検死と死後の発見
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/26 04:45 UTC 版)
「ベートーヴェンの死」の記事における「検死と死後の発見」の解説
検死は1827年3月27日に医師のヨハン・ヴァーグナーによって行われた。検死の依頼が誰によって行われたのかは定かではないが、ハイリゲンシュタットの遺書にベートーヴェン自身が明示した希望がこの決定に何らかの影響を与えた可能性は考えられる。検死の結果明らかになったのは肝臓の硬化が進行して萎縮していたことで、腹水の貯留はこれに付随して一般的にみられる症状であった。学者らはベートーヴェンの肝障害が重度のアルコール摂取、感染性の肝疾患、もしくはその両方の結果である可能性に異を唱えている。B型およびC型肝炎は肝硬変を引き起こし得るが、これらは汚染された体液への暴露によって伝播する病気でありベートーヴェンの時代には極めて稀であった。一方、A型肝炎は処理が不適切な食品や飲料水から感染する疾患であり、19世紀には非常に多くの症例があったが、肝硬変のように臓器に回復不能な損傷を与えることはない。 当時の薬品には重金属が用いられるのが一般的であったため、重金属汚染がベートーヴェンの死を招いたと考えられている。また、違法に度数を高めたワインに用いられていた多量の鉛を摂取していたのだとする説もある。18世紀中にはヨーロッパ諸国の大半で禁止されたにもかかわらず、安価なワインに甘味付けを施す酢酸鉛の添加が非常に広く行われていた。起源をローマ時代にまで遡る鉛で甘み付けされたワインの製造を禁じることは困難であり、数を減らすことなく出回っていたのである。ベートーヴェンが梅毒を患って1815年頃の水銀治療が行われたと示唆する資料は残されていないが、こうしたものは他の多種多様な疾患にも利用されていた。 検死報告には聴神経の障害と関連動脈の硬化が記載されている。後者は老化に伴う自然な症状と一致しており、梅毒に由来する炎症でもたらされる損傷ではない。ベートーヴェンの脳は「際立った皺」を持ち、頭蓋内は過剰な髄液で満たされ、左側脳室の内部でやや膜の肥大が見られると記載されている。学者らはある程度の脳萎縮があったのではないかと考えているが、彼が認知の低下の兆候を示すことは生涯なかった。頭蓋骨に関しては「稀に見る厚みを有する」と表現された。 ベートーヴェンの腎臓にはカルシウムの結石の形成が認められ、腎乳頭壊死を発症していたらしいことが窺われる。これは鎮痛剤の乱用に伴い一般的に引き起こされる様態である。また糖尿病も腎乳頭壊死の原因となり得るもので、学者らはベートーヴェンが糖尿病を患っていたという可能性を排除できずにいる。脾臓は正常な大きさの2倍まで肥大しており、門脈圧亢進症も見られている。これらはいずれも末期の肝臓疾患と符合する所見となっている。医師が膵臓について「萎縮、繊維化している」と記述し、膵管が極めて細く狭窄していたことから、重篤な膵炎を患っていたことも明らかになっている。腹腔には赤みがかった液体が大量に貯留しており、自然発生的な細菌感染にいくらか血液が混じったもののようであった。これはおそらく死の直前にうけた腹水除去術によるものと思われる。抗生物質が発見されておらず、細菌の病理が理解されていない当時においては、頻繁に感染を引き起こしてしばしば患者を死に至らしめていた行為であった。 ベートーヴェンの死の直前、直後には、アントン・シンドラーやフェルディナント・ヒラーら多数の者が彼の毛髪からひと房を切り取っている。ヒラーが持ち出した房の大半は現在サンノゼ州立大学のベートーヴェン研究センターが保管している。ベートーヴェンの友人のひとりは誤って「見知らぬ者たちが彼の頭髪を全て切りつくしてしまった」と考えていた。一見髪が失われたように見えたのは、実際には遺体が粛然と横たえられていた際に布で毛髪をほとんど隠すように覆われていたためである。 1827年3月28日にデスマスクの型取りが行われた。遺体は清められ、着衣の上、頭部に白いバラで編まれた花輪が被せられ、オーク材の棺に納められた。手には蠟で形作られた十字架と一輪のユリが添えらえた。 1970年、学術誌『Alcohol and Alcoholism』のエディターを務めるジョン・スペンサー・マデンが検死分析を行った。この検死分析はユーモア作家のアラン・コーレン(英語版)により『Careful, Mr. Beethoven, that was your fifth!』と題された喜劇的短編エッセイに引用されて広く知られるようになった。
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