テンソル【tensor】
テンソル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/11/02 07:48 UTC 版)
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テンソル(英語: tensor, ドイツ語: Tensor)とは、線形的な量または線形的な幾何概念を一般化したもので、基底を選べば、多次元の配列として表現できるようなものである。しかし、テンソル自身は、特定の座標系によらないで定まる対象である。個々のテンソルについて、対応する量を記述するのに必要な配列の添字の組の数は、そのテンソルの階数とよばれる。
例えば、質量や温度などのスカラー量は階数0のテンソルだと理解される。同様にして力や運動量などのベクトル的な量は階数1のテンソルであり、力や加速度ベクトルの間の異方的な関係などをあらわす線型変換は階数2のテンソルで表される。
物理学や工学においてしばしば「テンソル」と呼ばれているものは、実際には位置や時刻を引数としテンソル量を返す関数である「テンソル場」であることに注意しなければならない。いずれにせよテンソル場の理解のためにはテンソルそのものの概念の理解が不可欠である。
いくつかのアプローチ
テンソルの定義・表示と取り扱いには、いくつかの同等な方法がある。
とくに、古典的なアプローチではテンソルは多次元の配列で、階数0のスカラーや階数1のベクトル、階数2の行列などの階数nへの一般化を与えているものと見なされる。テンソルの「成分」は配列の要素の値によって与えられることになる。この考えはテンソル場として一般化され、テンソルの成分として関数やその微分が取り扱われるようになる。
テンソルとよばれるためには配列は基準にしている座標系がかわるときには一定の変換を受けなければならない。この変換はベクトルの要素に対する関係を一般化したものであり、ベクトルの場合と同様に表している量が本質的には表示のための座標系の選択によらないものであることを示している。
物理学における通常のテンソルの定義の仕方は、特定の規則に従って成分が変換されるような対象という言い方を用いるもので、共変変換と反変変換の概念がもちいられる。
現代的な(成分を使わない)アプローチではテンソルはまず抽象的に多重線形性の概念にもとづく数学的対象として定義される。よく知られているような諸性質が線型写像としての(あるいはもっと一般的な部分についての)定義から導かれる。テンソルの操作規則は線形代数から多重線形代数への拡張の中で自然に現れる。
数学における普通のやり方[要出典]では、ある種のベクトル空間を用いて、必要なときに基底を考えるまでは特に座標系を指定しないようにされる。例えば共変ベクトルは一次微分形式として説明できるし、あるいは反変ベクトル空間の双対空間の元として説明することもできる。
現代流の成分によらないベクトルの概念によって、成分表示にもとづく伝統的な取り扱いが置き換えられるように、この取り扱いは成分にもとづく取り扱いをより高度な考え方によって置き換えることを目的としている。
物理学者や技術者たちは恣意的に選択可能な座標系に左右されない概念としてのベクトルやテンソルの重要性を認識した。同様に、数学者たちは座標表示で導くのがより簡単であるテンソルの関係もあることを見いだしている。
数学的定義
多重線型写像としての取り扱い
テンソルを多次元配列として定義するやり方では、内在的な幾何学的対象であることから期待されるべき性質である基底の取り方に依らないことが、定義から明らかでないという欠点がある。テンソルの変換法則が実際に基底の取り方に依らないことは証明できることではあるが、しばしばより内在的な定義が取り上げられる。その一つが、テンソルを多重線型写像として定義することである[1]。これによれば、(p, q)-型テンソル T は函数
応力エネルギーテンソル テンソルは添字の組に対して対応する成分の値を与えるような関数によって表されていると考えることができる。それぞれの添字について何通りの自由度があるかという数は次元とよばれることがある。例えば階数3で次元2、5、7のテンソルを考えることにすると、添字の組は<1, 1, 1> から <2, 5, 7>まで動き、70通りの添字の組があることになる。
テンソル場は多様体の各点にテンソルを与えたものである。従って次元が <2, 5, 7> のベクトル場を考えるときは、上の例のようにして単に70個の値を考える代わりに空間内のそれぞれの点が70個の値を付与されることになる。言い方を変えれば、問題にしている空間を定義域としてテンソルに値を持つ関数を考えることになる。
線形でないような関係もあるが、たいていの関係は微分可能性を満たしており、局所的には多重線形写像を足しあわせたもので近似できる。従って物体の解析に際してたいていの量はテンソルとして表示すると取り扱いが便利になる。
