抗アンドロゲン活性
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/06 01:15 UTC 版)
ビカルタミドは、アンドロゲン性ホルモンであるテストステロンとDHTの主要な生物学的標的であるアンドロゲン受容体(AR)に対して高選択的競合的完全遮断薬(IC50 = 159~243 nM)として作用し、従って抗アンドロゲン作用を有する。ビカルタミドの活性は、(R)-異性体にある。ARに対する選択性の為、ビカルタミドは他のステロイドホルモン受容体と重要な相互作用を示さず、臨床的にはオフターゲットのホルモン活性(例:黄体ホルモン、エストロゲン、糖質コルチコイド、抗鉱質コルチコイド)は無い。しかし、ビカルタミドは、アンタゴニストであるプロゲステロン受容体(PR)に弱い親和性を示す事が報告されており、その為、何らかの抗黄体ホルモン作用を有する可能性があるとされている。ビカルタミドは、5α-リダクターゼを阻害せず、アンドロゲンのステロイド生成に関与する他の酵素(CYP17A1など)を阻害することも知られている。ビカルタミドはエストロゲン受容体(ER)には結合しないが、男性に単剤で使用した場合、AR阻害により二次的にエストロゲン量を増加させる可能性があり、男性において間接的なエストロゲン作用を示す可能性がある。ビカルタミドは、体内のアンドロゲン産生を抑制も阻害もしない(即ち、抗ゴナドトロピンやアンドロゲンのステロイド産生阻害薬として作用したり、アンドロゲンレベルを低下させたりしない)為、専らARに拮抗することで抗アンドロゲン作用を発揮する。古典的な核内ARに加えて、ビカルタミドは膜型アンドロゲン受容体(mAR)でも評価され、ZIP9(英語版)の強力なアンタゴニスト(IC50 = 66.3 nM)として作用する事が判明したが、GPRC6A(英語版)とは相互作用しないと思われた。 ビカルタミドのARに対する親和性は、バイオアッセイにおいてテストステロンの2.5~10倍のARアゴニストであり、前立腺における主な内因性リガンドであるDHTの親和性の約30~100分の1と比較的低い値を示す。しかし、ビカルタミドの一般的な臨床投与量では、テストステロンやDHTの数千倍の血中濃度となり、これらが受容体に結合して活性化するのを強力に阻止する事が出来る。これは、外科的または内科的な去勢を行った場合に特に顕著で、循環血液中のテストステロン濃度は約95%減少し、前立腺中のDHT濃度は約50~60%減少する。女性の場合、テストステロン濃度は男性に比べて大幅に低い(20~40倍)為、より少量のビカルタミド(例えば、多毛症に対する臨床試験では25mg/日)が必要となる。 下垂体および視床下部のARをビカルタミドで遮断すると、男性の場合、アンドロゲンの視床下部-下垂体-性腺軸(HPG軸)への負のフィードバックが阻止され、その結果、下垂体の黄体形成ホルモン(LH)の分泌が脱抑制される。その結果、循環LHレベルが上昇し、性腺でのテストステロンの産生が活性化され、延いてはエストラジオールの産生も活性化される。150mg/日のビカルタミド単剤投与により、テストステロンは1.5~2倍(59~97%)、エストラジオールは1.5~2.5倍(65~146%)に増加する事が確認されている。テストステロンおよびエストラジオールに加えて、DHT、性ホルモン結合グロブリンおよびプロラクチンの濃度にも小さな増加が認められた。エストラジオール濃度は閉経前女性の正常範囲下限と近い値を示しており、一方テストステロン濃度は一般的に男性の正常範囲の上限に位置している。テストステロン濃度は、エストラジオール濃度の上昇によるHPG軸への負のフィードバックにより、通常、男性の正常範囲を超える事はない。