背景と文脈
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/05/05 06:09 UTC 版)
「アクターネットワーク理論」の記事における「背景と文脈」の解説
ANTが誕生したのは、1980年代のパリ国立高等鉱業学校のイノベーション社会学センター(CSI)であり、そのスタッフとしてミシェル・カロンとブリュノ・ラトゥールが在籍しており、客員にジョン・ローもいた。1984年にジョン・ローとピーター・ロッジが共著で著したScience for Social Scientists(Macmillan Press Ltd.)は、知識の増加と体系化をアクターとネットワークの相互作用によって分析し解釈できることを示す初期の好例である。 当初は、科学技術における革新と知識創造のプロセスを理解する試みで始まったこのアプローチは、科学技術社会論(STS)における既存の成果や、 トーマス・ヒューズらの大規模技術システムの研究、さらには、アルジルダス・ジュリアン・グレマスの記号論、哲学者のミシェル・セール、アナール学派などといった様々なフランスの知的資源に基づいていた。 ANTはフランスのポスト構造主義、とりわけ、非基礎的で複合的な物質 - 記号論的関係への関心を反映しているように見える。ただし、他方で、ANTは、ポスト構造主義に影響された他のほとんどのアプローチよりも、英語圏の学術の伝統にはるかに深く埋め込まれていた。 ANTが主に英語圏でなされてきた科学技術社会論に根ざしていたことは、定性的で経験的なケーススタディを通した理論の展開に強いコミットメントを示していたことからもうかがえる。大規模技術システムに関する米国内の研究とのつながりは、大規模な技術開発について、政治的、組織的、法的、技術的、科学的要因を含めて平等に分析しようとする意欲に反映されていた。 「翻訳」の概念などANTの特徴をなすツールの多くは、科学技術のイノベーションをマッピングするために開発されたサイエントメトリック・ツール(共語分析)とともに、1980年代に主にCSIとその周辺で生まれた。1980年代後半のANTの「最先端」は、ラトゥールの1987年のテキストである『科学が作られているとき』に見ることができる。 1990年頃以降、ANTは科学技術社会論を超えた幅広い分野での分析ツールとして普及し始めることになった。たとえば、組織分析、情報学、健康研究、地理学、フェミニズム研究、経済学などでの展開が見られた。 とりわけ、2005年にラトゥールによるANTの初の「入門書」である『社会的なものを組み直す』が刊行されて以後は、その濃淡の差はあれども、社会科学の多くの研究はもとより、哲学や建築学、アートなどでも幅広くANTが参照されるようになった。 2007年には、タイムズ・ハイアー・エデュケーション社による人文社会科学分野の被引用回数ランキングで、ラトゥールがベスト10入りした。ANTの関連論文数も2007年の年間1,510件から2017年には年間5,520件に達するなど、ANTは21世紀における人文社会科学分野で最も大きな影響力をもつ理論のひとつになっている。
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