簡単な例として、水の上の船を考えることにする。目標は力が与えられたときの船の反応を記述することである。力はベクトルで表され、船の反応は速度の変化(加速度)ベクトルとして現れる。船の形状による影響から一般には加速度の方向は力の方向とは異なったものになる。しかし、古典力学的には力と加速度の関係は一次変換で表されることがわかる。そのような関係は (1,1) 型のテンソルで説明される(つまり、このテンソルによってベクトルが別のベクトルに変換される)。テンソルは行列として表示することもでき、この行列をベクトルにかけることで線型変換が表現される。座標系の取り替えによってベクトルを表示する成分が変化するように、テンソルを表現する行列の成分も座標系の変換に応じて変化する。
工学では剛体や流体内の応力がテンソルによって説明される。実際のところ「テンソル」という言葉はラテン語の「延びる物」、つまり応力を発生するもの、という意味の言葉からきている。物体内の特定の面要素に特に注目して考えれば、面の一方の側にある物質が反対側に対して力をおよぼしていると考えられる。一般にはこの力は面に垂直な向きに働いてはおらず、面の向きに線形的に依存して決まるとしかいえない。したがってこれは(2,0)型のテンソル(正確に言えば、応力は位置によってかわるので、(2,0)型のテンソル場)によって記述される。
幾何におけるテンソルでは二次形式や曲率テンソルが有名である。物理学におけるテンソルにはエネルギー・運動量テンソル、慣性能率テンソルや極分解テンソルがある。
幾何学的な量や物理学的な量はその記述について内在的な自由度を考えることによって分類できる。圧力、質量、温度などのスカラー量はただ一つの数によって指定できる。力のようなベクトル量を表示するためには数のリストを用いる必要があるし、二次形式のような量は複数の添字系によって並べられる数の配列を用いて表示される。これらの量はテンソルとして考えなければとらえることができない。
実際のところテンソルの概念はとても一般的なものであり、上の例全てに当てはまっている。つまり、スカラーやベクトルはテンソルの特別なものと見なすことができる。スカラーをベクトルと区別し、これら二つをより一般のテンソルから区別しているのは、その要素の表現にもちいられる配列の添字の組の数である。この数はテンソルの階数(または位数)とよばれる。したがってスカラーは階数 0(添字は必要ない)のテンソルであり、ベクトルは階数 1 のテンソルだということになる。
テンソルの別の例は一般相対性理論におけるリーマン曲率テンソルであり、次元<4, 4, 4, 4>(空間3次元と時間1次元で合わせて4次元)の4階テンソルとして表現される。これは256( = 4 × 4 × 4 × 4)の成分を持っているが、実際に独立な要素の数は20であり、表記を大きく単純化することができる[4]。
一般化
ベクトル空間のテンソル積
必ずしも同じベクトル空間でなくともテンソル積をとることができて、そのようなより一般のテンソル積の元のことも「テンソル」と呼ぶことがある。たとえばテンソル積空間 V ⊗ W の元はこのようなより一般の意味における二階「テンソル」であり[5]、同様に d-階テンソルを d 個の異なるベクトル空間のテンソル積の元として定義できる[6]。通常の (n, m)-型テンソルは、このより一般の意味でも (n + m)-階テンソルになっている。
無限次元テンソル
テンソルの概念は様々な仕方で(台となる空間が)無限次元の場合に対して一般化することができる。例えばそのひとつは、ヒルベルト空間に対するテンソル積を通じて定義すること[7] である。また非線型解析においてよく用いられるテンソルの概念の一般化として、有限次元空間とその代数的双対上の多重線型写像を考える代わりに、無限次元バナッハ空間とその連続的双対上の多重線型写像で置き換えたものが考えられる[8]。このようなテンソルは自然にバナッハ多様体上にあると考えられる[9]。
テンソル密度
テンソル場が密度を持っている状況を考えることもできる。密度 r を持つテンソルは、座標変換に関して通常のテンソルのような振る舞いにさらに変換関数のヤコビアンの判別式の r 乗がかけられる。この状況はベクトル束を考えることによって説明できる。接束の判別式束は直線束だが、これの r 乗を他のベクトル束にテンソル積することでねじりを表現できる。
脚注
- ^ For instance, John Lee (2000), Introduction to smooth manifolds, Springer, p. 173, ISBN 0-387-95495-3
- ^ Hazewinkel, Michiel, ed. (2001), “Affine tensor”, Encyclopedia of Mathematics, Springer, ISBN 978-1-55608-010-4
