エルドラドキャニオン作戦とは? わかりやすく解説

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リビア爆撃 (1986年)

(エルドラドキャニオン作戦 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/29 04:30 UTC 版)

リビア爆撃

在英米軍基地からリビア爆撃に向かうアメリカ空軍機
戦争:カッザーフィー爆殺未遂事件[1]
年月日1986年4月15日[1]
場所:リビア・トリポリベンガジ[1]
結果アメリカ合衆国連邦政府が攻撃目標と定めたリビア国内の軍事施設は破壊させたものの、カッザーフィーの暗殺には失敗[1]
交戦勢力
アメリカ合衆国 リビア
指導者・指揮官
ロナルド・レーガン
ジョージ・H・W・ブッシュ
キャスパー・ワインバーガー
ウィリアム・クロウ・ジュニア
チャールズ・ガブリエル
ジェームズ・ワトキンス
ムアンマル・アル=カッザーフィー
ジャードッラー・アズーズ・アッ=タルヒー
アブバクル・ユーニス・ジャブル
ハリファ・ハフタル
戦力
アメリカ空軍
F-111戦闘機24機
EF-111レーダー機5機
滞空燃料補給機28機
SR-71高空偵察機1機
アメリカ海軍
空母コーラル・シー
空母アメリカ
A-6攻撃機
A-7攻撃機
F-18戦闘機
トリポリ爆撃
F-111戦闘機13機
レーダー妨害機3機[1]
リビア軍全体
ミラージュ、MiG-21MiG-23等戦闘機535機
戦車多数
アメリカ製武器・軍事機器
トリポリ基地防衛
重装備部隊多数
高性能防犯機器
迎撃ミサイル多数
戦車多数[1]
損害
F-111戦闘機1機撃墜・パイロット戦死[2] カッザーフィー養女1人殺害
同人息子2人負傷
37人戦死・犠牲
民間人15人
93人負傷[1]
冷戦

リビア爆撃(リビアばくげき)は、1986年4月15日アメリカ空軍及び海軍によって行われたリビアに対する空襲を指す。リビア最高指導者のムアンマル・アル=カッザーフィーの暗殺を目的とした攻撃であった。

作戦自体は成功したものの、カッザーフィーの暗殺に失敗した上、アメリカは国際的非難を浴びることとなった。また、リビア政府はこの報復として1988年12月にパンアメリカン航空103便爆破事件を起こしている。

背景

アメリカ合衆国はリビアがアブ・ニダルなどのテログループを支援しており、またシドラ湾における200海里領海主張は国際法に反しているとして非難を行っていた。

1985年10月には地中海でイタリア客船のハイジャック事件(アキレ・ラウロ号事件)が、同年12月にはウィーンローマ空港で爆破事件(ローマ空港・ウィーン空港同時テロ事件)が起こり、翌1月にアメリカはリビアが事件の背後にあるとして、リビアに対する経済制裁を行った。3月にはアメリカの空母戦闘群(現・空母打撃群)がシドラ湾に入り、3月24日にはリビアのミサイル艇レーダー基地を爆撃している。

その後4月5日、西ベルリンディスコで爆破事件が起こり、アメリカ人に死者が出るに至った。これらの事件にリビアが関与していると判断したアメリカは報復としてリビア最高指導者のムアンマル・アル=カッザーフィーの暗殺を決意し、トリポリなどに対する爆撃を行うこととした。

攻撃

米軍機のカメラで捉えられた爆撃を受けるリビアの軍事施設と軍用機

アメリカと同盟各国による秘密裏の外交交渉が続いた後、ロナルド・レーガン大統領は4月14日に攻撃命令を発した。

攻撃作戦名はエルドラド・キャニオン作戦(Operation El Dorado Canyon)と命名されている。攻撃に参加したのは英国のレイクンヒース空軍基地に配備されていたF-111(48TFW,第48戦術戦闘航空団)、EF-111(20TFW,第20戦術戦闘航空団)と地中海に展開していた第6艦隊の3隻の航空母艦アメリカコーラル・シーサラトガ)搭載の艦載機隊(A-6A-7F/A-18EA-6B)である。

