戊辰戦争から現代へとは? わかりやすく解説

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戊辰戦争から現代へ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/07 02:54 UTC 版)

慈恩寺 (寒河江市)」の記事における「戊辰戦争から現代へ」の解説

慶応4年明治元年1868年1月戊辰戦争勃発すると、2月頃から佐幕派庄内軍が寒河江駐屯するうになる。しかし、3月奥羽鎮撫総督及び新政府軍仙台へ入ると庄内軍はいったん引き揚げ4月には仙台藩主力とする官軍が入る。慈恩寺では天童宿泊する副総督澤為量見舞い出して様子うかがっている。4月25日から26日にかけて、庄内軍千余名慈恩寺宿泊し官軍牽制していたが、閏4月4日庄内軍は最上川越えて天童攻めかかり230戸余を焼き討ちした後に庄内撤退した8月1日米沢上山山形天童各藩官軍となり、慈恩寺に砦を築きたい地所借り申し出日和田(現:寒河江市大字日和田)のに砦を築いた9月20日寒河江駐屯する庄内軍・桑名軍と官軍戦闘に及び、庄内軍から慈恩寺本拠地として抗戦する申し出があったが、結局慈恩寺戦火巻き込まれず、庄内桑名軍は庄内撤退した。なお薩兵隊率いた西郷隆盛黒田清隆白岩から慈恩寺通って新庄方面進軍した明治元年1868年)に神仏分離令出され明治4年1871年)には寺社領返上求め上知令出された。また明治5年1872年)に修験禁止令が出され慈恩寺修験諸行事は行われなくなり一山困窮極み達する。困窮した坊は帰農し、神仏習合典型であった修験姿を消すことになった。しかし、明治14年1881年)に「行者会」を結成し、年1回当番宅へ集まり山伏服装をしてお経唱え山伏料理出して修験遺風今日伝えている。 明治43年1910年法令改正により、華蔵院智山派総本山智積院本寺宝蔵院智積院末寺最上院は比叡山延暦寺末寺となる。同年陸軍大将乃木希典拝観し、招魂碑を揮毫した。三重塔脇に石碑が残る。昭和27年1952年)、慈恩寺天台真言両宗慈恩寺派として独立することになり、昭和47年1972年)に慈恩宗大本山慈恩寺として独立した。各院坊住職は、真言方は宝蔵院華蔵院修行し位階取得天台方は最上院で修行して山寺立石寺伝法灌頂でんぽうかんじょう)を受けて僧侶として位階取得する昭和35年1960年)、明治5年以来88年途絶えていた柴燈護摩会(さいとうごまえ)が復活した以前作法元にしながら宝寿院流に則った方法行っている。 昭和54年1979年)の文化庁文化財主任調査官鷲塚泰光の来訪端緒として悉皆調査が行われ、享保10年1725年)の時点で既に失われた思われていた平安時代仏像について、発見文化財指定至った平成4年1992年)に山形県行われたべにばな国体」に合わせて秘仏開帳が行われた。平成22年2010年)、慈恩寺国史跡指定推進委員会設置して慈恩寺文化財基礎調査開始する平成23年2011年)から平成25年2013年)にかけて慈恩寺調査検討委員会設置し学術的裏付け調査史跡範囲確定総合報告書作成行った。また同時に史跡範囲地図作成地権者同意得た平成26年2014年3月、「未来伝え山形の宝」(10選)の一つ選定された。平成26年2014年1月29日寒河江市教育委員会から文化庁対し国史跡指定にかかる意見具申書を提出し同年10月6日付で「慈恩寺旧境内」の名称で国の史跡指定された。2015年平成27年)から史跡慈恩寺旧境内保存活用計画策定委員会設置され2017年平成29年)に計画書が発行された。 平安時代作成され仏像14躯、鎌倉時代作成され仏像29躯を現在まで伝え岩手県中尊寺福島県勝常寺並んで当地方を代表する寺院である。

※この「戊辰戦争から現代へ」の解説は、「慈恩寺 (寒河江市)」の解説の一部です。
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