自販機本とは? わかりやすく解説

自販機本

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/11/06 08:29 UTC 版)

マジックミラーを用いた中が見えないようにする仕掛け
京都北白川(2001年)

自販機本(じはんきぼん)とは、1970年代中頃から1980年代中頃まで自動販売機で売られていた成人向け雑誌である。ビニ本アダルトビデオといったエロメディアが登場するまで、日本のエロ文化の中核を担った。

概要

1970年代を中心に、自動販売機で販売されたエロ雑誌があり、これを自販機本(じはんきぼん)と称した。

自販機本は配本の都合上、おおむねB5判で64頁程度のものであり[1]、ヌードグラビアと記事から構成されていた[2]

自販機本は、書店の流通経路とは別に、自販機用の特殊な流通経路に乗っており、通常の書店では一切扱われなかった[2]。また販売員と対面することなく買えた上に、一般誌には出ないヌードモデルも多く、いわゆるエロ本が多く発売されるようになる前から人気を集めていた。

その起源は、1968年9月に中島規美敏が創業したスタンド販売取次の東京雑誌販売(旧・城北ブックセンター)が、自動販売機部門に進出した1975年にまでさかのぼる[3]1976年6月には自販機専門の卸売販売企業として株式会社共同が設立され[3]、時期を同じくして『土曜漫画』で知られる土曜出版新社(Do企画)が東雑グループ傘下に入り[3]1977年には制作部門としてアリス出版エルシー企画が設立されるなど比較的短期間で自販機本の流通機構が確立していった[3]

最盛期の1980年には月に43誌を刊行、月産発行部数は推定165~450万部に上った[2][4]。販売網も日本全国が対象で、2万台以上の自販機が設置されていた[2]。これは当時の書店数とほぼ同じで、500億円規模の市場となった[5]。最盛期には「現金回収車のショックアブソーバー百円玉の重みで壊れた」という伝説が語り継がれるほどの人気ぶりを見せ[6][7]、多忙を極めた印刷所では女性器陰毛を消し忘れるというミスを頻発し、エルシー企画の神崎夢現はヒッピー仲間を集めて一晩で3万部以上の自販機本にマジックインキで修正を入れたというエピソードもある[2]

販売期間はわずか3日程度で発売日などの宣伝もなかったが、発行部数は1冊あたり平均3万部を記録した[2]。これは当時の日本にはエロメディアの絶対量が不足しており、一定量のエロ要素が載っていれば内容は問われず、大半が作れば売れていた為である[2]。そのため「表紙にポルノさえ載せておけば、あとは何をやってもいい」という自由な方針の版元も多かった[2]。また好き放題な誌面づくりが出来た背景には、自販機本出版社の経営者や編集者の多くが1960年代後半に学生運動を体験した元全共闘世代で、革命的な誌面づくりに寛容だったことが理由として挙げられている[8]

とくに高杉弾山崎春美らが中心となって編集した伝説的自販機本『Jam』『HEAVEN』(エルシー企画アリス出版群雄社出版)では、「エロ」以上にカウンターカルチャーとしての性質が強く、そのアナーキーな誌面づくりから、今日ではサブカル雑誌の先駆けの一つとみなされている[8]。また同誌では創刊にあたり山口百恵宅のゴミ漁りを決行し、誌面でファンレターや使用済み生理用品を「芸能人ゴミあさりシリーズ」と題して大々的に公開し、注目を集めた[2]。本誌は表紙とグラビアだけ「エロ」で中身はパンクアングラなどサブカルチャー系の記事・情報がメインであり、ドラッグ特集をはじめ、インディーズパンクカルトムービーの紹介、果ては皇室臨済禅プロレス神秘主義まで取り上げ、一般の商業誌では到底不可能なアヴァンギャルドな誌面を実現すると共に、漫画コーナーでは渡辺和博などのヘタウマ作家を起用、漫画家をやめていた蛭子能収を再デビューさせたことでも知られている[2]。このように、自販機本はエロ文化のみならず、当時のアンダーグラウンド若者文化の一端を担うことにつながった[8]

衰退

1980年頃より、ビニール本(ビニ本)と呼ばれる性器陰毛の修正が薄い過激なエロ本が登場したこともあり、自販機本は縮小、衰退の道を辿った[2]。また未成年者が自由に購入できる自販機のエロ本は、しばしばPTA警察の目の敵にされ、自動販売機での出版物販売に対する規制強化が年々進んだ。

1980年には日本PTA全国協議会が、有害図書販売規制立法の請願国会に提出し[9]、43都道府県地方公共団体青少年保護育成条例による条例制定を行った[10]。これが決定打となり、1980年代中頃、ついに自販機本は絶滅に追い込まれた[2]

なお現在も、店の外側に自販機を置き、営業時間外でも雑誌を買えるようにしている書店や、アダルトグッズ専用の自販機にエロ本が収納されている事例もあるが、これは店頭売りの雑誌を単に自動販売機に収容しただけで、自販機用に作られたエロ本ではなく、通常これらは「自販機本」とはいわない[2]。2018年(平成30年)では、約500基の自動販売機がエロ本やアダルトDVDを販売するのみである[4]

