犬婿
『今昔物語集』巻31-15 京の某所に住む娘が、大きな白犬にさらわれ、北山の柴の庵で、その犬と夫婦生活をして年月を送っていた。このことを知った大勢の男たちが、犬を殺して女を救い出そうと、弓や刀を持って出かける。しかし犬は女とともに、山奥深くへ姿を隠してしまった。
『唐物語』27 都の人の娘と、その乳母子(めのとご)である娘が、深山の庵に住んでいた。乳母子の娘は、どこからかやって来た1匹の犬をたいへん可愛がった。懐に抱いていたりするうちに、乳母子の娘の心はあやしく乱れ、とうとう犬と交わってしまう。主人である娘がこのありさまを見、自分もその犬を呼び入れて交わる。この犬の名は「雪々」といった〔*犬の名を「雪山」とする伝本もある〕。
『素戔嗚尊』(芥川龍之介) 高天原を追放された素戔嗚(すさのを)は、山の洞穴で、大気都姫(おほけつひめ)や彼女の16人の妹たちとともに、歓楽の日々を送る。そのうち女たちは、どこからか連れて来た大きな黒犬と交わるようになる。素戔嗚は怒り、太刀を抜いて黒犬を殺そうとする。しかし犬は逃げ、太刀は大気都姫の胸を刺してしまった〔*この後、素戔嗚は出雲国へ向かい、櫛名田姫と出会う〕。
『アイヌの起こり』(アイヌの昔話) 昔、はるか南の国から、女神が小舟にゆられて日高海岸に漂着した。1匹の雄犬が現れ、女神を洞穴へ連れて行く。女神は雄犬を夫として、男児1人・女児1人を産んだ。男児と女児は成人して夫婦になり、たくさんの子を産んだ。こうして北海道にアイヌが栄えることとなったのである。
『捜神記』巻14-2(通巻341話) 高辛氏の王が、「夷狄の将軍の首を取った者には姫を与える」と、約束する。飼い犬の盤瓠(ばんこ)が敵将の首を取って来たので、やむをえず王は姫を与える。盤瓠と姫は山に入って暮らし、6男6女ができる。
龍犬盤瓠(ばんこ)王となる(中国・ヤオ族の神話) 高辛王に3人の王女があり、王宮にまだらの龍犬が飼われていた。番王が攻め込んで来たので、高辛王は「番王を滅ぼした者に、王女の1人を嫁がせる」と告示する。龍犬が番王の首をとり、王女を要求する。長女・次女は拒絶し、三女が龍犬の妻になる。龍犬は人間に変身して(*→〔禁忌〕8a)南京十宝殿の盤瓠王となり、妻との間に6男6女をもうけた。これがヤオ族の始祖である。
『南総里見八犬伝』 八房の体毛は白に黒が混じり、首から尾まで8ヵ所の斑毛(ぶち)になっていた。八房は伏姫を背負って富山に入り、伏姫は八房の気を受けて懐胎した。伏姫の死後(*→〔性交〕8)、1年~17年を経て、相次いで8人の犬士が誕生したが、彼らの身体には1つずつ、牡丹花型の黒い痣(あざ)があった〔*→〔蛇婿〕5の『平家物語』巻8「緒環」の、蛇の子であるしるしが身体に残る物語と類似した発想〕。
★4a.人間の男が、犬婿を殺す。
『犬婿入り』(昔話) 分限者の娘が犬を婿として、山奥で暮らす。娘は毎日、犬の首に金をつけ、犬は里に下りて米を買って来る。ある日、鉄砲撃ちが犬を殺し、山奥へ入って娘の夫になる。2人の間には子供が7人できる。何年もたってから、夫が「実は、わしが犬を殺した」と打ち明ける。娘は怒り、夫を包丁で突き殺して犬の仇を討つ。だから「7人の子をなすとも、女に気を許すな」と言う(兵庫県美方郡温泉町海上)。
★4b.犬婿が、人間の男を殺す。
『聊斎志異』巻1-19「犬姦」 商用で、他郷へ長期間出かける夫がいた。夫の留守中、妻は飼い犬を手なづけて交わった。ある日、夫が帰って来て妻と寝たところ、犬は夫を噛み殺してしまった。犬と妻は捕らえられ、遠方の役所へ護送される。道中の宿泊地では、いつも数百人が犬と女の交合を見物した。護送の役人は、料金を取って大儲けした。犬と女は、寸磔(=1寸刻みにする刑)に処されて死んだ。
『高岳親王航海記』(澁澤龍彦)「蜜人」 昔、ベンガル湾に臨むアラカン国に好色淫靡の風がはびこり、貴族の女たちは、犬と交わることを一種の高級な消閑と見なした。その結果、犬頭人身の男たちが続々と誕生し、全人口の5分の1に達する。国王はこれを憂え、犬どもを殺すとともに、犬頭の男たちの性器に鈴を装着して生殖活動を妨げ、犬頭人の根絶をはかった。
*伏姫が水に姿を映すと、犬頭人身だった→〔犬〕8aの『南総里見八犬伝』第2輯巻之1第12回。
『幽明録』22「老犬の妖怪」 晋の秘書監・温敬林が、死んで1年たってから、妻の所へ帰って来た。妻は再び敬林と夫婦生活を始め、一緒に寝た。敬林は若い人とは会いたがらず、甥が来た時には、小窓から顔を出して会った。後に敬林は酔いつぶれて、正体をあらわした。それは隣家の黄色い老犬だったので、叩き殺した。
★7.狗国。
『和漢三才図会』巻第14・外夷人物「狗国」 明代の百科全書『三才図会』によれば、狗国の人は身体は人間で首は狗(いぬ)、長毛で着物は着ず、言語は犬の吠え声のようである。彼らの妻はみな人間で漢語を話し、貂鼠皮(てんのかわ)を身につけている。狗国の人は穴居して生ものを食べるが、妻女は煮熟したものを食べる→〔逃走〕1。
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