多剤大量処方の実態と原因
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/11 06:45 UTC 版)
「多剤大量処方」の記事における「多剤大量処方の実態と原因」の解説
ベンゾジアゼピン系の使用量、国連国際麻薬統制委員会(2016年版報告)BZD系催眠鎮静薬BZD系抗不安薬アイルランド 85.35 フィンランド 412.27 日本 51.69 アイルランド 312.58 ベルギー 39.78 マーシャル諸島 097.85 キューバ 32.98 ポルトガル 094.80 ルクセンブルク 31.36 クロアチア 082.17 スペイン 30.58 ハンガリー 076.94 イタリア 27.22 スペイン 066.01 フィンランド 23.42 ベルギー 064.91 ドイツ 18.71 カナダ 064.51 フランス 16.81 ウルグアイ 062.62 〜 日本 018.22 単位:統計目的の千人あたり1日投与量推奨処方量などではない高消費は過剰処方や違法流通網への流入も示唆する 表について、2010年に国際麻薬統制委員会 (INCB) は、日本でのベンゾジアゼピン系の消費量の多さの原因に、医師による不適切な処方があると指摘している。この頃のINCBの報告書では、日本はベンゾジアゼピン系の消費量が他の先進国の半分程度となっているが、国際麻薬委員会に確認すると最も使用されるエチゾラム(また日本で複数診療科から誤って最も重複処方された)が含まれていないことから単位人口当たり世界最多と断言できないが、その可能性が高いと指摘された。2011年の報告書では、抗不安薬の最高値はハンガリー127.25、ポルトガル103.8であり、日本は倍増半減の様な変動はなく、他国の最高値が2016年(表を参照)のフィンランド、アイルランドのように突出していなかった状況での話である。 多剤大量処方の実態は次のようなものである。 まず、薬は増やせば増やすほど効果が増すという思い込みから、どんどん薬を増やしていくことに原因の発端がある。そのため、求める効果のための有効量、どの程度の量で効果がどう変わるかといった用量依存性、あるいは毒性や副作用といった、薬に関する基本的な知識を考慮に入れることなく処方されてしまう。多剤にするだけで症状が改善するという証拠はなく、これは不適切な処方となる。 欧米では精神病院の病床数が減少し、患者の脱施設化(英語版)が進んでいったのは、議論はあるが、一般的に向精神薬の登場によってであると言われている。 対照的に、日本では1955年に44,250床、1960年には95,667床、1970年には170,000床、2000年には358,153床と増大していった。さらに精神病院では、入院日数が長くなるほど、あるいは薬を使うほど病院の収入が増えるという社会保険のシステムにより、多剤化、大量化、高力価化が促されていった。そのため、標準的な投与量で効果が不十分な場合に、安易に多種・多量の薬を使うことが常態化していった。そうなると減量が容易ではなく、具体的な減薬の方略も持たない状態で半永久的に投薬が行われるようになった。その最たるものは、急速大量抗精神病薬飽和療法 (Rapid Neuroleptization) という、抗精神病薬を大量に投与する治療法であるが、1980年頃には有効性が否定されており、英国国立医療技術評価機構 (NICE) では禁止勧告を出している。 また、精神科の薬は対症療法が主であって、元の疾患を完治させる薬は少ない。アメリカ国立精神衛生研究所 (NIMH) のトーマス・インセルは「不運なことに、現在の薬は快方に向かう人があまりに少なく、治る人はほとんどいない」と述べている。 そして、精神科の薬は一般に、危険性を十分に考慮する必要がある薬である。英国精神薬理学会 (British Association for Psychopharmacology) の指導者は、危険性と利益についての理解に基づいて安全かつ有効に向精神薬を使用するために、過剰投与・多剤投与・不十分なモニタリングなどに改善の余地があり、これは課題であるという趣旨を述べている。 また、おおよそ薬剤の各種類において、自殺の危険性を高めるかどうかについての議論がある。抗不安薬や睡眠薬に用いられるベンゾジアゼピン系の薬剤が自殺の危険性を高めることが報告されており、自殺の危険性のある抗うつ薬の賦活症候群や抗精神病薬による自殺関連行動が生じる懸念については、日本でもそれぞれの薬の添付文書に記載されている。気分安定薬として用いられる抗てんかん薬のアメリカでの承認試験からは、自殺および自殺企図の危険性を増加させることが見いだされ、その旨が添付文書に記載されている。 薬が多剤・大量で用いられた後の減量は簡単ではない。各薬剤には離脱症状があり、抗精神病薬の離脱症状、抗うつ薬の離脱症状、精神刺激薬の離脱症状、気分安定薬の離脱症状、抗不安薬の離脱症状、睡眠薬の離脱症状としてよく知られているもののほかにも、副作用なのか、離脱症状なのか、あるいはもともとの疾患の症状なのかが識別困難な症状もある。また各薬剤間で作用を増減させる相互関係があり、増減した薬剤以外の薬剤によって副作用が増強されたり、離脱症状が出現したり、もしくは元の疾患が再発したりする可能性がある。副作用や離脱症状が疾患と誤診される可能性もあり、そのような場合にはさらに薬が追加されることになる。 特に乱用薬物に分類される薬物の中でも、離脱に入院を要し、致命的となる可能性があるものは、ベンゾジアゼピン系・バルビツール酸系の鎮静催眠薬とアルコールのみである。これらの薬物からの離脱の際には、解毒入院を要するような危険な発作や振戦せん妄(DT)の兆候である頻脈、発汗、手の震えや不安の増加、精神運動性激越、吐き気や嘔吐、一過性の知覚障害などの評価が必要である。いちど症状が出てしまうと薬物療法が効かなくなることも多く、その発症機序はいまだ不明なため、はじめから離脱症状の管理が必要である。 医薬品を認可する際の臨床試験は一般に単剤で行われており、また、一般に短期間の試験で打ち切っていることに注意する必要がある。 日本の不審死の検死解剖からは睡眠薬・抗精神病薬・抗てんかん薬の検出が多く、具体的には、睡眠薬ベゲタミンに含まれるフェノバルビタール(バルビツール酸系)とクロルプロマジン(もともとは抗精神病薬)、ついでバルビツール酸系のペントバルビタール、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬のゾルピデム、抗てんかん薬のカルバマゼピンや、バルプロ酸ナトリウムなどである。
※この「多剤大量処方の実態と原因」の解説は、「多剤大量処方」の解説の一部です。
「多剤大量処方の実態と原因」を含む「多剤大量処方」の記事については、「多剤大量処方」の概要を参照ください。
Weblioに収録されているすべての辞書から多剤大量処方の実態と原因を検索する場合は、下記のリンクをクリックしてください。
全ての辞書から多剤大量処方の実態と原因を検索
- 多剤大量処方の実態と原因のページへのリンク