特徴

日本のエロ文化黎明期の出版物であり、後の成人向け雑誌と比較すると次のような特徴がある。

参考文献

  • 東京雑誌販売(株)・東雑グループ本部発行/株式会社エルシー企画制作『東雑グループ総合会社案内』(1978年9月)
  • 北村四郎『ビニール本の恋びとたち2』二見書房 1981年
  • 週刊現代編集部「『自販機本』がいま月産四百五十万冊/売り上げ五百億円(年)=その仕組みから裏までを覗いてみました」『週刊現代』1981年7月16日号(31号)講談社、pp.187-189
  • 高杉弾『霊的衝動 100万人のポルノ』朝日出版社 1985年
    • Jam』『HEAVEN』を通しての自販機本やビニ本AVなど国内のエロメディアの変遷とその周辺にまつわるサブカル史を語り下ろした書。
  • 青林堂月刊漫画ガロ1993年9月号「特集/三流エロ雑誌の黄金時代」
  • 青林工藝舎アックス』Vol.89「特別企画/復活!!タコ CD BOX発売記念再会対談 山崎春美×蛭子能収…そして根本敬湯浅学(at映像夜間中学)」
  • 川本耕次『ポルノ雑誌の昭和史』ちくま新書 2011年
  • 本橋信宏+東良美季『エロ本黄金時代』河出書房新社 2015年
  • 黒沢哲哉『全国版 あの日のエロ本自販機探訪記』双葉社 2017年
  • 亀和田武『雑誌に育てられた少年』左右社 2018年
  • 本橋信宏『高田馬場アンダーグラウンド』駒草出版 2019年
  • 竹熊健太郎、但馬オサム「自動販売機と青春―エロ本は僕らの学校だった」『Quick Japan』第12巻、127 - 140頁。 
  • 竹熊健太郎「天国桟敷の人々─エロ本三国志① 自動販売機本の黎明期と『JAM』の出現」『Quick Japan』第13巻、124 - 126頁。 
  • 竹熊健太郎、佐山哲郎「天国桟敷の人々─エロ本三国志② 自動販売機本の黎明期と『JAM』の出現⑵」『Quick Japan』第14巻、150 - 153頁。 
  • 竹熊健太郎、佐山哲郎、小向一實「天国桟敷の人々─エロ本三国志③ 小向一實とアリス出版」『Quick Japan』第15巻、170 - 175頁。 
  • 但馬オサム、佐山哲郎「天国桟敷の人々─エロ本三国志④ 群雄社設立とビニール本の時代」『Quick Japan』第16巻、180 - 183頁。 
  • 但馬オサム、木村昭二「天国桟敷の人々─エロ本三国志⑤ 群雄社メジャー路線の野望と挫折」『Quick Japan』第19巻、192 - 195頁。 
  • 有限会社エディトリアル・デパートメント/幻冬舎SPECTATOR』vol.39「パンクマガジン『Jam』の神話」2017年

脚注

  1. ^ 川本耕次『ポルノ雑誌の昭和史』ちくま新書 2011年 80-81頁
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o エディトリアル・デパートメント編『Spectator』vol.39「パンクマガジン『Jam』の神話」幻冬舎 2017年
  3. ^ a b c d 東京雑誌販売(株)・東雑グループ本部発行/株式会社エルシー企画制作『東雑グループ総合会社案内』(1978年9月)
  4. ^ a b c d 自販機本雑誌の搬入 人目のつかない夜に猛スピードでやった”. 岡野誠. 小学館週刊ポスト』2018年3月9日号 (2018年3月1日). 2018年3月5日閲覧。
  5. ^ 「日本エロ本全史」- ISBN 4778316746
  6. ^ 竹熊 1997, p. 126.
  7. ^ 黒沢哲哉『全国版 あの日のエロ本自販機探訪記』双葉社 2017年 19頁
  8. ^ a b c d e 特別連載 ダーティ・松本×永山薫 エロ魂!と我が棲春の日々(9)
  9. ^ 川本耕次『ポルノ雑誌の昭和史』ちくま新書 2011年 120頁
  10. ^ 奥平康弘『青少年保護条例・公安条例』学陽書房 1981年
  11. ^ 川本耕次『ポルノ雑誌の昭和史』ちくま新書 2011年 125頁
  12. ^ 川本耕次『ポルノ雑誌の昭和史』ちくま新書 2011年 112-119頁

関連雑誌

関連会社

関連人物

外部リンク


自販機本

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ビニ本」の記事における「自販機本」の解説

「自販機本」とは、書店ではなく自動販売機販売されエロ本である。「ビニ本」と「自販機本」は、「合法エロ本と言う点は同じだが、流通経路販売チャネル主要なメーカーも全く違う。

※この「自販機本」の解説は、「ビニ本」の解説の一部です。
「自販機本」を含む「ビニ本」の記事については、「ビニ本」の概要を参照ください。

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