DNA捜査の現況
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/05 08:45 UTC 版)
最高裁の司法研修所により、「科学的証拠は客観的・中立的で極めて安定性が高い」とされ、捜査への積極活用を促されている。ただし、「正しい判断をするためには、限界を理解することが不可欠で、過信・過大評価してはならない」とされる。DNA型鑑定含む科学的証拠は、多くが争点判断のごく一部を示す情況証拠に過ぎず、科学的証拠から直接的にどのような事実が認定でき、その事実にその他の事実を加えることで、どのような事実が推認できるか、という分析的思考が必要となるのである。例えば、現場に容疑者のDNA型を含む体組織が残されていることはDNA型鑑定によって直接的に認定できるが、更にそこから容疑者が犯人であると言えるかどうかは、別の検討が必要となる(被害者の知人などの場合、犯罪以外の機会に現場にDNAを残してしまう可能性がありうる)。 日本では血液型や指紋と異なり、データベース化は2004年に始まったばかりである。登録数は、2013年1月時点で34万件を超えたが、犯罪捜査などにおいて、現場資料のみからデータベースと照合するだけで個人を特定するには、比較の標本の数が少ない状態である。そのため、裁判の証拠としてというよりは、捜査段階での容疑者の絞り込みや死体の身元確認の目的で鑑定が行われることが多い。 現時点では、同時に比較すべき対照試料のDNA型を検査し、両方の試料間の一致・不一致の判定が可能であるにすぎない。それでも科学捜査の場で有用であることに違いはなく、後述するようにいくつもの事件で証拠として採用され、事件を解決に導いている。下記の2005年の強盗致傷事件では犯行現場の原標本として、2008年のひったくり未遂事件においては比較標本として、それぞれ容疑者が捨てた煙草の吸殻を採取して使用している。 頭髪からDNA型の検査ができるという一般認識には若干の誤解がある。頭髪はDNAが発現したタンパク質であり、これを逆に遡及して遺伝情報を求めるのは現在の技術では困難だからである。毛幹部には、通常は核DNAは含まれていないため、毛根部分に頭皮組織の一部(毛根鞘)が付着していた場合に限って検査が可能となる。ただし、ミトコンドリアDNAに限っては毛幹部からも検出されることが多く、ごく一部の例で個人識別に使用されることがある。 裁判における判定技術の信憑性を問う論争は、この技術が登場した段階と、それ以降の技術水準の差を問うものであり、現在、DNA型鑑定は極めて信頼性が高い判定手段として認められている。信頼性そのものというより、同一人物と絞り込む際に出せる確率的な数値(精度)の違いが問題となっているのである。ごく初期には数百人に一人同一のパターンが認められる程度だったとされるが、現在ではその精度は飛躍的に向上し、前述のとおり、同一パターンが出現する確率は4兆7000億人に1人といわれる。 しかし、「精度が何兆分の一」などという主張は実証に基づいたものではなく、単に複数のパターンの出現率を掛け算して算出しただけのものである。掛け算で算出するためには確率論的独立性が成立する必要があるが、成立するかどうかの検証は行われていない。なお、Y染色体における各STR多型は確率論的な独立性がないとされるため、常染色体STRの様な掛け算で出現頻度を算出することはできない。 また、DNA鑑定の精度自体が高くなったとしても、鑑定一般に内在する採取ミス、試料の取違えなどのヒューマンエラーの可能性から逃れられるわけではない。有名な例として、2007年以降、ヨーロッパでDNA採取に使う綿棒に、綿棒を作成した工場労働者のDNAが付着。これに気付かないまま捜査当局が複数の重大事件でこのDNAを検出し、2年にわたって当該DNAの持ち主を捜査し続けるという(ハイルブロンの怪人参照)お粗末な事態も発生している。また、日本でも2010年に神奈川県警察の科捜研で鑑定試料の取違えが発覚し、別人の男性に逮捕状が出される事態となっている。 核酸はタンパク質と異なり化学的に安定した物質であるので、サンプルが残っていれば平温で長期間放置されていても再鑑定は十分可能である。州によって殺人事件に公訴時効のないアメリカ合衆国では、30年以上前の未解決事件の捜査で、残っていた証拠へのDNA型鑑定を行い、真犯人が検挙されて有罪に持ち込まれた事例と、逆に死刑判決を受けた受刑者の無実が証明された事例がそれぞれ複数出ている。司法当局にとっては再鑑定は常に自らの誤りを証明する恐れがあるため消極的傾向が見られる。
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