三菱500 A10型
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三菱自動車が乗用車生産の第一歩を歩み出した車であり、当時の通産省の「国民車構想」に呼応し製作された。 安価で本格的なコンパクトなファミリーカーを目指し、欧州での市場調査も参考にして開発、スタイルは1/5モデルを作り日本で初めての風洞試験を実施するなど三菱の技術を駆使して、1960年に世に送り出された。 合理性を追求したシンプルなデザインで当時39万円という低価格で発売された。 なお、昭和34年9月の発表会の翌日の新聞には「国民車時代の幕開く40万円を割る新車」、「初めての国民車候補完成」、「工業史に一転期」などと極めてセンセーショナルに取り上げられた。 |
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保管場所 | : | 三菱自動車工業(株)乗用車技術センター (〒444-8501 愛知県岡崎市橋目町字中新切1番地) |
製作(製造)年 | : | 1960 |
製作者(社) | : | 新三菱重工業株式会社 |
資料の種類 | : | 量産車 |
現状 | : | 展示(動態)・公開 |
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車名 / 製作 | ![]() |
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型式 / 重量 | ![]() |
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車体 / 寸法 | ![]() |
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車体 / 車軸 / 操縦 / 付属 |
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機関 / 寸法 / 出力 |
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ハイブリッド | ![]() |
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駆動系 | ![]() |
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性能 | ![]() |
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参考文献 | : | 新三菱重工技報VOL.2 No1 |
その他事項 | : | 前照灯:横並2灯式(シールドビーム);ワイパー:電動式;足ブレーキ:油圧式全輪制動;手ブレーキ:後2輪制動;比出力:42.6PS/L;最終減速:1,724×3,105;最高速度:90km/h;燃費率:30km/L(30km/h);加速性能(200m)16.7sec; |
三菱・500
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/10/27 06:42 UTC 版)
三菱・500 | |
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三菱・500(A11型)
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ボディ | |
ボディタイプ | 2ドアセダン |
パワートレイン | |
エンジン | 493 cc NE19A OHV 直2(A10型) 594 cc NE35A OHV 直2(A11型) |
変速機 | 3速MT |
車両寸法 | |
ホイールベース | 2065 mm[1] |
全長 | 3140 - 3160 mm[2] |
全幅 | 1390 mm |
全高 | 1380 mm |
車両重量 | 490 kg |
系譜 | |
後継 | 三菱・コルト600 |
コルト600(1962年)
三菱・500、コルト600は、三菱自動車工業の前身である三菱重工業(当初は新三菱重工業)が1960年から1962年まで製造していた乗用車である。
概要
新三菱重工業名古屋製作所で開発され、自動車製造に着手した三菱にとって3番目にあたる。1番目はA型リムジン(フィアット・ゼロのコピー)、2番目はヘンリーJ(カイザー・フレイザーのノックダウン)で、本車が三菱独自の初めての乗用車であった。
1955年に通商産業省が打ち出した国民車構想に対応し、新三菱重工業が初めて自社で開発した4輪乗用車。(3輪乗用車は既に製造していた)戦時中、軍用機を製造していた三菱重工名古屋製作所は、GHQにより国内の航空機の製造が禁止されたため、民需への転換を図り自動車生産を開始。ジープのノックダウン生産[3]などに続いて手掛けたのが三菱500であった。
戦時中は航空機を設計していたエンジニア達が設計にあたり、当時のヨーロッパの小型車を手本にした合理的な設計の実用的リヤエンジン車であった。
1960年に発売されたが販売は低調で、発売2年後には大幅な変更を施したコルト600[4]へと繋げたものの、これも成功には至らなかった。しかし、三菱500は三菱が乗用車事業に初めて本格的に参入し、その後の三菱自動車工業へと繋がる第一歩の車となった。
モデル別解説
三菱・500(1960年-1962年)

三菱重工業の戦後初の自社製作乗用車として、1960年4月に三菱・500を発売。ボディタイプは2ドアセダン[5]。全長3,140 mm、全幅1,390 mm、全高1,380 mm、ホイールベース2,065 mm、車両重量490 kgで燃料タンク容量20リットルであった[5]。
エンジンはソレックスキャブレター1個付のNE19型、空冷、直列2気筒OHV、排気量493 ccで、最高出力は21 PS/5,000 rpm、最大トルクは3.4 kg·m/3,800 rpm。3速マニュアルトランスミッションを介した最高速度は90 km/hであった。サスペンションは前後ともトレーリングアームとコイルスプリングの組み合わせで、タイヤサイズは5.20-12(インチ)、同年10月に三角窓付きのDXを追加した。
1961年8月には、車名は500のまま、エンジンを25馬力・594 ccのNE35A型に変更した、スーパーDXを追加した。ところが市場での人気には至らず、三菱500は短期間で製造中止となった。生産台数は1万3289台[6]
これらは、排気量はもちろんのこと、ボディサイズの面でも、現在では軽自動車の枠内となっている。
