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せいい-たいしょうぐん ―しやうぐん 1-3 【征▼夷大将軍】
(1)平安初期、蝦夷(えみし)征討のため臨時に派遣された遠征軍の指揮官。大伴弟麻呂・坂上田村麻呂・文屋綿麻呂などが任ぜられたが、以後中絶。
(2)鎌倉時代以後、幕府政権の長たる者の称。征夷将軍。将軍。
(2)鎌倉時代以後、幕府政権の長たる者の称。征夷将軍。将軍。
防府歴史用語辞典 |
征夷大将軍 (せいいたいしょうぐん)
奈良時代末に東北地方の蝦夷[えみし]を攻めるためにおくられた軍隊の総司令官のことです。鎌倉時代時代以降は、武士による政権のトップの称号になり、朝廷[ちょうてい]から征夷大将軍に任命されました。一般的には「将軍」というように省略しています
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征夷大将軍
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/11/21 08:40 UTC 版)
征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)は、朝廷の令外官の一つである。
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出典
- ^ 櫻井陽子「頼朝の征夷大将軍任官をめぐって-『三槐荒涼抜書要』の翻刻と紹介-」『明月記研究』9号、2004年
- ^ 西田友広「本巻の政治情勢」 五味文彦・本郷和人・編『現代語訳 吾妻鏡5 征夷大将軍』吉川弘文館、2009年所収
- ^ 川合康『日本中世の歴史3 源平の内乱と公武政権』吉川弘文館、2009年
- ^ 北村拓「鎌倉幕府征夷大将軍の補任について」(所収:今江廣道 編『中世の史料と制度』(続群書類従完成会、2005年) ISBN 978-4-7971-0743-2 P137-194)
- ^ 堀新『日本中世の歴史7 天下統一から鎖国へ』吉川弘文館、2009年、P89
- ^ シロニー(2003年)、148頁。
- ^ シロニー(2003年)、154頁。
- ^ 『幕末の宮廷』、下橋敬長著、羽倉敬尚編、1979年、東洋文庫、p50
- ^ 『幕末の宮廷』、下橋敬長著、羽倉敬尚編、1979年、東洋文庫、p49
- ^ 『幕末の宮廷』、下橋敬長著、羽倉敬尚編、1979年、東洋文庫、p219、p220
- ^ 『幕末の宮廷』、下橋敬長著、羽倉敬尚編、1979年、東洋文庫、p50
- ^ 『幕末の宮廷』、下橋敬長著、羽倉敬尚編、1979年、東洋文庫、p220~p222
- ^ a b c シロニー(2003年)、160頁。
- ^ この章は、シロニー(2003年)、148-149頁。
- ^ a b 吉田昌彦「将軍宣下」『歴史学事典 12王と国家』 弘文堂、2005年 ISBN 978-4-335-21043-3
- ^ Wakabayashi, 'In Name Only', p.37.
- ^ この章は、シロニー(2003年)、138-139頁。
- ^ a b この章は、シロニー(2003年)、140-141頁。
- ^ Lebra, Above the Clouds, p.38.
- ^ a b c d シロニー(2003年)、144頁。
- ^ 永井ほか「武家政権はなぜ天皇を立て続けたのか」『現代』1992年2月号、278頁。
- ^ この章は、シロニー(2003年)、156-157頁。
- ^ Wakabayashi, 'In Name Only', p.32.
- ^ 山口修『天皇』156-159頁。
- ^ Wakabayashi, 'In Name Only', p.31.
- ^ Kitagawa, 'Some Reflections on Japanese Religion', pp.158-159.
- ^ Asao & Jansen, 'Shogun and Tenno', p.269.
- ^ Shinzaburo Oishi, 'The Bakuhan System', in Chie Nakane and Shinzaburo Oishi, eds., Tokugawa Japan (Tokyo: University of Tokyo Press 1999), p.28.
- ^ Herman Ooms, Tokugawa Ideology: Early Constructs, 1570-1680 (Princeton: Princeton University Press, 1985), pp.57-62, 162-186.
脚注
- ^ 同時に佐伯石湯が征越後蝦夷将軍に任じられた。
- ^ 養老4年9月28日に陸奥按察使の上毛野廣人が殺害され、翌29日に多治比縣守が持節征夷将軍に任命された。また同日、「北狄」に対する持節鎮狄将軍に阿倍駿河も任命された。
- ^ 紀古佐美の場合、延暦7年7月6日の任命の際は、『続日本紀』では「征東大使」に、『日本紀略』では「征東将軍」になっている。
- ^ 将軍の名称は、記録上あまり統一されておらず、例えば藤原宇合の場合は、任命時は「持節将軍」であり、帰京時は「征夷持節大使」となっている。
- ^ 「征東大使」として、他に藤原継縄や藤原小黒麻呂などの任命例もある。
- ^ 他の征東・征夷の将軍は、大の付く付かないにかかわらず、天皇より節刀を授かり全権を委任されていたが、文室綿麻呂に限っては節刀を授かっていない。
- ^ 義仲が「征夷大将軍」に任官したとする、『吾妻鏡』などを根拠とした従来の通説は誤りで、『玉葉』の伝える「征東大将軍」が正しい。
- ^ 『山槐記』(中山忠親の日記)と『荒涼記』(藤原資季の日記)から除目・諸行事・諸事について抄出したもの。『山槐記』からの抜粋に藤原定能の記事が多く、資季は定能の孫であることから、編者は定能・資季の子孫と察せられる。
- ^ 例外としては、宇多天皇、醍醐天皇は天皇となる前に臣籍だったことがある。
- ^ 官位は、将軍就任時と退任時。及び没後の贈官位。
[続きの解説]
「征夷大将軍」の続きの解説一覧
- 1 征夷大将軍とは
- 2 征夷大将軍の概要
- 3 歴代の征夷大将軍
- 4 参考文献
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