少年雑誌とは? わかりやすく解説

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少年雑誌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/15 07:55 UTC 版)

少年倶楽部

少年雑誌(しょうねんざっし)とは、少年層を読者に想定した総合雑誌のことである。

概要

17世紀から18世紀にかけてヨーロッパを中心に児童向けの逐次刊行物の出版が始まり、成人向け雑誌と児童雑誌が分化していく[1][2]。草創期の児童雑誌は男女を問わず年少の読者を対象としたものだったが、19世紀に入ると、イギリスで1879年に『ボーイズ・オウン・ペーパー』、1880年に『ガールズ・オウン・ペーパー』が創刊するなど、男子・女子を意味する言葉を冠した雑誌が現れる[3]。

日本では1888年に創刊した『少年園』が日本初の総合的少年雑誌といわれているが、同誌も女子読者を排除しておらず、他誌も含め1890年代までは雑誌単位で読者を性別で区別することはなかった[4][5]。1895年に『少年世界』の誌内に女子読者向けコーナーが設けられ、これを発展させる形で1906年に『少女世界』が創刊されるなど、少女雑誌というジャンルが成立していくと、女子読者が少なくなった少年雑誌の誌面構成は男子寄りになっていく[4][5]。明治末期から大正初期(1900年代から1910年代)には、女子読者を対象とした少女雑誌の対比として男子読者を対象とした少年雑誌とのイメージが確立していく[6][7]。また、この時期に幼児・少年・青年と若年層内での区別も進んでいく[6]。

1914年に大日本雄弁会(講談社の前身)が創刊した『少年倶楽部』は発刊の言葉で「男子らしき男子」というフレーズを用いており、「怪人二十面相」などの小説、「のらくろ」や「冒険ダン吉」といった漫画を掲載したほか、飛行艇などの紙製模型を付録にするなどして男子からの人気を獲得し、大正から昭和初期にかけての少年雑誌の代表例となる[5][8]。また、大日本雄弁会は野間清治の指揮の下で、小学生から中学生を中心読者とした少年雑誌『少年倶楽部』、義務教育を終えた層向けの大衆雑誌『キング』と年齢階層別の雑誌展開を進めていく[9]。

第二次世界大戦後は、少年雑誌の週刊化と漫画雑誌化が進み、1959年に講談社が『週刊少年マガジン』を創刊すると、戦前の少年雑誌の代表格だった『少年倶楽部』も同誌に統合される形で1962年に終刊する[10][11]。また、週刊少年マガジンと同年には小学館が『週刊少年サンデー』を創刊、1960年代のうちに少年画報社が『週刊少年キング』、秋田書店が『週刊少年チャンピオン』、集英社が『週刊少年ジャンプ』と週刊漫画雑誌を相次いで創刊し、五大誌時代を形成していく[12]。1980年代に入ると、1982年に『週刊少年キング』が休刊する一方で、1989年に『週刊少年ジャンプ』が発行部数500万部を記録するなど週刊漫画雑誌間の競争も激化していく[13][14]。また、少年雑誌に掲載される少年漫画の人気が高まるとともに成人読者や女子読者も獲得していき、1981年に毎日新聞が実施した読書世論調査では小学生から高校生までの女子にも少年雑誌の読者が一定数いることが確認できる[14][15]。

内容の変化

明治初期に創刊した『穎才新誌』や『学庭捨芳録』などの作文雑誌の影響を受け、草創期の少年雑誌は読者投稿の比重が大きく、『少年園』でも懸賞作文企画が人気を呼び、読者投稿の掲載に特化した雑誌も出版される[7][16]。また、当時の立身出世主義と結びついた学校案内や科学教養に関する記事が多く掲載された[7][16]。

1891年に巖谷小波が日本初の児童小説「こがね丸」を発表して以降は児童文学の創作も盛んとなり、これらを積極的に掲載した『少年世界』が人気を獲得する[17]。また、押川春浪の成功によって冒険小説という作品ジャンルが成立し、吉川英治や江戸川乱歩などの作品が各誌に掲載され、明治末期から昭和初期にかけて大衆児童文学の黄金期を築く[17][18]。1930年代以降は、1931年に『少年倶楽部』で田川水泡が「のらくろ」の連載を開始するなど、誌面に占める漫画の比率が高まっていく[19]。

第二次世界大戦後は、戦後復興期に赤本漫画が流行、1950年代から1960年代にかけて週刊漫画雑誌の創刊が相次ぐ[12][19]。また、1958年に『鉄腕アトム』のアニメ放送が開始すると、少年雑誌に掲載された人気作品のアニメ化という流れも生まれ、キャラクタービジネスの展開が本格化していく[12][20]。