ビカルタミドがHPG軸に影響を与え、ホルモン濃度を上昇させるのは男性のみで、女性には影響しない。これは、女性のアンドロゲン濃度が非常に低く、基礎的なHPG軸の抑制が行われない為である。前立腺癌などのアンドロゲン依存性疾患の治療に有効である事からも判る様に、ビカルタミドの抗アンドロゲン作用は、結果として生じるテストステロンの増加に因る影響を大幅に上回る。しかし、エストラジオールの増加はビカルタミドによって抑制されない為、女性化乳房や雌性化の原因となる。ビカルタミドの単剤投与は、男性のゴナドトロピンおよび性ホルモンレベルを上昇させるが、ビカルタミドとGnRHアナログなどの抗ゴナドトロピン薬、エストロゲン、プロゲストーゲンを併用すると、HPG軸への負のフィードバックが維持される為、この現象は起こらない。 ビカルタミドを含むNSAA単剤療法は、外科的・内科的な去勢を伴うアンドロゲン遮断療法の方法とは、多くの忍容性の違いがある。例えば、GnRHアナログ製剤では、ほてり、抑うつ、疲労、性機能障害などの発現率がNSAA単剤療法に比べて非常に高い事が分かっている。これは、GnRHアナログ製剤が、アンドロゲンに加えてエストロゲンの産生も抑制し、エストロゲン欠乏症を引き起こす為と考えられている。一方、NSAA単独療法では、エストロゲンレベルは減少せず、むしろ増加する為、エストロゲンが過剰に分泌され、アンドロゲンの欠乏を補い、気分、エネルギー、性機能の維持が可能となる。また、3α-アンドロスタンジオールや3β-アンドロスタンジオールのようなテストステロンから生成される神経ステロイドは、ERβアゴニストであり、前者は強力なGABAA受容体陽性アロステリック調節因子である為、関与している可能性がある。性機能障害の具体的なケースでは、アンドロゲン産生抑制薬を併用しなければ、脳内のビカルタミドによるARの遮断が不完全であり、性的機能に顕著な影響を与えるには不十分である事が、この違いの追加的な可能性として考えられる[要出典]。 通常の環境下では、ビカルタミドはARを活性化する能力を持たない。しかし、前立腺癌では、ARの変異や過剰発現が前立腺細胞に蓄積し、ビカルタミドがARのアンタゴニストからアゴニストへと変わる事がある。この結果、ビカルタミドが前立腺癌の成長を逆説的に促進することになり、抗アンドロゲン剤を中止すると前立腺癌の成長速度が逆説的に遅くなる抗アンドロゲン薬離脱症候群(英語版)という現象の原因となっている。 ビカルタミドの単剤投与は、精巣の精子形成、精巣の微細構造、および男性の生殖能力の一部に殆ど影響を及ぼさない様である。これは、精巣(男性のテストステロンの約95%が産生される場所)のテストステロン濃度が非常に高く(血中濃度の200倍)、精子形成を維持するために実際に必要な精巣のテストステロン濃度は正常値の極一部(10%未満)に過ぎないためと考えられる。その為、ビカルタミドは、この精巣でテストステロンと競合し、アンドロゲンのシグナル伝達や機能を阻害することはできないと考えられる。しかし、ビカルタミドは精巣の精子形成には影響を与えないと思しき一方で、精巣以外の精巣上体や精管でのAR依存性の精子の成熟や輸送を阻害する可能性があり、その結果、男性の生殖能力に障害を与える可能性がある。さらに、エストロゲン、プロゲストーゲン、GnRHアナログなどの他の薬剤とビカルタミドを併用すると、其々の薬剤が男性の生殖能力に悪影響を及ぼす為、精子形成が損なわれる可能性がある。これらの薬剤は性腺のアンドロゲン産生を強く抑制する事ができ、精巣の精子形成を著しく損なったり、消失させたりする可能性がある。また、エストロゲンは、十分に高い濃度で精巣に直接的かつ長期的な細胞毒性を及ぼす可能性がある。
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