収容所の生活
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/10 05:12 UTC 版)
「スタラグ・ルフト III」の記事における「収容所の生活」の解説
通常の健康な活動しない人に推奨される1日の摂取する食べ物は2,150 kcalである[要出典]。スタラグ・ルフト IIIは、「非労働」のドイツ人の民間人用に規定されている1日当たり1,928 kcalの糧食を支給し、残りは英赤十字社からの小包と捕虜の家族から送られてくる品々で補填していたほとんどの収容所では慣習として赤十字社からと個人宛の小包は一旦集められ個々人に平等に分配された。収容所には「フーダコ」(Foodacco)と呼ばれる公式の内部での交換制度もあり、捕虜達はどのような配給品でも「ポイント」で売ることができ、そのポイントは他のもので「使用」することができた。ドイツ側は捕虜の将校に給与と同等額を収容所内通貨(ラーガーゲルト:Lagergeld)で支給し、ドイツ側の監督下で製造を許可されたものであれば購入することができた。3カ月毎に販売するために酒保で弱いビールを作ることが許可された。下士官は如何なる「給与」も支給されず、収容所では将校が自身の給与の1/3を下士官が使用するために供出することが慣例となっていたが、スタラグ・ルフトIIIでは「ラガーゲルト」の全額が共同利用のために徴収された。英政府は捕虜の軍人給与から収容所内給与を差し引く方針であったため、その他の収容所では共同利用徴収はされなかった。それによりスタラグ・ルフト IIIの英軍の酒保の売り上げの多くは米軍将校によるものであった。 スタラグ・ルフト IIIは、ドイツ国内のどの捕虜集所よりも充実したリクリエーション活動が組織されていた。各区画には運動場とバレーボールのコートが付属しており、捕虜達はバスケットボール、ソフトボール、ボクシング、タッチフットボール(touch football)、バレーボール、卓球やフェンシングといったものに参加し、そのほとんどでリーグが組まれていた。消火用に貯水されている 20' x 22' x 5' のプールは「場合によっては」泳ぐことができた。 多くの捕虜達が語学、工学や法律といった資格をとるために利用できる学校設備を持つかなりの規模の図書館があった。試験は赤十字社により差し入れられ、収容所内の捕虜の中で大学のマスターといった教員がこれを監督した。捕虜達は劇場も建て、隔週でウエスト・エンドでかけられている最新の劇を高い完成度で再現していた。捕虜達は収容所の放送設備を使用して「KRGY局」(戦時捕虜を意味するKriegsgefangenerを略して)と名付けてニュースと音楽をラジオで放送し、週4回発行される「サーキット」(Circuit)と「クリーギー・タイムズ」(Kriegie Times)という2種類の新聞を発行した。 工作員の浸透を防ぐために収容所へ入る新入りは、新入りに見覚えがある収容所内の捕虜2名による身元の裏付けが必要とされた。この裏付けが取れない新入りは厳しい尋問を受け、潔白と思われるまで常時ついて回る当番捕虜が割り当てられた。この方法により幾人かの工作員が発見され、ルフト IIIで工作員が発見されなかった事例は無かった。ドイツの歩哨は「"Goons"」(間抜け)と呼ばれたが、歩哨自身は言外の意味が分からず言葉の意味が「"German Officer Or Non-Com"」(ドイツの将校か下士官)と説明されると喜んでこの綽名を受け入れた。歩哨はどこに行こうとも捕虜について回られ、これにより歩哨の居場所を他の捕虜に警告する綿密なシステムが構築されており、歩哨の動きは捕虜の当番将校が持つ記録簿に細かに記録された。捕虜が「当番パイロット」("Duty Pilot")と呼ぶこのシステムをドイツ側は効果的に止めさせることができず黙認していたが、ある時この記録簿はフォン・リンダイナー所長がこっそりと数時間早く任務を早引けした2名の歩哨の処分をするために使用された。 収容所に勤務する800名のドイツ空軍の歩哨は、主に戦闘任務には適しない高年齢と長期の任務から帰還、又は戦傷から回復した若者により構成されていた。歩哨がドイツ空軍の人員であったためルフト IIIの捕虜は、ドイツ国内の他の収容所の捕虜が受けたと思われるものよりも格段に良い取り扱いをされた。戦前は歴史、地理学、民俗学の教授で英語、ロシア語、ポーランド語、チェコ語を含む数か国語が話せた副収容所長のグスタフ・ジモライト(Gustav Simoleit)は、1943年初めにザーガンに転属となると連合国軍の航空兵に同情を示し、戦争捕虜に対して軍礼を示すことを禁じた命令[要出典]を無視してルフト IIIの捕虜の葬儀を最大の軍隊儀礼をもって執り行い、この中の一人にはユダヤ人の航空兵も含まれていた。
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