トルコ共和国の建国とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > ウィキペディア小見出し辞書 > トルコ共和国の建国の意味・解説 

トルコ共和国の建国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/16 18:43 UTC 版)

ムスタファ・ケマル・アタテュルク」の記事における「トルコ共和国の建国」の解説

1918年11月13日イスタンブールハイダルパシャ駅着いたムスタファ・ケマルは、停泊する戦勝国艦船目の当たりにした。1919年4月、シェヴケト・トゥルグート・パシャ(英語版)、ジェヴァート・パシャ、ムスタファ・フェヴズィ・パシャは秘密裏会談持ち、「三人誓約」(Üçler Misâ) と呼ばれる報告書作って国土防衛のため軍監察官区の創設決定した4月末、ムスタファ・フェヴズィは国防大臣シャーキル・パシャに報告書提出し4月30日国防省メフメト6世は、参謀総長承諾受けた決定承認した。そして、イスタンブール第1軍監察官としてムスタファ・フェヴズィ・パシャが、コンヤにユルドゥルム軍監察官(後に第2軍監察官)としてメルスィンリ・ジェマル・パシャ(英語版)が、エルズルム第9軍監察官(後に第3軍監察官)としてムスタファ・ケマル・パシャが、ルーメリ軍監察官としてヌーレッディン・パシャ派遣され第13軍団が国防省直属となる計画であった。この計画従いムスタファ・ケマル・パシャは、東部アナトリア派遣されることになった5月15日ムスタファ・ケマル・パシャは、ユルドゥズ宮殿伺候しメフメト6世との最後会見の後、5月16日貨客船バンドゥルマ」で出航し5月19日サムスン上陸した。後にトルコ共和国は、サムスン上陸の日をもってトルコ祖国解放戦争開始記念日としている。ムスタファ・ケマルアナトリア東部エルズルムスィヴァスにおいてアナトリア各地分散していた帝国軍司令官たち、旧統一と進歩委員会有力者たちを招集オスマン帝国領の不分割求め宣言をまとめ上げ、また「アナトリア権利擁護委員会」を結成して抵抗運動組織化実現する抵抗運動盛り上がり驚いた連合軍1920年3月16日首都イスタンブール占領すると、首都脱出したオスマン帝国議会議員たちは権利擁護委員会のもとに合同しアナトリア内陸部アンカラ(後のトルコ共和国首都)で大国民議会開いた。彼らは自らを議会解散させたオスマン帝国に代わって国家代表する資格を持つ政府位置付け大国民議会議長選出されムスタファ・ケマル首班とするトルコ大国民議会政府アンカラ政府)を結成したムスタファ・ケマルアンカラ政府内で自身対す反対者着々と排除して運動内での権威確立しつつ、占領反対運動をより先鋭的革命政権へとまと上げていった。また、モスクワ条約結んで政敵エンヴェル・ベイを支援していたソビエト連邦同盟国になる一方で政権内に傀儡の公式トルコ共産党トルコ語版)をつくり、共産主義者勢力伸長警戒したこの頃アンカラ政府アナトリア東部支配地域拡大する一方西方からはギリシャ軍アンカラ迫っていた。ムスタファ・ケマルは自ら軍を率いてギリシャ軍サカリヤ川戦い英語版)で撃退した。この戦いの後アンカラ政府トルコ軍反転攻勢転じ1922年9月には地中海沿岸大商都市イズミルギリシャから奪還した彼の有名な命令全軍告ぐ諸君最初目標地中海だ、前進せよ("Ordular, ilk hedefiniz Akdeniz'dir. İleri!"、この文の後の発言検閲対象となったため不明)」は、このときに発せられたものである反転攻勢成功により、アンカラ政府実力認めた連合国有利な条件休戦交渉開かせることに成功した同年10月連合国ローザンヌ講和会議アンカラ政府とともにイスタンブールオスマン帝国政府招聘したが、ムスタファ・ケマルこれを機に帝国政府廃止させて二重政府となっていたトルコ国家アンカラ政府一元化しようと図り11月1日大国民議会スルタン制廃止決議させた。「スルタンカリフ」の聖俗一致改めさせ、世俗権力である「スルタン」の地位廃し11月19日大国民議会アブデュルメジト2世象徴的なカリフ選出させた後、インドムスリムから届いた手紙を「政治行為」としてオスマン皇族全て国外退去させた。翌1923年には総選挙実施して議会多数自派固め10月29日共和制宣言して自らトルコ共和国初代大統領就任した

※この「トルコ共和国の建国」の解説は、「ムスタファ・ケマル・アタテュルク」の解説の一部です。
「トルコ共和国の建国」を含む「ムスタファ・ケマル・アタテュルク」の記事については、「ムスタファ・ケマル・アタテュルク」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「トルコ共和国の建国」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「トルコ共和国の建国」の関連用語

トルコ共和国の建国のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



トルコ共和国の建国のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaのムスタファ・ケマル・アタテュルク (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS