欠陥と事故
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/23 18:23 UTC 版)
「メルセデス・ベンツ・CLR」の記事における「欠陥と事故」の解説
(サーキット内のコーナー・ストレート名などはサルト・サーキットを参照) ル・マンに持ち込まれたCLRは、その強烈な印象と洗練されたスタイルにより優勝候補の一角として期待されることとなった。しかし、予備予選ではサスペンションが破損するアクシデントが起こり、予選2日目にはマーク・ウェバーが搭乗する4号車がミュルサンヌとインディアナポリスの間で突如フロントから浮き上がり離陸するという事故が起こる。離陸し宙に舞い上がった4号車は後向きに回転しながら後部からアスファルト路面に叩きつけられた。幸いにもウェバーは無事だったが、CLRは信頼性に疑問を持たれることとなった。 CLRは修復され、決勝日朝のウォームアップに臨んだ。しかしダウンフォースを増すよう改良を施したにも関わらず[要出典]、またも4号車がミュルサンヌ手前で舞い上がった。回転しながら屋根から仰向けに路面に叩き付けられたマシンは大破し、修復不可能となった。この二度目の事故でウェバーは膝を負傷、そのまま決勝出走を断念することとなった。それでもメルセデスは残る2台を決勝に出走させることを決め、フロントに更なる離陸対策として左右に2枚のカナードを装備した。しかし、付け焼刃の対策で解消できる問題ではなかったことを実証する三度目のアクシデントがメルセデスチームを襲ってしまう。 決勝レースの76周目、ユノディエールと並んでコースの中でも最高速が出るエリアでもあるインディアナポリスのコーナー手前の直線区間で、トヨタのTS020を追っていた3位走行中の5号車が、4号車と同じように舞い上がり、空中で回転しながらコース脇の林に落下した。5号車の事故現場は緩やかな凸形状をしており、その坂頂点を越えたあたりで、通常は車体上部を通過しダウンフォースを生み出すはずの気流が一気に車体底部へ流れ込んだため起こった。これには、すぐ前を走っていたTS020のスリップストリーム、もしくは乱気流の影響が少なからずあったとみられる。現場付近にはコースを跨ぐ形で設置されていたブリヂストンの看板のポールが建っていたが、これに衝突せずに済んだこと、また落下地点が林を伐採した跡だったため立ち木に衝突せずに済んだこと、さらに仰向けに落下しなかったことは不幸中の幸いだった。この事故直後にメルセデスは残る6号車を呼び戻し、レースを棄権した。なお、ドライバーのピーター・ダンブレックは軽傷を負ったのみだった。 そしてこの後、メルセデスのチーム監督ノルベルト・ハウグは予選、フリー走行、そして決勝の事故によって大方の原因は見当がついていたため、決勝レースへの出走を強行したことに対して各方面から批判の矢面に立たされる。 この事故の様子はTV中継などを介して世界中に配信され、大きな衝撃を与えた。この事故は、市販車であるAクラスやMクラス、Sクラス、Eクラス、及びモチーフになったCLクラスにおける欠陥や品質の問題と並んで、メルセデスのブランドイメージの低下に拍車をかけた。また、FIAは事故調査の結果、原因は複合的なものであるという結論を出したが、マシンの設計に根本的な問題があることは明らかであった。また、このときテレビ朝日の中継で解説を務めたカーデザイナーの由良拓也は、レース中にメルセデスCLRが異常なピッチング(小刻みな上下振動)を見せることを指摘していた。 メルセデスCLRはトップスピードを重視して、空気抵抗を減らすため極限まで低められたボディを持つが、そのため十分なサスペンションストロークが取れなかった上に、前後のオーバーハングが極端に長かったためにフロントのダウンフォースが大きめになっていた。これに対応するためフロントサスは固く設定され、一方のリアはトラクション確保のために柔らかく設定されていたことからピッチングが起きやすくなっており、数度程度鼻先が持ち上がった状態から一気に離陸してしまった。 また、最初のアクシデントが発生した後からベルント・シュナイダーがフロント側のダウンフォース不足から来る乗り心地やコントロール性の悪さを指摘していた他、その後からドライバーが続々フロントのダウンフォース不足を指摘していた。さらにレース中外部から見てもわかる程の激しいピッチングからポーポイズ現象を起こし、その上マシンのスリップストリームに入ったためにマシンのフロント側のダウンフォースが急激に減少、さらにリアウイングによる車体後部に掛かったダウンフォースによってバランスが崩れ(二度目のアクシデントはブレーキングによるマシンの挙動不安定という要素もあった)、ノーズ部分が持ち上がったマシン下部に大量の空気が押し込まれたために発生したということが、事故後にメルセデス・ベンツが独自に立ち上げた調査チームとル・マン24時間レースの主催者であるフランス西部自動車クラブ(ACO)、更にこの事故の重大さを受けた国際自動車連盟 (FIA) によって最終的に突き止められた。 また、激しいピッチングの原因は、それまでのCLK-GTRやCLK-LMでは装備されていたサスペンションのピッチングを抑制する「サードダンパー」が取り付けられていなかったことであった。ダウンフォースよりもトップスピードを極端に重視してフロントノーズを薄く低く設計したためにサードダンパーの取付スペースが確保できなくなって搭載を諦めたが、その結果フロントノーズ形状およびサスペンション特性から当然発生し得るピッチングを抑制する手段を失ってしまった、という明らかな構造上・設計上の欠陥であった。さらに、空力については本来ならAMGのムービングベルト式風洞を使用して走行状態における空力を解析するはずであったが、開発スケジュールの遅れ等諸事情によって風洞が使用できなかったため、やむなくシュトゥットガルト大学にあったムービングベルト無しの風洞を借りてスケールモデルを用いた風洞実験のみ行なわざるを得なくなり、走行状態におけるダウンフォースの解析を煮詰めることができていなかったという準備不足も明らかとなった。 ちなみに、二度目のアクシデント後にノルベルト・ハウグは各ドライバーに「スリップストリームに絶対に入るな」と指示をしているが、一部公道コースを使用していて道路幅が狭く、かつ数多くの車両が同時に走行しているル・マン24時間レースにおいて、この指示を遵守するのは事実上不可能であった。
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