三菱・500が発売された当時、この車のイメージキャラクターとしてハナ肇とクレージーキャッツが起用されていた。
三菱コルト600(1962年-1965年)
販売不振を挽回するべく1962年にビッグマイナーチェンジを行い、車体前後と内装を変更した上、車名もコルト600としてイメージを一新。「コルト」が初めて採用されたモデルでもある。
外観はテールフィンの付いたアメリカ車イメージとし、フロントフェンダーにエッジを付ける等してそれまでの丸みをおびたスタイルから大きく変身した。
エンジンは三菱・500スーパーDXと同じ排気量594ccで、型式はNE35B型と変更になったが性能は同じであった。シフトレバーの配置はフロアからコラムになり、シフトパターンも工型だったものが、一般的なH型に変更となった。
生産台数は3年間で1万3739台[7]で、販売台数を挽回するには至らず、1965年にコルト800の発売に伴い生産を終了した。
脚注・出典
参考文献
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出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。
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- 『セピアカラーで綴る1960年代のクルマたち』-モーターマガジン社(500、600)
- 『国産車100年の軌跡』-モーターファン別冊-三栄書房(500、600)
- 『世界の自動車』-昭和35年版--朝日新聞社(500)
関連項目
外部リンク
- 三菱500 - 三菱自動車のグローバルウェブサイト内のページ
- コルト600 - 同上
- 三菱自動車ホームページ - 三菱重工名古屋製作所:三菱自動車ホームページ
種類 | 1950年代 | 1960年代 | 1970年代 | 1980年代 | |||||||||||||||||||||||||||
9 | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | |
軽セダン/ワゴン | ミニカ | ミニカ | ミニカF4/5 | ミニカ・アミ55/L | ミニカ | ミニカ | |||||||||||||||||||||||||
ミニキャブエステート | ミニキャブエステート | ||||||||||||||||||||||||||||||
コンパクト | Precis | ||||||||||||||||||||||||||||||
三菱500 | コルト600 | コルト800/1000F/1100F/11F | ミラージュ/ランサーフィオーレ('82-) | ミラージュ/ランサーフィオーレ | ミラージュ/ランサー | ||||||||||||||||||||||||||
コルト1000/1100/1200 | ランサー | ランサーEX | |||||||||||||||||||||||||||||
コルトギャラン | トレディア | ||||||||||||||||||||||||||||||
ミドル | ギャラン | ギャランΣ | ギャランΣ/エテルナΣ | ギャランΣ/エテルナΣ | |||||||||||||||||||||||||||
ラージ | デボネア | デボネアV | |||||||||||||||||||||||||||||
クライスラー318 | |||||||||||||||||||||||||||||||
ステーションワゴン/ワゴン | ミラージュ/ランサーワゴン | ||||||||||||||||||||||||||||||
マグナステーションワゴン | |||||||||||||||||||||||||||||||
シャリオ | |||||||||||||||||||||||||||||||
デリカコーチ | デリカスターワゴン | デリカスターワゴン | |||||||||||||||||||||||||||||
クーペ オープン |
ミニカスキッパー | ||||||||||||||||||||||||||||||
ギャランクーペFTO | ランサーセレステ | コルディア | |||||||||||||||||||||||||||||
スタリオン | |||||||||||||||||||||||||||||||
ギャランGTO | ギャランΛ/エテルナΛ | ギャランΛ/エテルナΛ | |||||||||||||||||||||||||||||
クライスラー・チャージャー770 | |||||||||||||||||||||||||||||||
SUV | ジープ | ||||||||||||||||||||||||||||||
パジェロ | |||||||||||||||||||||||||||||||
商用車 | 三菱360 ※ ミニカピック'69-'72 |
ミニカバン | ミニカエコノ | ミニカエコノ | ミニカ | ||||||||||||||||||||||||||
レオ | ミニキャブ | ミニキャブ | ミニキャブ | ミニキャブ | |||||||||||||||||||||||||||
コルト800/1000Fバン | ランサーバン | ミラージュ/ランサーバン | |||||||||||||||||||||||||||||
コルト1000/1100/1200バン | コルトギャランエステート | ギャランエステート | ギャランΣエステート/エテルナΣエステート | ||||||||||||||||||||||||||||
コルトトラック | フォルテ | L200 | |||||||||||||||||||||||||||||
三菱号 | デリカ | デリカ | デリカ | ||||||||||||||||||||||||||||
9 | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
三菱500
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/03 06:41 UTC 版)
「ルパン三世 sweet lost night 〜魔法のランプは悪夢の予感〜」の記事における「三菱500」の解説
お馴染みのフィアット500やメルセデス・ベンツ・SSKではなく青色の三菱500がルパン達の愛車として登場。他にもモブとしてマツダキャロル360やコニーグッピーと思われる国産旧車の軽自動車が登場している。
※この「三菱500」の解説は、「ルパン三世 sweet lost night 〜魔法のランプは悪夢の予感〜」の解説の一部です。
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