広告媒体として

戦後の少年雑誌・少女雑誌の発達に伴って通信販売の広告も頻繁にこれら雑誌の紙面を飾ったが、特に少年雑誌では少年層向けの玩具類やサプリメント(コンプレックス産業)といった業者が、その膨大な発行部数にも絡んで、高度経済成長期以降に大きく発展している。ただこれら通信販売ではいかがわしい・効果が不確かな・危険な物品を販売する業者も後を絶たず、1980年代より社会問題化した有害玩具の多くはこの通販業者の出した広告経由で、年齢も定かではない客に向けて販売された。これに関してはしばしば教育関係者にも問題視する向きもあり、保護者の中には漫画を読みふける以上に少年雑誌にそのような広告が載っていることをもって嫌う人も見られる。

その一方でメディアミックスやタイアップ作品は1980年代よりしばしば出るようになったが、1990年代より活発化して様々な商品を売り込むための作品群や広告が紙上を飾る傾向も強い。その一方でアニメ市場の活性化にも伴い、少年雑誌上で人気投票が行われてこの人気投票上位作品が連続的にテレビアニメ作品として放映されるようになり、少年雑誌とテレビメディアやOVA作品、加えて関連する製品を販売する玩具メーカーとの繋がりは密接化している。

2000年代では、このような漫画作品・アニメ作品・玩具メーカーの連携に加え、コンピュータゲームでも漫画作品に端を発するキャラクターゲームの宣伝活動の一種として、少年雑誌上で大掛かりな特集記事を組むことが、当たり前の販売戦略となっている。この辺りにはドラゴンクエストシリーズ(1986年~)に源流を見出すことができる。この作品は、キャラクターデザインを漫画家の鳥山明が担当したことに関連し、鳥山作品を主に掲載していた週刊少年ジャンプ誌上に制作途中から頻繁にタイアップ特集記事が掲載されたこともあり、発売日当日には玩具店やゲームソフト販売店の前に長い列ができるなどして、爆発的なヒットを記録した。

また近年増えているライトノベルやアダルトゲームなどのコミカライズ作品は少年誌で連載されることが多く、それに特化した少年誌も存在する(月刊コミックアライブ、コンプエースなど)。

またグラビア掲載では古くは一定の認知度があるアイドルの写真を販売促進のための付録として扱っていたようだが、1980年代より積極的に新人アイドルも掲載するようになった事から、芸能事務所の商品であるアイドルの社会的認知度増大の活動の一端としてこのグラビアページを活用する傾向も見られ、かつてはアイドル雑誌が担っていた紙媒体でのアイドル宣伝活動をこの少年雑誌に振り分ける傾向も見られる。

日本の主な少年雑誌

週刊少年雑誌

児童向け雑誌

脚注

  1. ^ 『大日本百科事典 第8』小学館、1969年、624-626頁。doi:10.11501/2525990。 
  2. ^ 福田清人、原昌『児童文学概論』建帛社、1971年、206-224頁。doi:10.11501/12443277。 
  3. ^ 牟田有紀子 (2019). “国境を越えるGirlhood:Girl’s Own Paperの場合”. Seijo CGS Working Paper Series (成城大学グローカル研究センター) (15): 21-29. https://seijo.repo.nii.ac.jp/records/5748. 
  4. ^ a b 山戸依子 (2006). “日本的「少女趣味」の誕生:「少女」の共同体とその欲望”. 表現文化 (大阪市立大学) 1: 107-130. https://ocu-omu.repo.nii.ac.jp/records/2006478. 
  5. ^ a b c 浜崎廣『雑誌の死に方 生き物としての雑誌その生態学』出版ニュース社、1998年、29-43頁。ISBN 9784785200794。 
  6. ^ a b 滑川道夫『児童文化論』東京堂出版、1970年、92-94頁。doi:10.11501/12043191。 
  7. ^ a b c 佐藤(佐久間)りか (2005). “〈少女〉読者の誕生 性・年齢カテゴリーの近代”. メディア史研究 (メディア史研究会) 19: 17-41. 
  8. ^ 桑原三郎『少年倶楽部の頃:昭和前期の児童文学』慶応通信、1987年、100-115頁。doi:10.11501/12461539。 
  9. ^ 加藤謙一『少年倶楽部時代:編集長の回想』講談社、1968年、46-48頁。doi:10.11501/2933441。 
  10. ^ 上笙一郎『日本児童文学の思想』国土社、1976年、190-192頁。doi:10.11501/12461466。 
  11. ^ 『本の問答300選』出版ニュース社、1969年、182頁。doi:10.11501/12234879。 
  12. ^ a b c 小島明、廣畑一雄、清水正三郎『子どもの中のテレビ』国土社、1983年、109-110頁。doi:10.11501/12275185。 
  13. ^ 『時事年鑑 昭和60年版』時事通信社、1984年、233-234頁。doi:10.11501/12405262。 
  14. ^ a b 米沢嘉博「マンガ文化用語の解説」『現代用語の基礎知識 1990年版』自由国民社、1990年、74-78頁。doi:10.11501/12446577。 
  15. ^ 『読書世論調査 1982年版』毎日新聞社広告局、1982年、135-140頁。doi:10.11501/12276932。 
  16. ^ a b 木村小舟『少年文学史 明治篇 上巻 改訂増補』童話春秋社、1949年、62-112頁。doi:10.11501/1705972。 
  17. ^ a b 久松潜一 編『日本文学史6 増補新版』至文堂、1977年、970-979頁。doi:10.11501/12450913。 
  18. ^ 佐藤忠男『子どものアイドル』文化出版局、1980年、69-72頁。doi:10.11501/12038691。 
  19. ^ a b 菅忠道『児童文化の現代史』大月書店、1968年、49-63頁。doi:10.11501/3040513。 
  20. ^ 土屋新太郎『キャラクタービジネス:その構造と戦略』キネマ旬報社、1995年、77-78頁。doi:10.11501/13112195。 

