環ADと環BCのカップリング
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/01 03:27 UTC 版)
「ビタミンB12全合成」の記事における「環ADと環BCのカップリング」の解説
西側の環AD(臭素とシアンの化合物37)と東側の環BC(プロピオン酸エステルが結合する不斉炭素原子に関してラセミ体になっているチオデキストロリン55)はカリウム tert-ブトキシドと反応させることで硫黄イオン中間体を経てスルフィド(チオエーテル)56となり、両者は結合する。 このチオエーテルには環BC内の二重結合の位置の違いによって3つの互変異性体があり、56(I型)がそのまま反応して次の過程に進むことはない。I型は容易に安定なII型に変化し、それ以上反応が進まなくなる。そしてI型と平衡状態にあるIII型もIII型のみを反応させた場合収率90%と非常に効率よくできるのだが、こちらもI型ほどではないもののII型に変性しやすいので、37と55からコリゲノリドを合成する際の収率でみると40%程度にしかならなかった。結果的に、エッシェンモーザーがI型をメチル水銀誘導体に変換しておくことで三フッ化ホウ素/トリフェニルリン/ベンゼン法でコリゲノリドに直接変換できることを発見した。 次に4.5当量のシアノエチルホスフィン(トリβ-シアノエチルリン)、5.3当量のトリフルオロ酢酸およびスルホランないしはニトロメタンの存在下、60°Cで20時間加熱すると硫黄縮合(英語版)が起こりシアノコリゲノリド57ができる。1968年夏の段階でここまで到達していた。このとき環Cのプロピオン酸エステル部分が結合する不斉炭素もラセミ体となっている。反応物の立体障害のため、合成はこの方法でしか進行しない。 ウッドワードはコリゲノリドを3Nメタノール性塩化水素中に16時間放置し、インコリゲン酸メチルエステルを合成した。しかしコバルトを導入するとそれが触媒となってエステルが分解されるので、この化合物に直接コバルトを導入して合成を進めるのは不可能だった。しかし、トリエチルオキソニウム四フッ化ホウ素塩(英語版)を作用させて得られるO-メチルコリゲノリドはラクトン環が開環したエキソ環状体と平衡をなしていることがわかった(ただし平衡は大きくラクトンよりに偏っている)ので、大過剰の塩基を加えカルボン酸イオンが安定に存在できるようにした上で、大過剰のジアゾメタンを加えてO-メチルコリゲン酸メチルエステルに変換した。これはテトラヒドロフラン中で塩化コバルトないしはヨウ化コバルトを用いて容易にコバルト錯体に変換できる。つまり、O-メチルコリゲノリドをテトラヒドロフラン中でコバルト塩で処理し、ついで空気およびシアンイオンで処理し、さらにジアゾメタンで処理すると、O-メチルコリゲン酸メチルエステルが合成できる。しかしここからコバル酸を合成することはできなかった。 一方エッシェンモーザーは化合物57に五硫化二リンおよび4-メチルピリジン(γ-ピコリン)を反応させ、ラクタムおよびラクトンの酸素原子を硫黄に置換してジチオシアノコリゲノリド58が生成することを発見した(同様のものが別にケンブリッジ大学でも合成されていた)。これにメチルイソプロポキシ水銀およびトリメチルオキソニウム・フッ化ホウ素との反応でS-メチルジチオコリゲノリド59ができる。これにジメチルアミンが付加してメチル基から硫黄陰イオンが取り除かれ、チオラクトン(英語版)環を含み、環外に二重結合を持つアルケン60となる。このとき塩化コバルトまたはヨウ化コバルトによってコバルトが容易に導入される。この化合物はテンプレート合成(英語版)時にコバルトへの付加物(英語版)から単離された。 また、エッシェンモーザーの手法では、化合物58をメタノール溶液中、カリウム tert-ブトキシドの存在下で脱離的開裂させ、生成したアニオンをジアゾメタンでエステル化する。このエステル(チオコリゲン酸メチルエステル)から亜鉛誘導体を合成する。ここで過酸化ベンゾイルを反応させると環Aの硫黄原子と環Bの炭素原子の間に結合が生じ、スルフィドを含む大員環が完成する。その後硫黄が脱離し、炭素同士が結合する。実際、亜鉛のない化合物からでもジメチルホルミアミド中で、トリフルオロ酢酸とトリフェニルホスフィンで処理すると同様の反応が起き、亜鉛を導入してから塩化亜鉛錯体として単離することができる。