こう‐せん〔カウ‐〕【交戦】
こう‐せん〔カウ‐〕【交線】
こう‐せん〔クワウ‐〕【光線】
こう‐せん【公船】
こう‐せん【公×賤】
こう‐せん【公選】
こう‐せん【功銭】
こうせん【勾践】
読み方:こうせん
[?〜前465]中国、春秋時代の越の王。会稽山(かいけいざん)の戦いで呉王夫差(ふさ)に敗れたが、復讐を誓い、忠臣范蠡(はんれい)と備えること20年、ついに呉を滅ぼした。→会稽(かいけい)の恥 →臥薪嘗胆(がしんしょうたん)
こう‐せん【口栓】
こう‐せん【口銭】
こう‐せん〔カウ‐〕【好戦】
こう‐せん【工専】
こう‐せん【工船】
こう‐せん【工銭】
こう‐せん〔クワウ‐〕【広宣】
こう‐せん【後先】
こう‐せん〔カウ‐〕【抗戦】
こう‐せん【攻戦】
こう‐せん【洪繊】
こう‐せん〔カウ‐〕【×腔線/×腔×綫】
こう‐せん【講銭】
こう‐せん〔クワウ‐〕【鉱泉】
こう‐せん〔カウ‐〕【鋼線】
こう‐せん〔カウ‐〕【鋼船】
こう‐せん〔カウ‐〕【香煎】
読み方:こうせん
1 麦焦がしの別名。
2 焦がしに紫蘇(しそ)と山椒(さんしょう)の実、陳皮(ちんぴ)などの粉末を加えたもの。湯を注いで飲む。
3 茶会の待合や祝儀の席でお茶代わりにする、紫蘇や山椒の実、陳皮の粉末、もち米で作る小さいあられなどのこと。単独または混ぜて、湯を注いで出す。
こう‐せん〔カウ‐〕【香×饌】
読み方:こうせん
「施物(せもつ)」に同じ。
こう‐せん〔カウ‐〕【高専】
こう‐せん〔クワウ‐〕【黄泉】
こう‐せん〔クワウ‐〕【黄筌】
広川
侯選
コウセン |
(?~?) |
|
『三国志演義』の印象から西涼人のイメージが強いが、実は河東の人である。 興平年間(一九四~一九六)に関中で動乱が起こったとき、程銀・李堪らとともにおのおの千家余りの部落を領した《張魯伝》。建安十六年(二一一)、司隷校尉鍾繇が漢中の張魯を攻めようとしたとき、その矛先が自分たちに向けられることを恐れ、馬超・韓遂・楊秋・李堪・成宜らとともに挙兵した《武帝紀・馬超伝》。馬超が敗走すると、侯選は程銀とともに漢中に逃げ込んだ。漢中が打ち破られると、侯選らは曹操に降参し、みな本来の官爵に復帰した《張魯伝》。 【参照】韓遂 / 鍾繇 / 成宜 / 曹操 / 張魯 / 程銀 / 馬超 / 楊秋 / 李堪 / 河東郡 / 漢中郡 / 関中 / 司隷校尉 |
- コウセンのページへのリンク