関連項目


少年 (雑誌)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/03 09:10 UTC 版)

『少年』(しょうねん)は、光文社発行の月刊少年漫画雑誌。1946年(昭和21年)11月に創刊、1968年(昭和43年)3月号をもって休刊。

歴史

創刊当初は戦前の『少年倶楽部』等の流れを汲み、A5判の読物中心の編集であった[1]。その中で江戸川乱歩作の読物として少年探偵団シリーズが連載され[注 1]、怪人二十面相と闘う名探偵・明智小五郎と、その助手の小林少年の話が喝采を浴びた。 しかし、『少年画報』や『冒険王』、『おもしろブック』などといった後発の少年雑誌が漫画や絵物語を中心とした編集で急成長を遂げると、同誌も漫画に力を入れるようになり、1952年に手塚治虫の漫画『鉄腕アトム』の連載が開始され、1954年1月号からは他誌に追随しサイズがB5判に拡大される[2]。

昭和30年代(1955年 - )に入ると横山光輝の『鉄人28号』、堀江卓の『矢車剣之助』といった漫画の連載で弾みをつけ、さらに30年代の後半には白土三平の『サスケ』、関谷ひさしの『ストップ!にいちゃん』、藤子不二雄A(当時は藤子不二雄)の『忍者ハットリくん』といった人気漫画作品を次々と生み出し、少年雑誌No.1の地位を『少年画報』から奪い取った。また、同誌は付録にも力を入れ、別冊付録としての小冊誌(漫画,ノンフィクション小説)が何冊も付いた他、様々な小物が付録として付けられる時もあった。

このように一世を風靡した少年月刊誌のひとつであったが、昭和40年代(1965年 - )に入ると他の月刊誌同様、テレビと少年週刊誌の台頭によって売れ行きが伸び悩むようになり、1968年3月号限りで休刊を余儀なくされた。

復刻

光文社文庫から、『「少年」傑作集』として掲載作品(漫画・絵物語・口絵など)の一部を抜粋したシリーズが刊行された。作品だけでなく、本文広告なども当時のものが掲載されている。全6巻。

脚注

注釈

  1. ^ 少年探偵団シリーズの第5作であり、戦後のシリーズ再開第1作である『青銅の魔人』(1949年)から、最後の作品となった『超人ニコラ』(1962年)までが、年1作のペースで連載された。

出典

  1. ^ 中野晴行 (2020年12月1日). “戦後の少年雑誌 ニーズに応えてマンガページを増やした「少年」”. zakzak:夕刊フジ公式サイト (産経デジタル): p. 1. https://www.zakzak.co.jp/article/20201201-HDYXPI644RPWBM5O6YWZBMQUVE/ 2024年1月31日閲覧。 
  2. ^ 中野晴行 (2020年12月1日). “戦後の少年雑誌 ニーズに応えてマンガページを増やした「少年」”. zakzak:夕刊フジ公式サイト (産経デジタル): p. 2. https://www.zakzak.co.jp/article/20201201-HDYXPI644RPWBM5O6YWZBMQUVE/2/ 2024年1月31日閲覧。 

関連項目

外部リンク


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