また、ジチオコリゲノリド58にジメチルアミンのメタノール溶液を作用させると、チオコリゲン酸アミドオクタメチルエステルになる。これに亜鉛を導入して錯体とした後にヨウ素のメタノール溶液で酸化し、トリフルオロ酢酸とトリフェニルホスフィンで処理した後再び亜鉛を導入すると、亜鉛錯体が生成する。この手法のここまでの収率は50%を超えている。この亜鉛錯体から酸処理によって亜鉛を除き、塩化コバルトのテトロヒドロフラン溶液によってコバルトを導入すると60ができる。その後、60に塩基触媒環化法を適用し、ビスノルコバリン酸アミドオクタメチルエステル(化合物61)が70%以上の収率で生成することが確認された。1970年の時点で、(S)-ビスノルコバリン酸ヘプタメチルエステル(61)まで合成が進んでいた。 ビタミンB12の環ADと環BCの合成化合物60から化合物61への環化反応は中心のコバルトイオンが触媒となって進む(ジアザビシクロノネンおよびジメチルアセトアミドの存在下で近接する炭素原子間が結合し、塩基条件下で進行する別のタイプの硫黄引き抜き反応が進行して61が生成する)。化合物61はビスノルコバリン酸abdegペンタメチルエステルcジメチルアミドfニトリルと命名されている。この反応でも環Cのプロピオン酸エステルが結合する不斉炭素に関して、ラセミ体となって生成する。これはヨウ素の酢酸溶液により酸化されてラクトン62で環Bの炭素に結合するプロピオン酸エステルが正しい立体配置に戻る。 最後の難関は5番目と15番目の炭素にメチル基を結合させることである。このとき、10番目の炭素は大きな置換基で十分に遮蔽されており、攻撃されることはない。クロロメチルベンジルエーテルが反応し、ジ(クロロメチル)付加体ができる。これがチオフェノールによってさらにジチオフェニル化合物63に変換される。この化合物を単離するためには薄層クロマトグラフィーを行うことが必要である。ラネー合金により硫黄が脱離し、ラクトン環が還元反応に開環することでカルボン酸が生成し、これがジアゾメタンと反応してエステル64に変換される。これは当初低収率の反応だったが、ケンブリッジ大学で。この段階で混ざっている化合物64の異性体の数がHPLCによって減り、環Cの13番目の炭素での立体配置が反転している2種類のみとなる(この段階ではラセミ体である)。これが化合物65である。化合物65に含まれる異性体は、プロピオン酸エステル基が紙面の奥側に出ているコバル酸abdegヘキサメチルエステルfニトリルと、手前に出ているネオコバル酸abdegヘキサメチルエステルfニトリルである。ただし両者はこの先の反応を進め、シアノ基をアミドに置換した後でも両者の間で平衡状態になることから、この段階での分離には意味がない。 ビタミンB12の環ADと環BCを合成した後の反応化合物65は硫酸によりシアノ基がアミド基に変換され、化合物66になる。これにより13番目の炭素について立体配置が反転している光学異性体の量の比のバランスが72:28に崩れ、光学分割が可能になる。求める異性体67は生成量の少ない方である。これはHPLCで分離できる。 しかしここから通常のように亜硝酸や亜硝酸アミドを用いて反応させようとすると10位の炭素だけが急速にニトロソ化され、合成を進めることができなくなる。エッシェンモーザーはクロロアセトアルデヒドとテトラフルオロホウ酸銀(I) から得られるシクロヘキシルニトロンによりアミド基がカルボキシ基に変換され、化合物68が得られることを発見した。またケンブリッジ大学のエルマー・コンツは酢酸ナトリウムの存在下、0°Cで1時間四塩化炭素中で四酸化二窒素を用い、収率70-80%でこのアミドを酸に変換できることを示した。 最後に、液体アンモニアとエチレングリコールを75°Cで30時間反応させてコバル酸の合成を完成させようとしたが、実際にできたのはプソイドコバル酸(デヒドロコバル酸)であった(アミドの一つが近くの炭素と結合して環になっている)。これが生成したのは中のコバルト原子が3価から1価に還元され、それに伴って水素が引き抜かれたためと考えられている。プソイドコバル酸をコバル酸に変換することはできなかったが、もともとのコバル酸エステルにアンモニアおよび塩化アンモニウムを加えることで6つのエステルが全てアミド基に変換され、コバル酸69を合成することができた。 コバル酸の完成
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