分析・解釈
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 13:28 UTC 版)
アメリカの社会学者、フレッド・デーヴィスは、ノスタルジアの体験が生じる必要条件は「良い過去・ 悪い現在」という明らかな対称が成り立つことであるとし、「現在もしくは差し迫った状況に対するなんらかの否定的な感情を背景にして、生きられた過去を肯定的な響きでもって呼び起こす」と定義した。 さらに「ノスタルジアの体験が持続するための滋養分をどれほど過去の記憶から引き出してこようと、われわれがノスタルジアを感じるきっかけとなる要因は、やはり現在のなかに存在しているはずである」と述べ、ノスタルジアは単に過去を振り返る行為ではなく、あくまでも現在の価値観が基軸となっていることを指摘した。 またデーヴィスは、ノスタルジアが、 アイデンティティの形成、維持、再構成と深く結びついていることを強調した。ノスタルジアは、青年の依存期から成人としての独立期ヘ、独身から結婚ヘ、職業生活から退職後の生活ヘ、といった人生の転換点、すなわち非連続に対する不安に苛まれるライフサイクルの移行期に顕著に現れるという。同様に、戦争や恐慌、市民生活の擾乱、天変地異といった現象によって引き起こされた社会的な非連続と混乱によってもノスタルジアが立ち現れ、これを「集合的ノスタルジア」と呼んだ。以上のように、個人的、社会的に何らかのアイデンティティに関する非連続の危機が訪れた時、ノスタルジアはその連続を確保させるために機能する、と結論づけた(しかし、アイデンティティの視点にとらわれすぎることにより、多様な現象をすべてアイデンティティに結びつけて解釈されてしまうという批判もある)。 ノスタルジアの精神的な影響としては、ノスタルジアが「心理的なリソース」として心理的なwell-beingや精神的健康にもたらす効果があるという研究結果が各国の学術誌から発表されている。それによればノスタルジアは、自己評価の向上や、心理的脅威への対抗手段として役立ち、また人生の意味を見つけたり、将来を楽観視できる場合があるという。例えば、アメリカの社会心理学者、J・ゲバウェルとC・セディキデスによれば、「人々が悲しみや孤立感から立ち直るのに役立つが、それだけでなく、 懐かしく素晴らしい記憶は、先々に生じるひどい気分を予防するワクチンになりうる」と結論づけた。 比較文学者スヴェトラーナ・ボイム(英語版)によれば、ノスタルジアには「復興的(復旧的)ノスタルジア」と「反射的(反省的)ノスタルジア」の2つのカテゴリーがあるといい、前者は失った故郷を歴史を超えて再構築しようとするが、後者は痛みや喪失、憧れにとどまる。そして前者の「復興的ノスタルジア」は時に神話まで創り出すという(例としてナチズムや韓国の民族主義など)。またボイムによれば、「ノスタルジアは、もはや存在しない家か、存在したことのない家へのあこがれである。ノスタルジアは、喪失と転位(displacement)の感情であるが、しかしまた自身のファンタジーへのロマンスである」ともしている。 ノスタルジアとは、"甘美で取るに足らない陳腐だが、同時に無害な懐古趣味である"とし、そのうえで「良い時代」を懐かしむ無害なものだからこそ歓迎しても良いという考えと、一方で、そんな感傷にひたるのは後ろ向きであるとする批判に分かれるのが一般的である。しかしながら、ノスタルジアとは、本来はもっと複雑な歴史的背景と含意を備えた言葉であり、単なる「甘美」で「無害」な過去への憧れではなく、モダニティの矛盾を暴く公共的な「脅威」とされた歴史があったことを見逃してはならない。いわば、革命や産業革命における「進歩」が最重要な概念であるモダニティの時代にとって、大切なのは未来の改革であり、過去への内省ではなかったため、ノスタルジアは決して都合が良いものではなかったのである。 映画監督の押井守は、「あの時代にノスタルジーを感じさせるという行為自体が虚構の現代史であって、あの時代に対する清算をうやむやにするだけ。清算も終わっていないのにノスタルジーにすり替えているんですよ。僕の立場からすれば、ノスタルジアは虚構の現代史をつくる方法論に過ぎない。歴史を忘れさせるための装置「歴史の忘却装置」なんですよ」と述べ、過去の歴史的事実がノスタルジアによって隠蔽されかねない危険性を指摘した。 著述家の松岡正剛は、「ノスタルジアは指定できないものへの憧れにもとづきながらも、その指定できないものからすらはぐれた時点で世界を眺めている視線なのである」とし、また「ノスタルジアの正体は視線が辿るべき正体がないことから生じたものなのだ。したがってノスタルジアは過ぎ去ったものへの追憶ではなく、追憶することが過ぎ去ることであり、失った故郷を取り戻したい感情なのではなくて、取り戻したい故郷が失われたことをめぐる感情なのである」とも述べている。
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