- ^ Abraham Pais, Subtle is the Lord: The Science and the Life of Albert Einstein
- ^ P.A.M.Dirac 著、江沢洋 訳「11.曲率テンソル」『一般相対性理論』筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、2005年(原著1975年)。ISBN 4-480-08950-0。
- ^ M. D. Maia (2011). Geometry of the Fundamental Interactions: On Riemann's Legacy to High Energy Physics and Cosmology. Springer Science & Business Media. p. 48. ISBN 978-1-4419-8273-5
- ^ Leslie Hogben, ed (2013). Handbook of Linear Algebra, Second Edition (2nd ed.). CRC Press. p. "15-7". ISBN 978-1-4665-0729-6
- ^ Segal, I. E. (January 1956). “Tensor Algebras Over Hilbert Spaces. I”. Transactions of the American Mathematical Society (American Mathematical Society) 81 (1): 106-134. doi:10.2307/1992855. JSTOR 1992855.
- ^ Abraham, Ralph; Marsden, Jerrold E.; Ratiu, Tudor S. (February 1988) [First Edition 1983]. “Chapter 5 Tensors”. Manifolds, Tensor Analysis and Applications. Applied Mathematical Sciences, v. 75. 75 (2nd ed.). New York: Springer-Verlag. pp. 338–339. ISBN 0-387-96790-7. OCLC 18562688. "Elements of Trs are called tensors on E, [...]."
- ^ Lang, Serge (1972). Differential manifolds. Reading, Massachusetts: Addison-Wesley Pub. Co.. ISBN 0201041669
関連項目
- 抽象添字記法
- アインシュタインの縮約記法
- 計量テンソル
- フォークト記法
- マンデル記法
- ベクトルの共変性と反変性
- ベクトル束
- ベクトル場
- 微分形式
- テンソル場
- テンソル積
- テンソル分解
- 等方テンソル
- 共変微分
- 曲率
- リーマン幾何学
- テンゾル學會 (Tensor Society in Japan) - 1937年設立された戦時日本におけるテンソル研究の学会。河口商次が主宰[1]。穂刈四三二も参照。
外部リンク
- 登坂宣好「テンソル代数・テンソル解析 −連続体力学の数理的基礎−」
- 「テンソル」『日本大百科全書(ニッポニカ)』 。コトバンクより2021年3月21日閲覧。
- 『テンソルとは何か Part.1』 - 高校数学の美しい物語
- 『テンソルとは何か Part.2』 - 高校数学の美しい物語
- ^ 木村洋「占領期の日本数学界」(PDF)『津田塾大学数学・計算機科学研究所報』第36号、2014年、284-296頁、NAID 40020413380。
テンソル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/08/04 02:59 UTC 版)
「ペンローズのグラフ記法」の記事における「テンソル」の解説
テンソル代数の言葉では、特定のテンソルは特定の形に関連付けられており、各々のテンソルの抽象上下添字に対応して、多くの線が上下に延びている。2つの形を結ぶ線は添字の縮約に対応する。この表記の1つの利点は、新たな添字に新たな文字を作る必要がないことである。また、明示的に基底に無依存である。
※この「テンソル」の解説は、「ペンローズのグラフ記法」の解説の一部です。
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テンソルと同じ種類の言葉
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