英国から投入された部隊はフランススペインから領空の通過を拒否されたために、空中給油を行いつつ大西洋ジブラルタル海峡を経由する迂回路を取った。この迂回路のために、飛行経路は2,000km以上伸ばされている。爆撃目標は、トリポリのカッザーフィーの居所や空軍基地、ベンガジの防空網などである。

攻撃は15分間に渡って行われ、レーザー誘導爆弾を含む300発の爆弾が投下され、48発のミサイルが発射された。

被害

リビア軍の死者数の詳細は不明であるが、民間人15名とカッザーフィーの1歳3ヶ月の養女ハナが死亡したとリビアは発表し大規模な追悼が行われた。2011年のリビア内戦によりカダフィ政権が崩壊すると、養女のハナが生存し医師となっていることが明らかになった。

また、アメリカ軍もF-111がシドラ湾上空で1機撃墜され、乗員2名が行方不明となった。なお、うち1名は後に遺体がアメリカに返還されている。

リビアの報復行動

リビアは報復として、イタリアにあるアメリカ沿岸警備隊の基地に対するスカッドミサイル攻撃を行ったが、これは海に着弾し、被害はなかった。また、1988年のスコットランド上空におけるパンナム機爆破事件もこの爆撃の報復とされている。

結果

アメリカの行動は英国などを除き、他国に対する大規模な軍事行動として各国の非難を受けた。ただし各国間の外交関係の根本的な変化は発生せず、アメリカとソ連との外交関係にも大きな影響は無かった。

脚注

  1. ^ a b c d e f g 塩尻和子『リビアを知るための60章』明石書店、2006年8月15日、134-141頁。 
  2. ^ 35年経て明かされた米軍の対テロ「極秘暗殺ミッション」 敵地攻撃たった12分 しかし相手を怒らせた”. 乗りものニュース (2023年4月5日). 2023年6月21日閲覧。

関連項目


エルドラド・キャニオン作戦(リビア爆撃)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 03:25 UTC 版)

F-111 (航空機)」の記事における「エルドラド・キャニオン作戦(リビア爆撃)」の解説

1986年4月アメリカリビア支援したとされるテロ対す報復攻撃としてトリポリベンガジ軍事施設対す攻撃リビア爆撃)を計画する。この攻撃目標にはムアンマル・アル=カッザーフィーカダフィ大佐)が宿舎として使用していたアル・アジジャ兵舎含まれており、実質的にカダフィ大佐殺害計画でもあった。アル・アジジャ兵舎近くにはフランス大使館があったため精密な爆撃要求されたが、当時アメリカ海軍艦上機には精密誘導兵器運用能力がなかったため、F-111白羽の矢立った当初計画ではフランス領空を通過する予定であったが、フランス拒否されたため、イギリスから発進しイベリア半島大きく迂回するジブラルタル海峡まわりのルート変更往復10,000 km近く長距離飛行となった攻撃イギリス駐留していた第48戦術戦闘航空団F-111F 18機(他に予備が6機)と空母艦載機行い、第42電子戦飛行隊EF-111A 4機(他に空中待機が7機)がレーダー妨害し支援することとされた。 4月14日イギリスレイクンヒース空軍基地からF-111Fが、アッパーヘイフォード空軍基地からEF-111A飛び立ち途中空中給油を受けながらリビア向かった攻撃隊はリビア周辺艦載機合流しEF-111A支援を受けながら攻撃行った結果F-111F 1機とその乗員2名を対空火器により失った作戦成功し、アル・アジジャ兵舎含めた軍事施設破壊することに成功した。しかし、最重要目標であったカダフィ大佐宿舎にいなかったため、殺害には失敗した。なお、1988年12月起きたパンアメリカン航空103便爆破事件は、リビア情報機関がこの爆撃報復として実行したとされるフランス大使館への被害避けるために長駆F-111飛行させて投入した作戦であったが、結局フランス大使館には至近弾による被害生じ作戦後アメリカ政府正式な抗議を受けることになった

※この「エルドラド・キャニオン作戦(リビア爆撃)」の解説は、「F-111 (航空機)」の解説の一部です。
「エルドラド・キャニオン作戦(リビア爆撃)」を含む「F-111 (航空機)」の記事については、「F-111 (航空機)」の概要を参照ください。

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