前史『X-MAGAZINE』
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「Jam (自販機本)」の記事における「前史『X-MAGAZINE』」の解説
1978年秋、日大芸術学部を中退した高杉弾は好きなことだけをしてフラフラ暮らしていた。ある日の深夜、高杉は武蔵小山駅から自宅に向かって歩いている途中、電柱の下に束になって捨てられていたエロ本群から『スノッブ』という一冊の自販機本を発見する。 高杉はそれに掲載されていた「見開き裁ち落としの接写でパンティストッキングを履いた女性の尻を大胆に写したフェティッシュなヌード写真」と裏表紙の裏面(表3)にあった「もう書店では文化は買えない」 というキャッチコピーに大いなるショックを受ける。居ても立ってもいられなくなった高杉はカメラマンに会って写真の感想を伝えるため、夜が明けるとすぐに編集部に電話してアポイントメントを取り、その日のうちにエルシー企画という出版社を訪れた。 この時、高杉が顔を合わせたカメラマンの武蔵野大門こそエルシー企画社長の明石賢生その人であった。その場で明石は編集局長の“S”こと佐山哲郎と相談して同社の自販機本『スキャンダル』8頁分の原稿を高杉に自由に任せることを思いつく。これに応じた高杉は友人の美沢真之助(=隅田川乱一。後に『Jam』『HEAVEN』『X-MAGAZINE』編集者)を誘い、誌名を『X-MAGAZINE』と改めた上で「Xランド独立記念版」と題したゲリラ記事を一週間で制作した。この原稿は『スキャンダル 悦楽超特急 X-MAGAZINE』5号(1978年12月発行)に掲載され、これが高杉の実質的な商業デビュー作となった。扉のキャッチコピーには「自動販売機で国家が買えることだってある」と記されている。 なお「もう書店では文化は買えない」というキャッチコピーを考案した佐山哲郎(自販機本『スキャンダル』初代編集長)は竹熊健太郎のインタビューで高杉弾が「Xランド」発表に至るまでの状況と同コピーが生まれた背景を次のように回想している。 当時アリス出版にいた亀和田武がね、自分が編集してた『劇画アリス』って雑誌で、表3(裏表紙のひとつ前)に自分の上半身ハダカの写真載っけて“エロ劇画界のジュリー”なんて言ってたりね(笑)、遊んでて面白かったよね。どこまでかっこよく滅茶苦茶やるか、競争があった。そのへんで俺の「もう書店では文化は買えない!」ってのも出たわけだけど、別に思想的にどうこうっていうんじゃないんだよね。とにかく面白いことがやりたかった。このへんから妙な連中が出入りするようになったんだな。プールの監視員をやってた安田邦也とかさ、当時明大を出たばかりで、どこからみても快活な好青年でね。それがエロ本屋になって。あとブルースのミュージシャンやってた宇佐美とかね。いろんなのが来たけど、やはり驚いたのは日芸で『BEE-BEE』ってミニコミを作っていた高杉一派だね。 高杉の編集センスはなかなかのものでさ。でも特に、隅田川乱一の文章力には驚いた。刺激的だったよ。その後『BEE-BEE』は確か『本の雑誌』のミニコンテストで優勝するんだな。そういえばこの間『週刊朝日』で椎名誠が『本の雑誌』の思い出話を書いてたけど、出てきたね隅田川の名前が。椎名と、当時『本の雑誌』で編集してた群ようこがさ、争うようにして読んでたっていうからね、隅田川の投書を。 高杉は確か俺がエルシーで仕事中にやってきたんだ。「お前のファンが来てるぞ」って誰かが呼びに来てさ。「可愛い女の子だ」ってかつがれて行ったら、それが高杉(笑)。どこが可愛い少女だって。それでミニコミ見せてもらって。横で明石が「どうだ、こいつ使えるか?」って聞くから、「使えるもなにも、一冊すぐに作らせる」って言ったんですよ。そしたら明石は「お前はすぐそんなこと言うからダメなんだ」って怒ったの。じゃあってんで、とりあえず俺がやってた雑誌の八ページだけまかせることにしたんだよ。そしたら……連中、いきなり、“乗っ取り宣言”するんだよ。「この雑誌は俺たちが乗っ取った!」って。なんなんだ(笑)…… — 竹熊健太郎「天国桟敷の人々─自動販売機本の黎明期と『JAM』の出現⑵」『Quick Japan』14号 153頁 1997年 太田出版 この「Xランド」が好評だったことから明石は『X-MAGAZINE』6号の編集を高杉に一冊丸ごと自由に任せることにし、高杉と美沢は雑誌のジャックに成功する。後に高杉は「その8頁が当時エロ本の世界では考えられないような、すっごい『変』だったらしいんだよ。『面白いじゃん、なにこれ?』みたいに。半分はあきれているんだよね(笑)」と回想している。 雑誌の編集にあたって美沢は友人の八木眞一郎(後に『Jam』編集者。1978年2月に日本文華社から創刊され、わずか1号で廃刊した幻のパロディ雑誌『冗談王』編集長。同誌は日本出版史上初めて表1から表4の広告まで全頁すべて冗談という異色の内容で、八木の呼びかけで高杉弾、美沢真之助、近藤十四郎も編集・執筆に参加している)を誘い、大麻取締法への批判やアメリカの薬物事情などエロとは一切関係のないドラッグの特集記事を執筆する。 更には笑いガス実験、男性器の紙工作、変態SF小説、下層サラリーマンのオピニオンエッセイ、実在しない架空の本や『電話帳』の書評などを取り上げ、極めつきは「スターダスト 芸能人探訪!! ゴミあさりシリーズ」と銘打ち、かたせ梨乃宅のゴミ漁りを実行。ドラマ台本や腐ったミカン、使用済みタンポンなどを誌上のグラビアで無断公開する暴露企画を行った。 このように『X-MAGAZINE』は現在では到底考えられないほど過激な企画や読物が目白押しであり、表向きはエロ本だが中身はヌードの露出が極端に乏しく無茶苦茶で過激な企画や読み物が満載という『Jam』のスタイルを創刊前から完全に確立する。これに関して『Jam』ブレーンの一人だった八木眞一郎は「『Jam』はエロを冗談によっていかに無効化するかが、今考えれば、唯一のテーマだったのかもしれない」と後に回想している。 ちなみに漫画家の蛭子能収は連載前の打ち合わせで高杉から「一応表紙はエロな感じに見えるんですけど、中身は自分たちが好きに作ってるんですよ。自分たちはこれを“ゲリラ”だと思ってるんです」と熱烈にアピールされたと回想しており、元々高杉自身「もっと突き抜けて、ほとんど無意味の方向へ行くまで過激なことをやってみたらどうか」という徹底的に意味を排除したダダ的な誌面作りを標榜していた節があったという。
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