないよう要請する」と信号法を用いて伝えた。すると、シノープとゲオルギーの上部甲板には乗員が出てきて、口々に「万歳!」の歓声を上げた。そして、ゲオルギー艦上では蜂起が始まった。一方、シノープでは革命派のほとんどが陸に残されてきたため、賛同者があまりに少なかった。そして、ポチョムキンへの合流に賛成する派閥と反対派閥とが生じ、後者が勝った。 ポチョムキンではほとんどすべての乗員が甲板に出て「万歳」を叫び、シノープ、ゲオルギー、ドヴェナッツァチ・アポーストロフの歓呼に応えた。ポチョムキンを歓待しなかったのは、ただ提督艦ロスチスラフとトリー・スヴャチーチェリャだけであった。ポチョムキンは、「艦隊司令官をお招きする」という信号を送り続けた。 ゲオルギーは隊列を離れ、ゆっくりとポチョムキンの方へ向かっていった。そして、数分後には完全に機関を停止した。「ゲオルギー、なぜ戦闘配置を離れた?」クリーゲルが尋ねた。「ゲオルギー乗員は士官を岸へ運び、ポチョムキンへ合流する。」ゲオルギー艦長が返答した。「全力で艦隊に続け!」提督は命じた。「不可能なり、不可能なり!」ゲオルギーから信号が返された。 こうなればもう、クリーゲルはドヴェナッツァチ・アポーストロフにポチョムキンへの攻撃を命じるよりほかなかった。ドヴェナッツァチ・アポーストロフは叛乱艦へ艦首を向け、衝角攻撃の態勢に入った。ところが、そうしてから提督へ「ドヴェナッツァチ・アポーストロフは停止する」という信号が舞い込んだ。ドヴェナッツァチ・アポーストロフの水兵は彼らが攻撃機動に入ることを知ると、機関室へ全速後進を命じたのである。ドヴェナッツァチ・アポーストロフはポチョムキンの舷側まであと3、4 mのところで停止し、後退し始めた。艦長は自爆のために火薬庫の爆破スイッチを押そうとしたが、叛乱同調者が配線を切ってしまった。別の水兵は、砲と魚雷発射管を使用不能な状態にしてしまった。ポチョムキンはドヴェナッツァチ・アポーストロフの艦尾にぴったり沿って周回すると、オデッサへ向かって進み始めた。そして、「士官は艦を残し、上陸せよ」という信号を送った。 クリーゲルは、ポチョムキンとのこれ以上の接触は各艦での蜂起を誘発しかねないということを理解した。そして、艦隊に公海への出航を命じた。クリーゲルは、最後の信号を送った。「ポチョムキン、全権委員を待て」、「ゲオルギー、セヴァストーポリへ戻れ」。両艦は答えなかった。艦隊は湾から抜け出たが、ポチョムキンはそのあとを追ってきた。そのため、クリーゲルは艦隊に全速前進を命じなければならなかった。 15時30分、オデッサから12 海里の海上でクリーゲルは艦隊を止めて指揮官会議を開いた。艦長たちは、船員たちが完全に信用ならない状態であると訴えた。一旦セヴァストーポリへ引き返し、新たに選りすぐりの船員からなる強力な水雷艇分遣隊を編成し、ポチョムキンを攻撃すべしとする議決がなされた。 セヴァストーポリへ去るにあたり、19時15分、クリーゲルは叛乱者らに降伏を促すためオデッサへ第272号水雷艇を派遣した。水雷艇には、トリー・スヴャチーチェリャ、シノープ、ロスチスラフから上級士官らが乗り込んだ。彼らはオデッサへ赴いて信号を送ったが、叛乱艦からは絶対に降伏しないという旨の返答があった。それでも、士官らは会談の申し出を行った。クリーゲルが海軍省へ送った電報には、この点で誤りがある。彼によれば士官らは降伏勧告をせずにまず会談の申し出を行い、拒絶されたとのことであった。しかし、実際には順序が逆であり、さらには彼らは会談自体には同意したのである。ただ、その条件が問題であった。ポチョムキンの叛乱者たちは、派遣された水雷艇駆逐艦(彼らは第272号水雷艇を水雷艇駆逐艦と誤認していた)艦上で、水雷艇駆逐艦全船員の立会いの下で会談を行うよう要請し、その上、その船員たちがあとでほかの艦船に蜂起側の目的と要求を伝えることを許可するということを求めていた。士官らは、この条件を脅威に感じた。クリーゲルは恐怖ゆえに会談に応じなかったことを伏せて海軍省へ報告し、艦隊は話し合いによる解決の最後の望みを失ったままセヴァストーポリへ帰港した。 6月18日午前10時、ロスチスラフが主砲を発射してその弾薬を抜き取った。その15分後には、トリー・スヴャチーチェリャも主砲を発射した。こうして、ポチョムキンのために使われるはずであった弾丸は海中に消えた。ほかの艦の主砲は黙ったままであった。なぜなら、それらの艦ではすでにポチョムキンとの接見の際に武装解除してしまっていたからである。こうして、叛乱に対する政府の派兵は、不名誉な結末を迎えた。
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